坊つちやん

 親讓りの無鐵砲で小供の時から損ばかりしてゐる。小學校に居る時分學校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を拔かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出してゐたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張つても、そこから飛び降りる事は出來まい。弱蟲やーい。と囃したからである。小使に負ぶさつて歸つて來た時、おやじが大きな眼をして二階ぐらゐから飛び降りて腰を拔かす奴があるかと云つたから、この次は拔かさずに飛んで見せますと答へた。

 親類のものから西洋製のナイフを貰つて奇麗な刄を日に翳して、友逹に見せてゐたら、一人が光る事は光るが切れさうもないと云つた。切れぬ事があるか、何でも切つてみせると受け合つた。そんなら君の指を切つてみろと注文したから、何だ指ぐらゐこの通りだと右の手の親指の甲をはすに切り込んだ。幸ナイフが小さいのと、親指の骨が堅かつたので、今だに親指は手に付いてゐる。しかし創痕は死ぬまで消えぬ。

 庭を東へ二十歩に行き盡すと、南上がりにいささかばかりの菜園があつて、眞中に栗の木が一本立つてゐる。これは命より大事な栗だ。實の熟する時分は起き拔けに背戸を出て落ちた奴を拾つてきて、學校で食ふ。菜園の西側が山城屋といふ質屋の庭續きで、この質屋に勘太郎といふ十三四の倅が居た。勘太郎は無論弱蟲である。弱蟲の癖に四つ目垣を乘りこえて、栗を盜みにくる。ある日の夕方折戸の蔭に隱れて、とうとう勘太郎を捕まへてやつた。その時勘太郎は逃げ路を失つて、一生懸命に飛びかかつてきた。向うは二つばかり年上である。弱蟲だが力は強い。鉢の開いた頭を、こつちの胸へ宛ててぐいぐい押した拍子に、勘太郎の頭がすべつて、おれの袷の袖の中にはいつた。邪魔になつて手が使へぬから、無暗に手を振つたら、袖の中にある勘太郎の頭が、右左へぐらぐら靡いた。しまひに苦しがつて袖の中から、おれの二の腕へ食ひ付いた。痛かつたから勘太郎を垣根へ押しつけておいて、足搦をかけて向うへ倒してやつた。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い。勘太郎は四つ目垣を半分崩して、自分の領分へ眞逆樣に落ちて、ぐうと云つた。勘太郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になつた。その晩母が山城屋に詫びに行つたついでに袷の片袖も取り返して來た。

 この外いたづらは大分やつた。大工の兼公と肴屋の角をつれて、茂作の人參畠をあらした事がある。人參の芽が出揃はぬ處へ藁が一面に敷いてあつたから、その上で三人が半日相撲をとりつづけに取つたら、人參がみんな踏みつぶされてしまつた。古川の持つてゐる田圃の井戸を埋めて尻を持ち込まれた事もある。太い孟宗の節を拔いて、深く埋めた中から水が湧き出て、そこいらの稻にみづがかかる仕掛であつた。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ插し込んで、水が出なくなつたのを見屆けて、うちへ歸つて飯を食つてゐたら、古川が眞赤になつて怒鳴り込んで來た。たしか罰金を出して濟んだやうである。

 おやじはちつともおれを可愛がつて呉れなかつた。母は兄ばかり贔屓にしてゐた。この兄はやに色が白くつて、芝居の眞似をして女形になるのが好きだつた。おれを見る度にこいつはどうせ碌なものにはならないと、おやじが云つた。亂暴で亂暴で行く先が案じられると母が云つた。なるほど碌なものにはならない。ご覽の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ懲役に行かないで生きてゐるばかりである。

 母が病氣で死ぬ二三日前臺所で宙返りをしてへつついの角で肋骨を撲つて大いに痛かつた。母が大層怒つて、お前のやうなものの顏は見たくないと云ふから、親類へ泊りに行つてゐた。するととうとう死んだと云ふ報知が來た。さう早く死ぬとは思はなかつた。そんな大病なら、もう少し大人しくすればよかつたと思つて歸つて來た。さうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれのために、おつかさんが早く死んだんだと云つた。口惜しかつたから、兄の横つ面を張つて大變叱られた。

 母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮してゐた。おやじは何にもせぬ男で、人の顏さへ見れば貴樣は駄目だ駄目だと口癖のやうに云つてゐた。何が駄目なんだか今に分らない。妙なおやじがあつたもんだ。兄は實業家になるとか云つてしきりに英語を勉強してゐた。元來女のやうな性分で、ずるいから、仲がよくなかつた。十日に一遍ぐらゐの割で喧嘩をしてゐた。ある時將棋をさしたら卑怯な待駒をして、人が困ると嬉しさうに冷やかした。あんまり腹が立つたから、手に在つた飛車を眉間へ擲きつけてやつた。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付けた。おやじがおれを勘當すると言ひ出した。

 その時はもう仕方がないと觀念して先方の云ふ通り勘當されるつもりでゐたら、十年來召し使つてゐる清といふ下女が、泣きながらおやじに詫まつて、漸くおやじの怒りが解けた。それにもかかはらずあまりおやじを怖いとは思はなかつた。かへつてこの清と云ふ下女に氣の毒であつた。この下女はもと由緒のあるものだつたさうだが、瓦解のときに零落して、つい奉公までするやうになつたのだと聞いてゐる。だから婆さんである。この婆さんがどういふ因縁か、おれを非常に可愛がつて呉れた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想をつかした──おやじも年中持て餘してゐる──町内では亂暴者の惡太郎と爪彈きをする──このおれを無暗に珍重して呉れた。おれは到底人に好かれる性でないとあきらめてゐたから、他人から木の端のやうに取り扱はれるのは何とも思はない、かへつてこの清のやうにちやほやして呉れるのを不審に考へた。清は時々臺所で人の居ない時に「あなたは眞つ直でよいご氣性だ」と賞める事が時々あつた。しかしおれには清の云ふ意味が分からなかつた。好い氣性なら清以外のものも、もう少し善くして呉れるだらうと思つた。清がこんな事を云ふ度におれはお世辭は嫌ひだと答へるのが常であつた。すると婆さんはそれだから好いご氣性ですと云つては、嬉しさうにおれの顏を眺めてゐる。自分の力でおれを製造して誇つてるやうに見える。少々氣味がわるかつた。

 母が死んでから清は愈おれを可愛がつた。時々は小供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思つた。つまらない、廢せばいゝのにと思つた。氣の毒だと思つた。それでも清は可愛がる。折々は自分の小遣ひで金鍔や紅梅燒を買つて呉れる。寒い夜などはひそかに蕎麥粉を仕入れておいて、いつの間にか寢てゐる枕元へ蕎麥湯を持つて來て呉れる。時には鍋燒饂飩さへ買つて呉れた。ただ食ひ物ばかりではない。靴足袋ももらつた。鉛筆も貰つた、帳面も貰つた。これはずつと後の事であるが金を三圓ばかり貸して呉れた事さへある。何も貸せと云つた譯ではない。向うで部屋へ持つて來てお小遣ひがなくてお困りでせう、お使ひなさいと云つて呉れたんだ。おれは無論入らないと云つたが、是非使へと云ふから、借りておいた。實は大變嬉しかつた。その三圓を蝦蟇口へ入れて、懷へ入れたなり便所へ行つたら、すぽりと後架の中へ落してしまつた。仕方がないから、のそのそ出てきて實はこれこれだと清に話したところが、清は早速竹の棒を搜して來て、取つて上げますと云つた。しばらくすると井戸端でざあざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口の紐を引き懸けたのを水で洗つてゐた。それから口をあけて壹圓札を改めたら茶色になつて模樣が消えかかつてゐた。清は火鉢で乾かして、これでいゝでせうと出した。一寸かいでみて臭いやと云つたら、それぢやお出しなさい、取り換へて來て上げますからと、どこでどう胡魔化したか札の代りに銀貨を三圓持つて來た。この三圓は何に使つたか忘れてしまつた。今に返すよと云つたぎり、返さない。今となつては十倍にして返してやりたくても返せない。

 清が物を呉れる時には必ずおやじも兄も居ない時に限る。おれは何が嫌ひだと云つて人に隱れて自分だけ得をするほど嫌ひな事はない。兄とは無論仲がよくないけれども、兄に隱して清から菓子や色鉛筆を貰ひたくはない。なぜ、おれ一人に呉れて、兄さんには遣らないのかと清に聞く事がある。すると清は澄したものでお兄樣はお父樣が買つてお上げなさるから構ひませんと云ふ。これは不公平である。おやじは頑固だけれども、そんな依怙贔負はせぬ男だ。しかし清の眼から見るとさう見えるのだらう。全く愛に溺れてゐたに違ひない。元は身分のあるものでも教育のない婆さんだから仕方がない。單にこればかりではない。贔負目は恐ろしいものだ。清はおれをもつて將來立身出世して立派なものになると思ひ込んでゐた。その癖勉強をする兄は色ばかり白くつて、とても役には立たないと一人できめてしまつた。こんな婆さんに逢つては叶はない。自分の好きなものは必ずえらい人物になつて、嫌ひなひとはきつと落ち振れるものと信じてゐる。おれはその時から別段何になると云ふ了見もなかつた。しかし清がなるなると云ふものだから、やつぱり何かに成れるんだらうと思つてゐた。今から考へると馬鹿馬鹿しい。ある時などは清にどんなものになるだらうと聞いてみた事がある。ところが清にも別段の考へもなかつたやうだ。ただ手車へ乘つて、立派な玄關のある家をこしらへるに相違ないと云つた。

 それから清はおれがうちでも持つて獨立したら、一所になる氣でゐた。どうか置いて下さいと何遍も繰り返して頼んだ。おれも何だかうちが持てるやうな氣がして、うん置いてやると返事だけはしておいた。ところがこの女はなかなか想像の強い女で、あなたはどこがお好き、麹町ですか麻布ですか、お庭へぶらんこをおこしらへ遊ばせ、西洋間は一つでたくさんですなどと勝手な計劃を獨りで並べてゐた。その時は家なんか欲しくも何ともなかつた。西洋館も日本建も全く不用であつたから、そんなものは欲しくないと、いつでも清に答へた。すると、あなたは慾がすくなくつて、心が奇麗だと云つてまた賞めた。清は何と云つても賞めて呉れる。

 母が死んでから五六年の間はこの状態で暮してゐた。おやじには叱られる。兄とは喧嘩をする。清には菓子を貰ふ、時々賞められる。別に望みもない。これでたくさんだと思つてゐた。ほかの小供も一概にこんなものだらうと思つてゐた。ただ清が何かにつけて、あなたはお可哀想だ、不仕合だと無暗に云ふものだから、それぢや可哀想で不仕合せなんだらうと思つた。その外に苦になる事は少しもなかつた。ただおやじが小遣ひを呉れないには閉口した。

 母が死んでから六年目の正月におやじも卒中で亡くなつた。その年の四月におれはある私立の中學校を卒業する。六月に兄は商業學校を卒業した。兄は何とか會社の九州の支店に口があつて行かなければならん。おれは東京でまだ學問をしなければならない。兄は家を賣つて財産を片付けて任地へ出立すると云ひ出した。おれはどうでもするがよからうと返事をした。どうせ兄の厄介になる氣はない。世話をして呉れるにしたところで、喧嘩をするから、向うでも何とか云ひ出すに極つてゐる。なまじい保護を受ければこそ、こんな兄に頭を下げなければならない。牛乳配逹をしても食つてられると覺悟をした。兄はそれから道具屋を呼んで來て、先祖代々の瓦落多を二束三文に賣つた。家屋敷はある人の周旋である金滿家に讓つた。この方は大分金になつたやうだが、詳しい事は一向知らぬ。おれは一ヶ月以前から、しばらく前途の方向のつくまで神田の小川町へ下宿してゐた。清は十何年居たうちが人手に渡るのを大いに殘念がつたが、自分のものでないから、仕樣がなかつた。あなたがもう少し年をとつていらつしやれば、ここがご相續が出來ますものをとしきりに口説いてゐた。もう少し年をとつて相續が出來るものなら、今でも相續が出來るはずだ。婆さんは何も知らないから年さへ取れば兄の家がもらへると信じてゐる。

 兄とおれはかやうに分れたが、困つたのは清の行く先である。兄は無論連れて行ける身分でなし、清も兄の尻にくつ付いて九州下りまで出掛ける氣は毛頭なし、と云つてこの時のおれは四疉半の安下宿に籠つて、それすらもいざとなれば直ちに引き拂はねばならぬ始末だ。どうする事も出來ん。清に聞いてみた。どこかへ奉公でもする氣かねと云つたらあなたがおうちを持つて、奧さまをお貰ひになるまでは、仕方がないから、甥の厄介になりませうと漸く決心した返事をした。この甥は裁判所の書記でまづ今日には差支へなく暮してゐたから、今までも清に來るなら來いと二三度勸めたのだが、清はたとひ下女奉公はしても年來住み馴れた家の方がいゝと云つて應じなかつた。しかし今の場合知らぬ屋敷へ奉公易へをして入らぬ氣兼を仕直すより、甥の厄介になる方がましだと思つたのだらう。それにしても早くうちを持ての、妻を貰への、來て世話をするのと云ふ。親身の甥よりも他人のおれの方が好きなのだらう。

 九州へ立つ二日前兄が下宿へ來て金を六百圓出してこれを資本にして商買をするなり、學資にして勉強をするなり、どうでも隨意に使ふがいゝ、その代りあとは構はないと云つた。兄にしては感心なやり方だ、何の六百圓ぐらゐ貰はんでも困りはせんと思つたが、例に似ぬ淡泊な處置が氣に入つたから、禮を云つて貰つておいた。兄はそれから五十圓出してこれをついでに清に渡して呉れと云つたから、異議なく引き受けた。二日立つて新橋の停車場で分れたぎり兄にはその後一遍も逢はない。

 おれは六百圓の使用法について寢ながら考へた。商買をしたつて面倒くさくつて旨く出來るものぢやなし、ことに六百圓の金で商買らしい商買がやれる譯でもなからう。よしやれるとしても、今のやうぢや人の前へ出て教育を受けたと威張れないからつまり損になるばかりだ。資本などはどうでもいゝから、これを學資にして勉強してやらう。六百圓を三に割つて一年に二百圓ずつ使へば三年間は勉強が出來る。三年間一生懸命にやれば何か出來る。それからどこの學校へ這入らうと考へたが、學問は生來どれもこれも好きでない。ことに語學とか文學とか云ふものは眞平ご免だ。新體詩などと來ては二十行あるうちで一行も分らない。どうせ嫌ひなものなら何をやつても同じ事だと思つたが、幸ひ物理學校の前を通り掛つたら生徒募集の廣告が出てゐたから、何も縁だと思つて規則書をもらつてすぐ入學の手續きをしてしまつた。今考へるとこれも親讓りの無鐵砲から起つた失策だ。

 三年間まあ人並に勉強はしたが別段たちのいゝ方でもないから、席順はいつでも下から勘定する方が便利であつた。しかし不思議なもので、三年立つたらとうとう卒業してしまつた。自分でも可笑しいと思つたが苦情を云ふ譯もないから大人しく卒業しておいた。

 卒業してから八日目に校長が呼びに來たから、何か用だらうと思つて、出掛けて行つたら、四國邊のある中學校で數學の教師が入る。月給は四十圓だが、行つてはどうだといふ相談である。おれは三年間學問はしたが實を云ふと教師になる氣も、田舎へ行く考へも何もなかつた。もつとも教師以外に何をしようと云ふあてもなかつたから、この相談を受けた時、行きませうと即席に返事をした。これも親讓りの無鐵砲が祟つたのである。

 引き受けた以上は赴任せねばならぬ。この三年間は四疉半に蟄居して小言はただの一度も聞いた事がない。喧嘩もせずに濟んだ。おれの生涯のうちでは比較的呑氣な時節であつた。しかしかうなると四疉半も引き拂はなければならん。生れてから東京以外に踏み出したのは、同級生と一所に鎌倉へ遠足した時ばかりである。今度は鎌倉どころではない。大變な遠くへ行かねばならぬ。地圖で見ると海濱で針の先ほど小さく見える。どうせ碌な所ではあるまい。どんな町で、どんな人が住んでるか分らん。分らんでも困らない。心配にはならぬ。ただ行くばかりである。もつとも少々面倒臭い。

 家を疉んでからも清の所へは折々行つた。清の甥といふのは存外結構な人である。おれが行くたびに、居りさへすれば、何呉れと款待なして呉れた。清はおれを前へ置いて、いろいろおれの自慢を甥に聞かせた。今に學校を卒業すると麹町邊へ屋敷を買つて役所へ通ふのだなどと吹聽した事もある。獨りで極めて一人で喋舌るから、こつちは困まつて顏を赤くした。それも一度や二度ではない。折々おれが小さい時寢小便をした事まで持ち出すには閉口した。甥は何と思つて清の自慢を聞いてゐたか分らぬ。ただ清は昔風の女だから、自分とおれの關係を封建時代の主從のやうに考へてゐた。自分の主人なら甥のためにも主人に相違ないと合點したものらしい。甥こそいゝ面の皮だ。

 いよいよ約束が極まつて、もう立つと云ふ三日前に清を尋ねたら、北向きの三疉に風邪を引いて寢てゐた。おれの來たのを見て起き直るが早いか、坊つちやんいつ家をお持ちなさいますと聞いた。卒業さへすれば金が自然とポッケットの中に湧いて來ると思つてゐる。そんなにえらい人をつらまへて、まだ坊つちやんと呼ぶのはいよいよ馬鹿氣てゐる。おれは單簡に當分うちは持たない。田舎へ行くんだと云つたら、非常に失望した容子で、胡麻鹽の鬢の亂れをしきりに撫でた。あまり氣の毒だから「行く事は行くがじき歸る。來年の夏休みにはきつと歸る」と慰めてやつた。それでも妙な顏をしてゐるから「何を見やげに買つて來てやらう、何が欲しい」と聞いてみたら「越後の笹飴が食べたい」と云つた。越後の笹飴なんて聞いた事もない。第一方角が違ふ。「おれの行く田舎には笹飴はなささうだ」と云つて聞かしたら「そんなら、どつちの見當です」と聞き返した。「西の方だよ」と云ふと「箱根のさきですか手前ですか」と問ふ。隨分持てあました。

 出立の日には朝から來て、いろいろ世話をやいた。來る途中小間物屋で買つて來た齒磨と楊子と手拭をズックの革鞄に入れて呉れた。そんな物は入らないと云つてもなかなか承知しない。車を並べて停車場へ着いて、プラットフォームの上へ出た時、車へ乘り込んだおれの顏をじつと見て「もうお別れになるかも知れません。隨分ご機嫌やう」と小さな聲で云つた。目に涙が一杯たまつてゐる。おれは泣かなかつた。然しもう少しで泣くところであつた。汽車が餘つ程動き出してから、もう大丈夫だらうと思つて、窓から首を出して、振り向いたら、矢つ張り立つて居た。何だか大變小さく見えた。

 ぶうと云つて汽船がとまると、艀が岸を離れて、漕ぎ寄せて來た。船頭は眞つ裸に赤ふんどしをしめてゐる。野蠻な所だ。もつともこの熱さでは着物はきられまい。日が強いので水がやに光る。見つめてゐても眼がくらむ。事務員に聞いてみるとおれはここへ降りるのださうだ。見るところでは大森ぐらゐな漁村だ。人を馬鹿にしていらあ、こんな所に我慢が出來るものかと思つたが仕方がない。威勢よく一番に飛び込んだ。續づいて五六人は乘つたらう。外に大きな箱を四つばかり積み込んで赤ふんは岸へ漕ぎ戻して來た。陸へ着いた時も、いの一番に飛び上がつて、いきなり、磯に立つてゐた鼻たれ小僧をつらまへて中學校はどこだと聞いた。小僧はぼんやりして、知らんがの、と云つた。氣の利かぬ田舎ものだ。猫の額ほどな町内の癖に、中學校のありかも知らぬ奴があるものか。ところへ妙な筒つぽうを着た男がきて、こつちへ來いと云ふから、尾いて行つたら、港屋とか云ふ宿屋へ連れて來た。やな女が聲を揃へてお上がりなさいと云ふので、上がるのがいやになつた。門口へ立つたなり中學校を教へろと云つたら、中學校はこれから汽車で二里ばかり行かなくつちやいけないと聞いて、猶上がるのがいやになつた。おれは、筒つぽうを着た男から、おれの革鞄を二つ引きたくつて、のそのそあるき出した。宿屋のものは變な顏をしてゐた。

 停車場はすぐ知れた。切符も譯なく買つた。乘り込んでみるとマッチ箱のやうな汽車だ。ごろごろと五分ばかり動いたと思つたら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思つた。たつた三錢である。それから車を傭つて、中學校へ來たら、もう放課後で誰も居ない。宿直は一寸用逹に出たと小使が教へた。隨分氣樂な宿直がゐるものだ。校長でも尋ねやうかと思つたが、草臥れたから、車に乘つて宿屋へ連れて行けと車夫に云ひ付けた。車夫は威勢よく山城屋と云ふうちへ横付けにした。山城屋とは質屋の勘太郎の屋號と同じだから一寸面白く思つた。

 何だか二階の楷子段の下の暗い部屋へ案内した。熱くつて居られやしない。こんな部屋はいやだと云つたらあいにくみんな塞がつてをりますからと云ひながら革鞄を抛り出したまま出て行つた。仕方がないから部屋の中へ這入つて汗をかいて我慢してゐた。やがて湯に入れと云ふから、ざぶりと飛び込んで、すぐ上がつた。歸りがけに覗いてみると涼しさうな部屋がたくさん空いてゐる。失敬な奴だ。嘘をつきやあがつた。それから下女が膳を持つて來た。部屋は熱つかつたが、飯は下宿のよりも大分旨かつた。給仕をしながら下女がどちらからおいでになりましたと聞くから、東京から來たと答へた。すると東京はよい所でございませうと云つたから當り前だと答へてやつた。膳を下げた下女が臺所へいつた時分、大きな笑ひ聲が聞えた。くだらないから、すぐ寢たが、なかなか寢られない。熱いばかりではない。騷々しい。下宿の五倍ぐらゐやかましい。うたうとしたら清の夢を見た。清が越後の笹飴を笹ぐるみ、むしやむしや食つてゐる。笹は毒だからよしたらよからうと云ふと、いえこの笹がお藥でございますと云つて旨さうに食つてゐる。おれがあきれ返つて大きな口を開いてハハハハと笑つたら眼が覺めた。下女が雨戸を明けてゐる。相變らず空の底が突き拔けたやうな天氣だ。

 道中をしたら茶代をやるものだと聞いてゐた。茶代をやらないと粗末に取り扱はれると聞いてゐた。こんな、狹くて暗い部屋へ押し込めるのも茶代をやらないせいだらう。見すぼらしい服裝をして、ズックの革鞄と毛繻子の蝙蝠傘を提げてるからだらう。田舎者の癖に人を見括つたな。一番茶代をやつて驚かしてやらう。おれはこれでも學資のあまりを三十圓ほど懷に入れて東京を出て來たのだ。汽車と汽船の切符代と雜費を差し引いて、まだ十四圓ほどある。みんなやつたつてこれからは月給を貰ふんだから構はない。田舎者はしみつたれだから五圓もやれば驚ろいて眼を廻すに極つてゐる。どうするか見ろと濟まして顏を洗つて、部屋へ歸つて待つてると、夕べの下女が膳を持つて來た。盆を持つて給仕をしながら、やににやにや笑つてる。失敬な奴だ。顏のなかをお祭りでも通りやしまひし。これでもこの下女の面より餘つ程上等だ。飯を濟ましてからにしようと思つてゐたが、癪に障つたから、中途で五圓札を一枚出して、あとでこれを帳場へ持つて行けと云つたら、下女は變な顏をしてゐた。それから飯を濟ましてすぐ學校へ出懸けた。靴は磨いてなかつた。

 學校は昨日車で乘りつけたから、大概の見當は分つてゐる。四つ角を二三度曲がつたらすぐ門の前へ出た。門から玄關までは御影石で敷きつめてある。きのふこの敷石の上を車でがらがらと通つた時は、無暗に仰山な音がするので少し弱つた。途中から小倉の制服を着た生徒にたくさん逢つたが、みんなこの門を這入つて行く。中にはおれより背が高くつて強さうなのが居る。あんな奴を教へるのかと思つたら何だか氣味が惡るくなつた。名刺を出したら校長室へ通した。校長は薄髯のある、色の黒い、目の大きな貍のやうな男である。やにもつたいぶつてゐた。まあ精出して勉強して呉れと云つて、恭しく大きな印の捺つた、辭令を渡した。この辭令は東京へ歸るとき丸めて海の中へ抛り込んでしまつた。校長は今に職員に紹介してやるから、一々その人にこの辭令を見せるんだと云つて聞かした。餘計な手數だ。そんな面倒な事をするよりこの辭令を三日間職員室へ張り付ける方がましだ。

 教員が控所へ揃ふには一時間目の喇叭が鳴らなくてはならぬ。大分時間がある。校長は時計を出して見て、追々ゆるりと話すつもりだが、まづ大體の事を呑み込んでおいてもらはうと云つて、それから教育の精神について長いお談義を聞かした。おれは無論いゝ加減に聞いてゐたが、途中からこれは飛んだ所へ來たと思つた。校長の云ふやうにはとても出來ない。おれみたやうな無鐵砲なものをつらまへて、生徒の模範になれの、一校の師表と仰がれなくてはいかんの、學問以外に個人の徳化を及ぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をする。そんなへらい人が月給四十圓で遙々こんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が立てば喧嘩の一つぐらゐは誰でもするだらうと思つてたが、この樣子ぢやめつたに口も聞けない、散歩も出來ない。そんなむづかしい役なら雇ふ前にこれこれだと話すがいゝ。おれは嘘をつくのが嫌ひだから、仕方がない、だまされて來たのだとあきらめて、思ひ切りよく、ここで斷わつて歸つちまはうと思つた。宿屋へ五圓やつたから財布の中には九圓なにがししかない。九圓ぢや東京までは歸れない。茶代なんかやらなければよかつた。惜しい事をした。しかし九圓だつて、どうかならない事はない。旅費は足りなくつても嘘をつくよりましだと思つて、到底あなたのおつしやる通りにや、出來ません、この辭令は返しますと云つたら、校長は貍のやうな眼をぱちつかせておれの顏を見てゐた。やがて、今のはただ希望である、あなたが希望通り出來ないのはよく知つてゐるから心配しなくつてもいゝと云ひながら笑つた。そのくらゐよく知つてるなら、始めから威嚇さなければいゝのに。

 さう、かうする内に喇叭が鳴つた。教場の方が急にがやがやする。もう教員も控所へ揃ひましたらうと云ふから、校長に尾いて教員控所へはいつた。廣い細長い部屋の周圍に机を並べてみんな腰をかけてゐる。おれがはいつたのを見て、みんな申し合せたやうにおれの顏を見た。見世物ぢやあるまいし。それから申し付けられた通り一人一人の前へ行つて辭令を出して挨拶をした。大概は椅子を離れて腰をかがめるばかりであつたが、念の入つたのは差し出した辭令を受け取つて一應拜見をしてそれを恭しく返卻した。まるで宮芝居の眞似だ。十五人目に體操の教師へと廻つて來た時には、同じ事を何返もやるので少々じれつたくなつた。向うは一度で濟む。こつちは同じ所作を十五返繰り返してゐる。少しはひとの了見も察してみるがいゝ。

 挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云ふのが居た。これは文學士ださうだ。文學士と云へば大學の卒業生だからえらい人なんだらう。妙に女のやうな優しい聲を出す人だつた。もつとも驚いたのはこの暑いのにフランネルの襯衣を着てゐる。いくらか薄い地には相違なくつても暑いには極つてる。文學士だけにご苦勞千萬な服裝をしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿にしてゐる。あとから聞いたらこの男は年が年中赤シャツを着るんださうだ。妙な病氣があつた者だ。當人の説明では赤は身體に藥になるから、衞生のためにわざわざ誂らえるんださうだが、入らざる心配だ。そんならついでに着物も袴も赤にすればいゝ。それから英語の教師に古賀とか云ふ大變顏色の惡るい男が居た。大概顏の蒼い人は瘠せてるもんだがこの男は蒼くふくれてゐる。昔小學校へ行く時分、淺井の民さんと云ふ子が同級生にあつたが、この淺井のおやじがやはり、こんな色つやだつた。淺井は百姓だから、百姓になるとあんな顏になるかと清に聞いてみたら、さうぢやありません、あの人はうらなりの唐茄子ばかり食べるから、蒼くふくれるんですと教へて呉れた。それ以來蒼くふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食つた酬いだと思ふ。この英語の教師もうらなりばかり食つてるに違ひない。もつともうらなりとは何の事か今もつて知らない。清に聞いてみた事はあるが、清は笑つて答へなかつた。大方清も知らないんだらう。それからおれと同じ數學の教師に堀田といふのが居た。これは逞しい毬栗坊主で、叡山の惡僧と云ふべき面構である。人が叮寧に辭令を見せたら見向きもせず、やあ君が新任の人か、ちと遊びに來給へアハハハと云つた。何がアハハハだ。そんな禮儀を心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれはこの時からこの坊主に山嵐といふ渾名をつけてやつた。漢學の先生はさすがに堅いものだ。昨日お着きで、さぞお疲れで、それでもう授業をお始めで、大分ご勵精で、──とのべつに辯じたのは愛嬌のあるお爺さんだ。画學の教師は全く藝人風だ。べらべらした透綾の羽織を着て、扇子をぱちつかせて、お國はどちらでげす、え? 東京? そりや嬉しい、お仲間が出來て……私もこれで江戸つ子ですと云つた。こんなのが江戸つ子なら江戸には生れたくないもんだと心中に考へた。そのほか一人一人についてこんな事を書けばいくらでもある。しかし際限がないからやめる。

 挨拶が一通り濟んだら、校長が今日はもう引き取つてもいゝ、もつとも授業上の事は數學の主任と打ち合せをしておいて、明後日から課業を始めて呉れと云つた。數學の主任は誰かと聞いてみたら例の山嵐であつた。忌々しい、こいつの下に働くのかおやおやと失望した。山嵐は「おい君どこに宿つてるか、山城屋か、うん、今に行つて相談する」と云ひ殘して白墨を持つて教場へ出て行つた。主任の癖に向うから來て相談するなんて不見識な男だ。しかし呼び付けるよりは感心だ。

 それから學校の門を出て、すぐ宿へ歸らうと思つたが、歸つたつて仕方がないから、少し町を散歩してやらうと思つて、無暗に足の向く方をあるき散らした。縣廳も見た。古い前世紀の建築である。兵營も見た。麻布の聯隊より立派でない。大通りも見た。神樂坂を半分に狹くしたぐらゐな道幅で町並はあれより落ちる。二十五萬石の城下だつて高の知れたものだ。こんな所に住んでご城下だなどと威張つてる人間は可哀想なものだと考へながらくると、いつしか山城屋の前に出た。廣いやうでも狹いものだ。これで大抵は見盡したのだらう。歸つて飯でも食はうと門口をはいつた。帳場に坐つてゐたかみさんが、おれの顏を見ると急に飛び出してきてお歸り……と板の間へ頭をつけた。靴を脱いで上がると、お座敷があきましたからと下女が二階へ案内をした。十五疉の表二階で大きな床の間がついてゐる。おれは生れてからまだこんな立派な座敷へはいつた事はない。この後いつはいれるか分らないから、洋服を脱いで浴衣一枚になつて座敷の眞中へ大の字に寢てみた。いゝ心持ちである。

 晝飯を食つてから早速清へ手紙をかいてやつた。おれは文章がまづい上に字を知らないから手紙を書くのが大嫌ひだ。またやる所もない。しかし清は心配してゐるだらう。難船して死にやしなひかなどと思つちや困るから、奮發して長いのを書いてやつた。その文句はかうである。

「きのふ着いた。つまらん所だ。十五疉の座敷に寢てゐる。宿屋へ茶代を五圓やつた。かみさんが頭を板の間へすりつけた。夕べは寢られなかつた。清が笹飴を笹ごと食ふ夢を見た。來年の夏は歸る。今日學校へ行つてみんなにあだなをつけてやつた。校長は貍、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、數學は山嵐、画學はのだいこ。今にいろいろな事を書いてやる。さやうなら」

 手紙をかいてしまつたら、いゝ心持ちになつて眠氣がさしたから、最前のやうに座敷の眞中へのびのびと大の字に寢た。今度は夢も何も見ないでぐつすり寢た。この部屋かいと大きな聲がするので目が覺めたら、山嵐が這入つて來た。最前は失敬、君の受持ちは……と人が起き上がるや否や談判を開かれたので大いに狼狽した。受持ちを聞いてみると別段むづかしい事もなささうだから承知した。このくらゐの事なら、明後日は愚、明日から始めろと云つたつて驚ろかない。授業上の打ち合せが濟んだら、君はいつまでこんな宿屋に居るつもりでもあるまい、僕がいゝ下宿を周旋してやるから移りたまへ。外のものでは承知しないが僕が話せばすぐ出來る。早い方がいゝから、今日見て、あす移つて、あさつてから學校へ行けば極りがいゝと一人で呑み込んでゐる。なるほど十五疉敷にいつまで居る譯にも行くまい。月給をみんな宿料に拂つても追つつかないかもしれぬ。五圓の茶代を奮發してすぐ移るのはちと殘念だが、どうせ移る者なら、早く引き越して落ち付く方が便利だから、そこのところはよろしく山嵐に頼む事にした。すると山嵐はともかくもいつしよに來てみろと云ふから、行つた。町はづれの岡の中腹にある家で至極閑靜だ。主人は骨董を賣買するいか銀と云ふ男で、女房は亭主よりも四つばかり年嵩の女だ。中學校に居た時ウィッチと云ふ言葉を習つた事があるがこの女房はまさにウィッチに似てゐる。ウィッチだつて人の女房だから構はない。とうとう明日から引き移る事にした。歸りに山嵐は通町で氷水を一杯奢つた。學校で逢つた時はやに横風な失敬な奴だと思つたが、こんなにいろいろ世話をして呉れるところを見ると、わるい男でもなささうだ。ただおれと同じやうにせつかちで肝癪持らしい。あとで聞いたらこの男が一番生徒に人望があるのださうだ。

 いよいよ學校へ出た。初めて教場へ這入つて高い所へ乘つた時は、何だか變だつた。講釋をしながら、おれでも先生が勤まるのかと思つた。生徒はやかましい。時々圖拔けた大きな聲で先生と云ふ。先生には應へた。今まで物理學校で毎日先生先生と呼びつけてゐたが、先生と呼ぶのと、呼ばれるのは雲泥の差だ。何だか足の裏がむずむずする。おれは卑怯な人間ではない。臆病な男でもないが、惜しい事に膽力が缺けてゐる。先生と大きな聲をされると、腹の減つた時に丸の内で午砲を聞いたやうな氣がする。最初の一時間は何だかいゝ加減にやつてしまつた。しかし別段困つた質問も掛けられずに濟んだ。控所へ歸つて來たら、山嵐がどうだいと聞いた。うんと單簡に返事をしたら山嵐は安心したらしかつた。

 二時間目に白墨を持つて控所を出た時には何だか敵地へ乘り込むやうな氣がした。教場へ出ると今度の組は前より大きな奴ばかりである。おれは江戸つ子で華奢に小作りに出來てゐるから、どうも高い所へ上がつても押しが利かない。喧嘩なら相撲取とでもやつてみせるが、こんな大僧を四十人も前へ並べて、ただ一枚の舌をたたいて恐縮させる手際はない。しかしこんな田舎者に弱身を見せると癖になると思つたから、なるべく大きな聲をして、少々卷き舌で講釋してやつた。最初のうちは、生徒も烟に捲かれてぼんやりしてゐたから、それ見ろとますます得意になつて、べらんめい調を用ゐてたら、一番前の列の眞中に居た、一番強さうな奴が、いきなり起立して先生と云ふ。そら來たと思ひながら、何だと聞いたら、「あまり早くて分からんけれ、もちつと、ゆるゆる遣つて、お呉れんかな、もし」と云つた。お呉れんかな[#「お呉れんかな」に傍點]、もし[#「もし」に傍點]は生温るい言葉だ。早過ぎるなら、ゆつくり云つてやるが、おれは江戸つ子だから君等の言葉は使へない、分らなければ、分るまで待つてるがいゝと答へてやつた。この調子で二時間目は思つたより、うまく行つた。ただ歸りがけに生徒の一人が一寸この問題を解釋をしてお呉れんかな、もし、と出來さうもない幾何の問題を持つて逼つたには冷汗を流した。仕方がないから何だか分らない、この次教へてやると急いで引き揚げたら、生徒がわあと囃した。その中に出來ん出來んと云ふ聲が聞える。箆棒め、先生だつて、出來ないのは當り前だ。出來ないのを出來ないと云ふのに不思議があるもんか。そんなものが出來るくらゐなら四十圓でこんな田舎へくるもんかと控所へ歸つて來た。今度はどうだとまた山嵐が聞いた。うんと云つたが、うんだけでは氣が濟まなかつたから、この學校の生徒は分らずやだなと云つてやつた。山嵐は妙な顏をしてゐた。

 三時間目も、四時間目も晝過ぎの一時間も大同小異であつた。最初の日に出た級は、いづれも少々ずつ失敗した。教師ははたで見るほど樂ぢやないと思つた。授業はひと通り濟んだが、まだ歸れない、三時までぽつ然として待つてなくてはならん。三時になると、受持級の生徒が自分の教室を掃除して報知にくるから檢分をするんださうだ。それから、出席簿を一應調べて漸くお暇が出る。いくら月給で買はれた身體だつて、あいた時間まで學校へ縛りつけて机と睨めつくらをさせるなんて法があるものか。しかしほかの連中はみんな大人しくご規則通りやつてるから新參のおればかり、だだを捏ねるのもよろしくないと思つて我慢してゐた。歸りがけに、君何でもかんでも三時過まで學校にいさせるのは愚だぜと山嵐に訴へたら、山嵐はさうさアハハハと笑つたが、あとから眞面目になつて、君あまり學校の不平を云ふと、いかんぜ。云ふなら僕だけに話せ、隨分妙な人も居るからなと忠告がましい事を云つた。四つ角で分れたから詳しい事は聞くひまがなかつた。

 それからうちへ歸つてくると、宿の亭主がお茶を入れませうと云つてやつて來る。お茶を入れると云ふからご馳走をするのかと思ふと、おれの茶を遠慮なく入れて自分が飮むのだ。この樣子では留守中も勝手にお茶を入れませうを一人で履行してゐるかも知れない。亭主が云ふには手前は書画骨董がすきで、とうとうこんな商買を内々で始めるやうになりました。あなたもお見受け申すところ大分ご風流でいらつしやるらしい。ちと道樂にお始めなすつてはいかがですと、飛んでもない勸誘をやる。二年前ある人の使に帝國ホテルへ行つた時は錠前直しと間違へられた事がある。ケットを被つて、鎌倉の大佛を見物した時は車屋から親方と云はれた。その外今日まで見損われた事は隨分あるが、まだおれをつらまへて大分ご風流でいらつしやると云つたものはない。大抵はなりや樣子でも分る。風流人なんていふものは、画を見ても、頭巾を被るか短册を持つてるものだ。このおれを風流人だなどと眞面目に云ふのはただの曲者ぢやない。おれはそんな呑氣な隱居のやるやうな事は嫌ひだと云つたら、亭主はへへへへと笑ひながら、いえ始めから好きなものは、どなたもございませんが、いつたんこの道に這入るとなかなか出られませんと一人で茶を注いで妙な手付をして飮んでゐる。實はゆふべ茶を買つて呉れと頼んでおいたのだが、こんな苦い濃い茶はいやだ。一杯飮むと胃に答へるやうな氣がする。今度からもつと苦くないのを買つて呉れと云つたら、かしこまりましたとまた一杯しぼつて飮んだ。人の茶だと思つて無暗に飮む奴だ。主人が引き下がつてから、明日の下讀をしてすぐ寢てしまつた。

 それから毎日毎日學校へ出ては規則通り働く、毎日毎日歸つて來ると主人がお茶を入れませうと出てくる。一週間ばかりしたら學校の樣子もひと通りは飮み込めたし、宿の夫婦の人物も大概は分つた。ほかの教師に聞いてみると辭令を受けて一週間から一ヶ月ぐらゐの間は自分の評判がいゝだらうか、惡るいだらうか非常に氣に掛かるさうであるが、おれは一向そんな感じはなかつた。教場で折々しくじるとその時だけはやな心持ちだが三十分ばかり立つと奇麗に消えてしまふ。おれは何事によらず長く心配しようと思つても心配が出來ない男だ。教場のしくじりが生徒にどんな影響を與へて、その影響が校長や教頭にどんな反應を呈するかまるで無頓着であつた。おれは前に云ふ通りあまり度胸の据つた男ではないのだが、思ひ切りはすこぶるいゝ人間である。この學校がいけなければすぐどつかへ行く覺悟でゐたから、貍も赤シャツも、ちつとも恐しくはなかつた。まして教場の小僧共なんかには愛嬌もお世辭も使ふ氣になれなかつた。學校はそれでいゝのだが下宿の方はさうはいかなかつた。亭主が茶を飮みに來るだけなら我慢もするが、いろいろな者を持つてくる。始めに持つて來たのは何でも印材で、十ばかり並べておいて、みんなで三圓なら安い物だお買ひなさいと云ふ。田舎巡りのヘボ繪師ぢやあるまいし、そんなものは入らないと云つたら、今度は華山とか何とか云ふ男の花鳥の掛物をもつて來た。自分で床の間へかけて、いゝ出來ぢやありませんかと云ふから、さうかなと好加減に挨拶をすると、華山には二人ある、一人は何とか華山で、一人は何とか華山ですが、この幅はその何とか華山の方だと、くだらない講釋をしたあとで、どうです、あなたなら十五圓にしておきます。お買ひなさいと催促をする。金がないと斷わると、金なんか、いつでもやうございますとなかなか頑固だ。金があつても買はないんだと、その時は追つ拂つちまつた。その次には鬼瓦ぐらゐな大硯を擔ぎ込んだ。これは端溪です、端溪ですと二遍も三遍も端溪がるから、面白半分に端溪た何だいと聞いたら、すぐ講釋を始め出した。端溪には上層中層下層とあつて、今時のものはみんな上層ですが、これはたしかに中層です、この眼をご覽なさい。眼が三つあるのは珍らしい。溌墨の具合も至極よろしい、試してご覽なさいと、おれの前へ大きな硯を突きつける。いくらだと聞くと、持主が支那から持つて歸つて來て是非賣りたいと云ひますから、お安くして三十圓にしておきませうと云ふ。この男は馬鹿に相違ない。學校の方はどうかかうか無事に勤まりさうだが、かう骨董責に逢つてはとても長く續きさうにない。

 そのうち學校もいやになつた。  [#注 二字アケル]ある日の晩大町と云ふ所を散歩してゐたら郵便局の隣りに蕎麥とかいて、下に東京と注を加へた看板があつた。おれは蕎麥が大好きである。東京に居つた時でも蕎麥屋の前を通つて藥味の香いをかぐと、どうしても暖簾がくぐりたくなつた。今日までは數學と骨董で蕎麥を忘れてゐたが、かうして看板を見ると素通りが出來なくなる。ついでだから一杯食つて行かうと思つて上がり込んだ。見ると看板ほどでもない。東京と斷わる以上はもう少し奇麗にしさうなものだが、東京を知らないのか、金がないのか、滅法きたない。疉は色が變つてお負けに砂でざらざらしてゐる。壁は煤で眞黒だ。天井はランプの油烟で燻ぼつてるのみか、低くつて、思はず首を縮めるくらゐだ。ただ麗々と蕎麥の名前をかいて張り付けたねだん付けだけは全く新しい。何でも古いうちを買つて二三日前から開業したに違ひなからう。ねだん付の第一號に天麩羅とある。おい天麩羅を持つてこいと大きな聲を出した。するとこの時まで隅の方に三人かたまつて、何かつるつる、ちゅうちゅう食つてた連中が、ひとしくおれの方を見た。部屋が暗いので、一寸氣がつかなかつたが顏を合せると、みんな學校の生徒である。先方で挨拶をしたから、おれも挨拶をした。その晩は久し振に蕎麥を食つたので、旨かつたから天麩羅を四杯平げた。

 翌日何の氣もなく教場へ這入ると、黒板一杯ぐらゐな大きな字で、天麩羅先生とかいてある。おれの顏を見てみんなわあと笑つた。おれは馬鹿馬鹿しいから、天麩羅を食つちや可笑しいかと聞いた。すると生徒の一人が、しかし四杯は過ぎるぞな、もし、と云つた。四杯食はうが五杯食はうがおれの錢でおれが食ふのに文句があるもんかと、さつさと講義を濟まして控所へ歸つて來た。十分立つて次の教場へ出ると一つ天麩羅四杯なり。但し笑ふべからず。と黒板にかいてある。さつきは別に腹も立たなかつたが今度は癪に障つた。冗談も度を過ごせばいたづらだ。燒餠の黒焦のやうなもので誰も賞め手はない。田舎者はこの呼吸が分からないからどこまで押して行つても構はないと云ふ了見だらう。一時間あるくと見物する町もないやうな狹い都に住んで、外に何にも藝がないから、天麩羅事件を日露戰爭のやうに觸れちらかすんだらう。憐れな奴等だ。小供の時から、こんなに教育されるから、いやにひねつこびた、植木鉢の楓みたやうな小人が出來るんだ。無邪氣ならひつしよに笑つてもいゝが、こりやなんだ。小供の癖に乙に毒氣を持つてる。おれはだまつて、天麩羅を消して、こんないたづらが面白いか、卑怯な冗談だ。君等は卑怯と云ふ意味を知つてるか、と云つたら、自分がした事を笑はれて怒るのが卑怯ぢやらうがな、もしと答へた奴がある。やな奴だ。わざわざ東京から、こんな奴を教へに來たのかと思つたら情なくなつた。餘計な減らず口を利かないで勉強しろと云つて、授業を始めてしまつた。それから次の教場へ出たら天麩羅を食ふと減らず口が利きたくなるものなりと書いてある。どうも始末に終へない。あんまり腹が立つたから、そんな生意氣な奴は教へないと云つてすたすた歸つて來てやつた。生徒は休みになつて喜んださうだ。かうなると學校より骨董の方がまだましだ。

 天麩羅蕎麥もうちへ歸つて、一晩寢たらそんなに肝癪に障らなくなつた。學校へ出てみると、生徒も出てゐる。何だか譯が分らない。それから三日ばかりは無事であつたが、四日目の晩に住田と云ふ所へ行つて團子を食つた。この住田と云ふ所は温泉のある町で城下から汽車だと十分ばかり、歩いて三十分で行かれる、料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊廓がある。おれのはいつた團子屋は遊廓の入口にあつて、大變うまいといふ評判だから、温泉に行つた歸りがけに一寸食つてみた。今度は生徒にも逢はなかつたから、誰も知るまいと思つて、翌日學校へ行つて、一時間目の教場へ這入ると團子二皿七錢と書いてある。實際おれは二皿食つて七錢拂つた。どうも厄介な奴等だ。二時間目にもきつと何かあると思ふと遊廓の團子旨い旨いと書いてある。あきれ返つた奴等だ。團子がそれで濟んだと思つたら今度は赤手拭と云ふのが評判になつた。何の事だと思つたら、つまらない來歴だ。おれはここへ來てから、毎日住田の温泉へ行く事に極めてゐる。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ。せつかく來た者だから毎日這入つてやらうといふ氣で、晩飯前に運動かたがた出掛る。ところが行くときは必ず西洋手拭の大きな奴をぶら下げて行く。この手拭が湯に染つた上へ、赤い縞が流れ出したので一寸見ると紅色に見える。おれはこの手拭を行きも歸りも、汽車に乘つてもあるいても、常にぶら下げてゐる。それで生徒がおれの事を赤手拭赤手拭と云ふんださうだ。どうも狹い土地に住んでるとうるさいものだ。まだある。温泉は三階の新築で上等は浴衣をかして、流しをつけて八錢で濟む。その上に女が天目へ茶を載せて出す。おれはいつでも上等へはいつた。すると四十圓の月給で毎日上等へ這入るのは贅澤だと云ひ出した。餘計なお世話だ。まだある。湯壺は花崗石を疉み上げて、十五疉敷ぐらゐの廣さに仕切つてある。大抵は十三四人漬つてるがたまには誰も居ない事がある。深さは立つて乳の邊まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐのはなかなか愉快だ。おれは人の居ないのを見濟しては十五疉の湯壺を泳ぎ巡つて喜んでゐた。ところがある日三階から威勢よく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を覗いてみると、大きな札へ黒々と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼りつけてある。湯の中で泳ぐものは、あまりあるまいから、この貼札はおれのために特別に新調したのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは斷念した。泳ぐのは斷念したが、學校へ出てみると、例の通り黒板に湯の中で泳ぐべからずと書いてあるには驚ろいた。何だか生徒全體がおれ一人を探偵してゐるやうに思はれた。くさくさした。生徒が何を云つたつて、やらうと思つた事をやめるやうなほれではないが、何でこんな狹苦しい鼻の先がつかへるやうな所へ來たのかと思ふと情なくなつた。それでうちへ歸ると相變らず骨董責である。

 學校には宿直があつて、職員が代る代るこれをつとめる。但し貍と赤シャツは例外である。何でこの兩人が當然の義務を免かれるのかと聞いてみたら、奏任待遇だからと云ふ。面白くもない。月給はたくさんとる、時間は少ない、それで宿直を逃がれるなんて不公平があるものか。勝手な規則をこしらへて、それが當り前だといふやうな顏をしてゐる。よくまああんなにずうずうしく出來るものだ。これについては大分不平であるが、山嵐の説によると、いくら一人で不平を並べたつて通るものぢやないさうだ。一人だつて二人だつて正しい事なら通りさうなものだ。山嵐は might is right といふ英語を引いて説諭を加へたが、何だか要領を得ないから、聞き返してみたら強者の權利と云ふ意味ださうだ。強者の權利ぐらゐなら昔から知つてゐる。今さら山嵐から講釋をきかなくつてもいゝ。強者の權利と宿直とは別問題だ。貍や赤シャツが強者だなんて、誰が承知するものか。議論は議論としてこの宿直がいよいよおれの番に廻つて來た。一體疳性だから夜具蒲團などは自分のものへ樂に寢ないと寢たやうな心持ちがしない。小供の時から、友逹のうちへ泊つた事はほとんどないくらゐだ。友逹のうちでさへ厭なら學校の宿直はなほさら厭だ。厭だけれども、これが四十圓のうちへ籠つてゐるなら仕方がない。我慢して勤めてやらう。

 教師も生徒も歸つてしまつたあとで、一人ぽかんとしてゐるのは隨分間が拔けたものだ。宿直部屋は教場の裏手にある寄宿舎の西はづれの一室だ。一寸這入つてみたが、西日をまともに受けて、苦しくつて居たたまれない。田舎だけあつて秋がきても、氣長に暑いもんだ。生徒の賄を取りよせて晩飯を濟ましたが、まづいには恐れ入つた。よくあんなものを食つて、あれだけに暴れられたもんだ。それで晩飯を急いで四時半に片付けてしまふんだから豪傑に違ひない。飯は食つたが、まだ日が暮れないから寢る譯に行かない。一寸温泉に行きたくなつた。宿直をして、外へ出るのはいゝ事だか、惡るい事だかしらないが、かうつくねんとして重禁錮同樣な憂目に逢ふのは我慢の出來るもんぢやない。始めて學校へ來た時當直の人はと聞いたら、一寸用逹に出たと小使が答へたのを妙だと思つたが、自分に番が廻つてみると思ひ當る。出る方が正しいのだ。おれは小使に一寸出てくると云つたら、何かご用ですかと聞くから、用ぢやない、温泉へ這入るんだと答へて、さつさと出掛けた。赤手拭は宿へ忘れて來たのが殘念だが今日は先方で借りるとしよう。

 それからかなりゆるりと、出たりはいつたりして、漸く日暮方になつたから、汽車へ乘つて古町の停車場まで來て下りた。學校まではこれから四丁だ。譯はないとあるき出すと、向うから貍が來た。貍はこれからこの汽車で温泉へ行かうと云ふ計劃なんだらう。すたすた急ぎ足にやつてきたが、擦れ違つた時おれの顏を見たから、一寸挨拶をした。すると貍はあなたは今日は宿直ではなかつたですかねえ[#「なかつたですかねえ」に傍點]と眞面目くさつて聞いた。なかつたですかねえもないもんだ。二時間前おれに向つて今夜は始めての宿直ですね。ご苦勞さま。と禮を云つたぢやないか。校長なんかになるといやに曲りくねつた言葉を使ふもんだ。おれは腹が立つたから、ええ宿直です。宿直ですから、これから歸つて泊る事はたしかに泊りますと云ひ捨てて濟ましてあるき出した。豎町の四つ角までくると今度は山嵐に出つ喰はした。どうも狹い所だ。出てあるきさへすれば必ず誰かに逢ふ。「おい君は宿直ぢやないか」と聞くから「うん、宿直だ」と答へたら、「宿直が無暗に出てあるくなんて、不都合ぢやないか」と云つた。「ちつとも不都合なもんか、出てあるかない方が不都合だ」と威張つてみせた。「君のずぼらにも困るな、校長か教頭に出逢ふと面倒だぜ」と山嵐に似合はない事を云ふから「校長にはたつた今逢つた。暑い時には散歩でもしないと宿直も骨でせうと校長が、おれの散歩をほめたよ」と云つて、面倒臭いから、さつさと學校へ歸つて來た。

 夫から日はすぐ呉れる。呉れてから二時間ばかりは小使を宿直部屋へ呼んで話をしたが、それも飽きたから、寢られないまでも床へ這入らうと思つて、寢卷に着換へて、蚊帳を捲くつて、赤い毛布を跳ねのけて、とんと尻持を突いて、仰向けになつた。おれが寢るときにとんと尻持をつくのは小供の時からの癖だ。わるい癖だと云つて小川町の下宿に居た時分、二階下に居た法律學校の書生が苦情を持ち込んだ事がある。法律の書生なんてものは弱い癖に、やに口が逹者なもので、愚な事を長たらしく述べ立てるから、寢る時にどんどん音がするのはおれの尻がわるいのぢやない。下宿の建築が粗末なんだ。掛ケ合ふなら下宿へ掛ケ合へと凹ましてやつた。この宿直部屋は二階ぢやないから、いくら、どしんと倒れても構はない。なるべく勢よく倒れないと寢たやうな心持ちがしない。ああ愉快だと足をうんと延ばすと、何だか兩足へ飛び付いた。ざらざらして蚤のやうでもないからこいつあと驚ろいて、足を二三度毛布の中で振つてみた。するとざらざらと當つたものが、急に殖え出して脛が五六カ所、股が二三カ所、尻の下でぐちやりと踏み潰したのが一つ、臍の所まで飛び上がつたのが一つ──いよいよ驚ろいた。早速起き上つて、毛布をぱつと後ろへ抛ると、蒲團の中から、バッタが五六十飛び出した。正體の知れない時は多少氣味が惡るかつたが、バッタと相場が極まつてみたら急に腹が立つた。バッタの癖に人を驚ろかしやがつて、どうするか見ろと、いきなり括り枕を取つて、二三度擲きつけたが、相手が小さ過ぎるから勢よく抛げつける割に利目がない。仕方がないから、また布團の上へ坐つて、煤掃の時に蓙を丸めて疉を叩くやうに、そこら近邊を無暗にたたいた。バッタが驚ろいた上に、枕の勢で飛び上がるものだから、おれの肩だの、頭だの鼻の先だのへくつ付いたり、ぶつかつたりする。顏へ付いた奴は枕で叩く譯に行かないから、手で攫んで、一生懸命に擲きつける。忌々しい事に、いくら力を出しても、ぶつかる先が蚊帳だから、ふわりと動くだけで少しも手答がない。バッタは擲きつけられたまま蚊帳へつらまつてゐる。死にもどうもしない。漸くの事に三十分ばかりでバッタは退治た。箒を持つて來てバッタの死骸を掃き出した。小使が來て何ですかと云ふから、何ですかもあるもんか、バッタを床の中に飼つとく奴がどこの國にある。間拔め。と叱つたら、私は存じませんと辯解をした。存じませんで濟むかと箒を椽側へ抛り出したら、小使は恐る恐る箒を擔いで歸つて行つた。

 おれは早速寄宿生を三人ばかり總代に呼び出した。すると六人出て來た。六人だらうが十人だらうが構ふものか。寢卷のまま腕まくりをして談判を始めた。

「なんでバッタなんか、おれの床の中へ入れた」

「バッタた何ぞな」と眞先の一人がいつた。やに落ち付いてゐやがる。この學校ぢや校長ばかりぢやない、生徒まで曲りくねつた言葉を使ふんだらう。

「バッタを知らないのか、知らなけりや見せてやらう」と云つたが、生憎掃き出してしまつて一匹も居ない。また小使を呼んで、「さつきのバッタを持つてこい」と云つたら、「もう掃澑へ棄ててしまひましたが、拾つて參りませうか」と聞いた。「うんすぐ拾つて來い」と云ふと小使は急いで馳け出したが、やがて半紙の上へ十匹ばかり載せて來て「どうもお氣の毒ですが、生憎夜でこれだけしか見當りません。あしたになりましたらもつと拾つて參ります」と云ふ。小使まで馬鹿だ。おれはバッタの一つを生徒に見せて「バッタたこれだ、大きなずう體をして、バッタを知らないた、何の事だ」と云ふと、一番左の方に居た顏の丸い奴が「そりや、イナゴぞな、もし」と生意氣におれを遣り込めた。「篦棒め、イナゴもバッタも同じもんだ。第一先生を捕まへてなもし[#「なもし」に傍點]た何だ。菜飯は田樂の時より外に食ふもんぢやない」とあべこべに遣り込めてやつたら「なもしと菜飯とは違ふぞな、もし」と云つた。いつまで行つてもなもし[#「なもし」に傍點]を使ふ奴だ。

「イナゴでもバッタでも、何でおれの床の中へ入れたんだ。おれがいつ、バッタを入れて呉れと頼んだ」

「誰も入れやせんがな」

「入れないものが、どうして床の中に居るんだ」

「イナゴは温い所が好きぢやけれ、大方一人で御這入りたのぢやあろ」

「馬鹿あ云へ。バッタが一人で御這入りになるなんて──バッタに御這入りになられてたまるもんか。──さあなぜこんないたづらをしたか、云へ」

「云へてゝ、入れんものを説明しやうがないがな」

 けちな奴等だ。自分で自分のした事が云へないくらゐなら、てんでしないがいゝ。證據さへ擧がらなければ、しらを切るつもりで圖太く構へてゐやがる。おれだつて中學に居た時分は少しはいたづらもしたもんだ。しかしだれがしたと聞かれた時に、尻込みをするやうな卑怯な事はただの一度もなかつた。したものはしたので、しないものはしないに極つてる。おれなんぞは、いくら、いたづらをしたつて潔白なものだ。嘘を吐いて罰を逃げるくらゐなら、始めからいたづらなんかやるものか。いたづらと罰はつきもんだ。罰があるからいたづらも心持ちよく出來る。いたづらだけで罰はご免蒙るなんて下劣な根性がどこの國に流行ると思つてるんだ。金は借りるが、返す事はご免だと云ふ連中はみんな、こんな奴等が卒業してやる仕事に相違ない。全體中學校へ何しに這入つてるんだ。學校へ這入つて、嘘を吐いて、胡魔化して、陰でこせこせ生意氣な惡いたづらをして、さうして大きな面で卒業すれば教育を受けたもんだと癇違ひをしてゐやがる。話せない雜兵だ。

 おれはこんな腐つた了見の奴等と談判するのは胸糞が惡るいから、「そんなに云はれなきや、聞かなくつていゝ。中學校へ這入つて、上品も下品も區別が出來ないのは氣の毒なものだ」と云つて六人を逐つ放してやつた。おれは言葉や樣子こそあまり上品ぢやないが、心はこいつらよりも遙かに上品なつもりだ。六人は悠々と引き揚げた。上部だけは教師のおれより餘つ程えらく見える。實は落ち付いて居るだけ猶惡るい。おれには到底是程の度胸はない。

 それからまた床へ這入つて横になつたら、さつきの騷動で蚊帳の中はぶんぶん唸つてゐる。手燭をつけて一匹ずつ燒くなんて面倒な事は出來ないから、釣手をはずして、長く疉んでおいて部屋の中で横豎十文字に振つたら、環が飛んで手の甲をいやといふほど撲つた。三度目に床へはいつた時は少々落ち付いたがなかなか寢られない。時計を見ると十時半だ。考へてみると厄介な所へ來たもんだ。一體中學の先生なんて、どこへ行つても、こんなものを相手にするなら氣の毒なものだ。よく先生が品切れにならない。餘つ程辛防強い朴念仁がなるんだらう。おれには到底やり切れない。それを思ふと清なんてのは見上げたものだ。教育もない身分もない婆さんだが、人間としてはすこぶる尊とい。今まではあんなに世話になつて別段難有いとも思はなかつたが、かうして、一人で遠國へ來てみると、始めてあの親切がわかる。越後の笹飴が食ひたければ、わざわざ越後まで買ひに行つて食はしてやつても、食はせるだけの價値は充分ある。清はおれの事を慾がなくつて、眞直な氣性だと云つて、ほめるが、ほめられるおれよりも、ほめる本人の方が立派な人間だ。何だか清に逢ひたくなつた。

 清の事を考へながら、のつそつしてゐると、突然おれの頭の上で、數で云つたら三四十人もあらうか、二階が落つこちるほどどん、どん、どんと拍子を取つて床板を踏みならす音がした。すると足音に比例した大きな鬨の聲が起つた。おれは何事が持ち上がつたのかと驚ろいて飛び起きた。飛び起きる途端に、はゝあさつきの意趣返しに生徒があばれるのだなと氣がついた。手前のわるい事は惡るかつたと言つて仕舞はないうちは罪は消えないもんだ。わるい事は、手前逹に覺があるだらう。本來なら寢てから後悔してあしたの朝でもあやまりに來るのが本筋だ。たとい、あやまらないまでも恐れ入つて、靜肅に寢てゐるべきだ。それを何だこの騷ぎは。寄宿舎を建てて豚でも飼つて置きあしまいし。氣狂ひじみた眞似も大抵にするがいゝ。どうするか見ろと、寢卷のまま宿直部屋を飛び出して、楷子段を三股半に二階まで躍り上がつた。すると不思議な事に、今まで頭の上で、たしかにどたばた暴れてゐたのが、急に靜まり返つて、人聲どころか足音もしなくなつた。これは妙だ。ランプはすでに消してあるから、暗くてどこに何が居るか判然と分らないが、人氣のあるとないとは樣子でも知れる。長く東から西へ貫いた廊下には鼠一匹も隱れてゐない。廊下のはづれから月がさして、遙か向うが際どく明るい。どうも變だ、おれは小供の時から、よく夢を見る癖があつて、夢中に跳ね起きて、わからぬ寢言を云つて、人に笑はれた事がよくある。十六七の時ダイヤモンドを拾つた夢を見た晩なぞは、むくりと立ち上がつて、そばに居た兄に、今のダイヤモンドはどうしたと、非常な勢で尋ねたくらゐだ。その時は三日ばかりうち中の笑ひ草になつて大いに弱つた。ことによると今のも夢かも知れない。しかしたしかにあばれたに違ひないがと、廊下の眞中で考へ込んでゐると、月のさしてゐる向うのはづれで、一二三わあと、三四十人の聲がかたまつて響いたかと思ふ間もなく、前のやうに拍子を取つて、一同が床板を踏み鳴らした。それ見ろ夢ぢやないやつぱり事實だ。靜かにしろ、夜なかだぞ、とこつちも負けんくらゐな聲を出して、廊下を向うへ馳けだした。おれの通る路は暗い、ただはづれに見える月あかりが目標だ。おれが馳け出して二間も來たかと思ふと、廊下の眞中で、堅い大きなものに向脛をぶつけて、あ痛い[#「あ痛い」に傍點]が頭へひびく間に、身體はすとんと前へ抛り出された。こん畜生と起き上がつてみたが、馳けられない。氣はせくが、足だけは云ふ事を利かない。じれつたいから、一本足で飛んで來たら、もう足音も人聲も靜まり返つて、森としてゐる。いくら人間が卑怯だつて、こんなに卑怯に出來るものぢやない。まるで豚だ。かうなれば隱れてゐる奴を引きずり出して、あやまらせてやるまではひかないぞと、心を極めて寢室の一つを開けて中を檢査しようと思つたが開かない。錠をかけてあるのか、机か何か積んで立て懸けてあるのか、押しても、押しても決して開かない。今度は向う合せの北側の室を試みた。開かない事はやつぱり同然である。おれが戸を開けて中に居る奴を引つ捕らまへてやらうと、焦慮てると、また東のはづれで鬨の聲と足拍子が始まつた。この野郎申し合せて、東西相應じておれを馬鹿にする氣だな、とは思つたがさてどうしていゝか分らない。正直に白状してしまふが、おれは勇氣のある割合に智慧が足りない。こんな時にはどうしていゝかさつぱりわからない。わからないけれども、決して負けるつもりはない。このままに濟ましてはおれの顏にかかはる。江戸つ子は意氣地がないと云はれるのは殘念だ。宿直をして鼻埀れ小僧にからかはれて、手のつけやうがなくつて、仕方がないから泣き寢入りにしたと思はれちや一生の名折れだ。これでも元は旗本だ。旗本の元は清和源氏で、多田の滿仲の後裔だ。こんな土百姓とは生まれからして違ふんだ。ただ智慧のないところが惜しいだけだ。どうしていゝか分らないのが困るだけだ。困つたつて負けるものか。正直だから、どうしていゝか分らないんだ。世の中に正直が勝たないで、外に勝つものがあるか、考へてみろ。今夜中に勝てなければ、あした勝つ。あした勝てなければ、あさつて勝つ。あさつて勝てなければ、下宿から辨當を取り寄せて勝つまでここに居る。おれはかう決心をしたから、廊下の眞中へあぐらをかいて夜のあけるのを待つてゐた。蚊がぶんぶん來たけれども何ともなかつた。さつき、ぶつけた向脛を撫でてみると、何だかぬらぬらする。血が出るんだらう。血なんか出たければ勝手に出るがいゝ。そのうち最前からの疲れが出て、ついふとうと寢てしまつた。何だか騷がしいので、眼が覺めた時はえつ糞しまつたと飛び上がつた。おれの坐つてた右側にある戸が半分あゐて、生徒が二人、おれの前に立つてゐる。おれは正氣に返つて、はつと思ふ途端に、おれの鼻の先にある生徒の足を引つ攫んで、力任せにぐいと引いたら、そいつは、どたりと仰向に倒れた。ざまを見ろ。殘る一人が一寸狼狽したところを、飛びかかつて、肩を抑えて二三度こづき廻したら、あつけに取られて、眼をぱちぱちさせた。さあおれの部屋まで來いと引つ立てると、弱蟲だと見えて、一も二もなく尾いて來た。夜はとうにあけてゐる。

 おれが宿直部屋へ連れてきた奴を詰問し始めると、豚は、打つても擲ゐても豚だから、ただ知らんがなで、どこまでも通す了見と見えて、けつして白状しない。そのうち一人來る、二人來る、だんだん二階から宿直部屋へ集まつてくる。見るとみんな眠さうに瞼をはらしてゐる。けちな奴等だ。一晩ぐらゐ寢ないで、そんな面をして男と云はれるか。面でも洗つて議論に來いと云つてやつたが、誰も面を洗ひに行かない。

 おれは五十人あまりを相手に約一時間ばかり押問答をしてゐると、ひよつくり貍がやつて來た。あとから聞いたら、小使が學校に騷動がありますつて、わざわざ知らせに行つたのださうだ。これしきの事に、校長を呼ぶなんて意氣地がなさ過ぎる。それだから中學校の小使なんぞをしてるんだ。

 校長はひと通りおれの説明を聞いた。生徒の言草も一寸聞いた。追つて處分するまでは、今まで通り學校へ出ろ。早く顏を洗つて、朝飯を食はないと時間に間に合はないから、早くしろと云つて寄宿生をみんな放免した。手温るい事だ。おれなら即席に寄宿生をことごとく退校してしまふ。こんな悠長な事をするから生徒が宿直員を馬鹿にするんだ。その上おれに向つて、あなたもさぞご心配でお疲れでせう、今日はご授業に及ばんと云ふから、おれはかう答へた。「いえ、ちつとも心配ぢやありません。こんな事が毎晩あつても、命のある間は心配にやなりません。授業はやります、一晩ぐらゐ寢なくつて、授業が出來ないくらゐなら、頂戴した月給を學校の方へ割戻します」校長は何と思つたものか、しばらくおれの顏を見つめてゐたが、しかし顏が大分はれてゐますよと注意した。なるほど何だか少々重たい氣がする。その上べた一面痒い。蚊がよつぽと刺したに相違ない。おれは顏中ぼりぼり掻きながら、顏はいくら膨れたつて、口はたしかにきけますから、授業には差し支へませんと答へた。校長は笑ひながら、大分元氣ですねと賞めた。實を云ふと賞めたんぢやあるまい、ひやかしたんだらう。

 君釣りに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。赤シャツは氣味の惡るいやうに優しい聲を出す男である。まるで男だか女だか分りやしない。男なら男らしい聲を出すもんだ。ことに大學卒業生ぢやないか。物理學校でさへおれくらゐな聲が出るのに、文學士がこれぢや見つともない。

 おれはさうですなあと少し進まない返事をしたら、君釣をした事がありますかと失敬な事を聞く。あんまりないが、子供の時、小梅の釣堀で鮒を三匹釣つた事がある。それから神樂坂の毘沙門の縁日で八寸ばかりの鯉を針で引つかけて、しめたと思つたら、ぽちやりと落としてしまつたがこれは今考へても惜しいと云つたら、赤シャツは顋を前の方へ突き出してホホホホと笑つた。何もさう氣取つて笑はなくつても、よささうな者だ。「それぢや、まだ釣りの味は分らんですな。お望みならちと傳授しませう」とすこぶる得意である。だれがご傳授をうけるものか。一體釣や獵をする連中はみんな不人情な人間ばかりだ。不人情でなくつて、殺生をして喜ぶ譯がない。魚だつて、鳥だつて殺されるより生きてる方が樂に極まつてる。釣や獵をしなくつちや活計がたたないなら格別だが、何不足なく暮してゐる上に、生き物を殺さなくつちや寢られないなんて贅澤な話だ。かう思つたが向うは文學士だけに口が逹者だから、議論ぢや叶はないと思つて、だまつてた。すると先生このおれを降參させたと疳違ひして、早速傳授しませう。おひまなら、今日どうです、いつしよに行つちや。吉川君と二人ぎりぢや、淋しいから、來たまへとしきりに勸める。吉川君といふのは画學の教師で例の野だいこの事だ。この野だは、どういふ了見だか、赤シャツのうちへ朝夕出入して、どこへでも隨行して行く。まるで同輩ぢやない。主從みたやうだ。赤シャツの行く所なら、野だは必ず行くに極つてゐるんだから、今さら驚ろきもしないが、二人で行けば濟むところを、なんで無愛想のおれへ口を掛けたんだらう。大方高慢ちきな釣道樂で、自分の釣るところをおれに見せびらかすつもりかなんかで誘つたに違ひない。そんな事で見せびらかされるおれじやない。鮪の二匹や三匹釣つたつて、びくともするもんか。おれだつて人間だ、いくら下手だつて絲さへ卸しや、何かかかるだらう、ここでおれが行かないと、赤シャツの事だから、下手だから行かないんだ、嫌ひだから行かないんぢやないと邪推するに相違ない。おれはかう考へたから、行きませうと答へた。それから、學校をしまつて、一應うちへ歸つて、支度を整へて、停車場で赤シャツと野だを待ち合せて濱へ行つた。船頭は一人で、船は細長い東京邊では見た事もない恰好である。さつきから船中見渡すが釣竿が一本も見えない。釣竿なしで釣が出來るものか、どうする了見だらうと、野だに聞くと、沖釣には竿は用ゐません、絲だけでげすと顋を撫でて黒人じみた事を云つた。かう遣り込められるくらゐならだまつてゐればよかつた。

 船頭はゆつくりゆつくり漕いでゐるが熟練は恐しいもので、見返えると、濱が小さく見えるくらゐもう出てゐる。高柏寺の五重の塔が森の上へ拔け出して針のやうに尖がつてる。向側を見ると青嶋が浮いてゐる。これは人の住まない島ださうだ。よく見ると石と松ばかりだ。なるほど石と松ばかりぢや住めつこない。赤シャツは、しきりに眺望していゝ景色だと云つてる。野だは絶景でげすと云つてる。絶景だか何だか知らないが、いゝ心持ちには相違ない。ひろびろとした海の上で、潮風に吹かれるのは藥だと思つた。いやに腹が減る。「あの松を見たまへ、幹が眞直で、上が傘のやうに開いてターナーの画にありさうだね」と赤シャツが野だに云ふと、野だは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合つたらありませんね。ターナーそつくりですよ」と心得顏である。ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから默つてゐた。舟は島を右に見てぐるりと廻つた。波は全くない。これで海だとは受け取りにくいほど平だ。赤シャツのお陰ではなはだ愉快だ。出來る事なら、あの島の上へ上がつてみたいと思つたから、あの岩のある所へは舟はつけられないんですかと聞いてみた。つけられん事もないですが、釣をするには、あまり岸ぢやいけないですと赤シャツが異議を申し立てた。おれは默つてた。すると野だがどうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけやうぢやありませんかと餘計な發議をした。赤シャツはそいつは面白い、吾々はこれからさう云はうと贊成した。この吾々のうちにおれも這入つてるなら迷惑だ。おれには青嶋でたくさんだ。あの岩の上に、どうです、ラフハエルのマドンナを置いちや。いゝ画が出來ますぜと野だが云ふと、マドンナの話はよさうぢやないかホホホホと赤シャツが氣味の惡るい笑ひ方をした。なに誰も居ないから大丈夫ですと、一寸おれの方を見たが、わざと顏をそむけてにやにやと笑つた。おれは何だかやな心持ちがした。マドンナだらうが、小旦那だらうが、おれの關係した事でないから、勝手に立たせるがよからうが、人に分らない事を言つて分らないから聞いたつて構やしませんてえやうな風をする。下品な仕草だ。これで當人は私も江戸つ子でげすなどと云つてる。マドンナと云ふのは何でも赤シャツの馴染の藝者の渾名か何かに違ひないと思つた。なじみの藝者を無人島の松の木の下に立たして眺めてゐれば世話はない。それを野だが油繪にでもかいて展覽會へ出したらよからう。

 ここいらがいゝだらうと船頭は船をとめて、錨を卸した。幾尋あるかねと赤シャツが聞くと、六尋ぐらゐだと云ふ。六尋ぐらゐぢや鯛はむづかしいなと、赤シャツは絲を海へなげ込んだ。大將鯛を釣る氣と見える、豪膽なものだ。野だは、なに教頭のお手際ぢやかかりますよ。それになぎですからとお世辭を云ひながら、これも絲を繰り出して投げ入れる。何だか先に錘のやうな鉛がぶら下がつてるだけだ。浮がない。浮がなくつて釣をするのは寒暖計なしで熱度をはかるやうなものだ。おれには到底出來ないと見てゐると、さあ君もやりたまへ絲はありますかと聞く。絲はあまるほどあるが、浮がありませんと云つたら、浮がなくつちや釣が出來ないのは素人ですよ。かうしてね、絲が水底へついた時分に、船縁の所で人指しゆびで呼吸をはかるんです、食ふとすぐ手に答へる。──そらきた、と先生急に絲をたぐり始めるから、何かかかつたと思つたら何にもかからない、餌がなくなつてたばかりだ。いゝ氣味だ。教頭、殘念な事をしましたね、今のはたしかに大ものに違ひなかつたんですが、どうも教頭のお手際でさへ逃げられちや、今日は油斷ができませんよ。しかし逃げられても何ですね。浮と睨めくらをしてゐる連中よりはましですね。ちやうど齒どめがなくつちや自轉車へ乘れないのと同程度ですからねと野だは妙な事ばかり喋舌る。餘つ程撲りつけてやらうかと思つた。おれだつて人間だ、教頭ひとりで借り切つた海ぢやあるまいし。廣い所だ。鰹の一匹ぐらゐ義理にだつて、かかつて呉れるだらうと、どぼんと錘と絲を抛り込んでいゝ加減に指の先であやつつてゐた。

 しばらくすると、何だかぴくぴくと絲にあたるものがある。おれは考へた。こいつは魚に相違ない。生きてるものでなくつちや、かうぴくつく譯がない。しめた、釣れたとぐいぐい手繰り寄せた。おや釣れましたかね、後世恐るべしだと野だがひやかすうち、絲はもう大概手繰り込んでただ五尺ばかりほどしか、水に滲いておらん。船縁から覗いてみたら、金魚のやうな縞のある魚が絲にくつついて、右左へ漾いながら、手に應じて浮き上がつてくる。面白い。水際から上げるとき、ぽちやりと跳ねたから、おれの顏は潮水だらけになつた。漸くつらまへて、針をとらうとするがなかなか取れない。捕まへた手はぬるぬるする。大いに氣味がわるい。面倒だから絲を振つて胴の間へ擲きつけたら、すぐ死んでしまつた。赤シャツと野だは驚ろいて見てゐる。おれは海の中で手をざぶざぶと洗つて、鼻の先へあてがつてみた。まだ腥臭い。もう懲り懲りだ。何が釣れたつて魚は握りたくない。魚も握られたくなからう。さうさう絲を捲いてしまつた。

 一番槍はお手柄だがゴルキぢや、と野だがまた生意氣を云ふと、ゴルキと云ふと露西亞の文學者みたやうな名だねと赤シャツが洒落た。さうですね、まるで露西亞の文學者ですねと野だはすぐ贊成しやがる。ゴルキが露西亞の文學者で、丸木が芝の寫眞師で、米のなる木が命の親だらう。一體この赤シャツはわるい癖だ。誰を捕まへても片假名の唐人の名を並べたがる。人にはそれぞれ專門があつたものだ。おれのやうな數學の教師にゴルキだか車力だか見當がつくものか、少しは遠慮するがいゝ。云ふならフランクリンの自傳だとかプッシング、ツー、ゼ、フロントだとか、おれでも知つてる名を使ふがいゝ。赤シャツは時々帝國文學とかいふ眞赤な雜誌を學校へ持つて來て難有さうに讀んでゐる。山嵐に聞いてみたら、赤シャツの片假名はみんなあの雜誌から出るんださうだ。帝國文學も罪な雜誌だ。

 それから赤シャツと野だは一生懸命に釣つてゐたが、約一時間ばかりのうちに二人で十五六上げた。可笑しい事に釣れるのも、釣れるのも、みんなゴルキばかりだ。鯛なんて藥にしたくつてもありやしない。今日は露西亞文學の大當りだと赤シャツが野だに話してゐる。あなたの手腕でゴルキなんですから、私なんぞがゴルキなのは仕方がありません。當り前ですなと野だが答へてゐる。船頭に聞くとこの小魚は骨が多くつて、まづくつて、とても食へないんださうだ。ただ肥料には出來るさうだ。赤シャツと野だは一生懸命に肥料を釣つてゐるんだ。氣の毒の至りだ。おれは一匹で懲りたから、胴の間へ仰向けになつて、さつきから大空を眺めてゐた。釣をするよりこの方が餘つ程洒落てゐる。

 すると二人は小聲で何か話し始めた。おれにはよく聞えない、また聞きたくもない。おれは空を見ながら清の事を考へてゐる。金があつて、清をつれて、こんな奇麗な所へ遊びに來たらさぞ愉快だらう。いくら景色がよくつても野だなどといつしよぢやつまらない。清は皺苦茶だらけの婆さんだが、どんな所へ連れて出たつて恥づかしい心持ちはしない。野だのやうなのは、馬車に乘らうが、船に乘らうが、凌雲閣へのろふが、到底寄り付けたものぢやない。おれが教頭で、赤シャツがおれだつたら、やつぱりおれにへけつけお世辭を使つて赤シャツを冷かすに違ひない。江戸つ子は輕薄だと云ふがなるほどこんなものが田舎巡りをして、私は江戸つ子でげすと繰り返してゐたら、輕薄は江戸つ子で、江戸つ子は輕薄の事だと田舎者が思ふに極まつてる。こんな事を考へてゐると、何だか二人がくすくす笑ひ出した。笑ひ聲の間に何か云ふが途切れ途切れでとんと要領を得ない。

「え? どうだか……」「……全くです……知らないんですから……罪ですね」「まさか……」「バッタを……本當ですよ」

 おれは外の言葉には耳を傾けなかつたが、バッタと云ふ野だの語を聽いた時は、思はずきつとなつた。野だは何のためかバッタと云ふ言葉だけことさら力を入れて、明瞭におれの耳に這入るやうにして、そのあとをわざとぼかしてしまつた。おれは動かないでやはり聞いてゐた。

「また例の堀田が……」「さうかも知れない……」「天麩羅……ハハハハハ」「……煽動して……」「團子も?」

 言葉はかやうに途切れ途切れであるけれども、バッタだの天麩羅だの、團子だのといふところをもつて推し測つてみると、何でもおれのことについて内所話しをしてゐるに相違ない。話すならもつと大きな聲で話すがいゝ、また内所話をするくらゐなら、おれなんか誘はなければいゝ。いけ好かない連中だ。バッタだらうが雪踏だらうが、非はおれにある事ぢやない。校長がひとまづあづけろと云つたから、貍の顏にめんじてただ今のところは控へてゐるんだ。野だの癖に入らぬ批評をしやがる。毛筆でもしやぶつて引つ込んでるがいゝ。おれの事は、遲かれ早かれ、おれ一人で片付けてみせるから、差支へはないが、また例の堀田が[#「また例の堀田が」に傍點]とか煽動して[#「煽動して」に傍點]とか云ふ文句が氣にかかる。堀田がおれを煽動して騷動を大きくしたと云ふ意味なのか、あるいは堀田が生徒を煽動しておれをいぢめたと云ふのか方角がわからない。青空を見てゐると、日の光がだんだん弱つて來て、少しはひやりとする風が吹き出した。線香の烟のやうな雲が、透き徹る底の上を靜かに伸して行つたと思つたら、いつしか底の奧に流れ込んで、うすくもやを掛けたやうになつた。

 もう歸らうかと赤シャツが思ひ出したやうに云ふと、ええちやうど時分ですね。今夜はマドンナの君にお逢ひですかと野だが云ふ。赤シャツは馬鹿あ云つちやいけない、間違ひになると、船縁に身を倚たした奴を、少し起き直る。エヘヘヘヘ大丈夫ですよ。聞いたつて……と野だが振り返つた時、おれは皿のやうな眼を野だの頭の上へまともに浴びせ掛けてやつた。野だはまぼしさうに引つ繰り返つて、や、こいつは降參だと首を縮めて、頭を掻いた。何といふ豬口才だらう。

 船は靜かな海を岸へ漕ぎ戻る。君釣はあまり好きでないと見えますねと赤シャツが聞くから、ええ寢てゐて空を見る方がいゝですと答へて、吸ひかけた卷烟草を海の中へたたき込んだら、ジュと音がして艪の足で掻き分けられた浪の上を搖られながら漾つていつた。「君が來たんで生徒も大いに喜んでゐるから、奮發してやつて呉れたまへ」と今度は釣にはまるで縁故もない事を云ひ出した。「あんまり喜んでもゐないでせう」「いえ、お世辭ぢやない。全く喜んでゐるんです、ね、吉川君」「喜んでるどころぢやない。大騷ぎです」と野だはにやにやと笑つた。こいつの云ふ事は一々癪に障るから妙だ。「しかし君注意しないと、險呑ですよ」と赤シャツが云ふから「どうせ險呑です。かうなりや險呑は覺悟です」と云つてやつた。實際おれは免職になるか、寄宿生をことごとくあやまらせるか、どつちか一つにする了見でゐた。「さう云つちや、取りつきどころもないが──實は僕も教頭として君のためを思ふから云ふんだが、わるく取つちや困る」「教頭は全く君に好意を持つてるんですよ。僕も及ばずながら、同じ江戸つ子だから、なるべく長くご在校を願つて、お互に力にならうと思つて、これでも蔭ながら盡力してゐるんですよ」と野だが人間並の事を云つた。野だのお世話になるくらゐなら首を縊つて死んじまはあ。

「それでね、生徒は君の來たのを大變歡迎してゐるんだが、そこにはいろいろな事情があつてね。君も腹の立つ事もあるだらうが、ここが我慢だと思つて、辛防して呉れたまへ。決して君のためにならないやうな事はしないから」

「いろいろの事情た、どんな事情です」

「それが少し込み入つてるんだが、まあだんだん分りますよ。僕が話さないでも自然と分つて來るです、ね吉川君」

「ええなかなか込み入つてますからね。一朝一夕にや到底分りません。しかしだんだん分ります、僕が話さないでも自然と分つて來るです」と野だは赤シャツと同じやうな事を云ふ。

「そんな面倒な事情なら聞かなくてもいゝんですが、あなたの方から話し出したから伺ふんです」

「そりやごもつともだ。こつちで口を切つて、あとをつけないのは無責任ですね。それぢやこれだけの事を云つておきませう。あなたは失禮ながら、まだ學校を卒業したてで、教師は始めての、經驗である。ところが學校といふものはなかなか情實のあるもので、さう書生流に淡泊には行かないですからね」

「淡泊に行かなければ、どんな風に行くんです」

「さあ君はさう率直だから、まだ經驗に乏しいと云ふんですがね……」

「どうせ經驗には乏しいはずです。履歴書にもかいときましたが二十三年四ヶ月ですから」

「さ、そこで思はぬ邊から乘ぜられる事があるんです」

「正直にしてゐれば誰が乘じたつて怖くはないです」

「無論怖くはない、怖くはないが、乘ぜられる。現に君の前任者がやられたんだから、氣を付けないといけないと云ふんです」

 野だが大人しくなつたなと氣が付いて、ふり向いて見ると、いつしか艫の方で船頭と釣の話をしてゐる。野だが居ないんで餘つ程話しよくなつた。

「僕の前任者が、誰れに乘ぜられたんです」

「だれと指すと、その人の名譽に關係するから云へない。また判然と證據のない事だから云ふとこつちの落度になる。とにかく、せつかく君が來たもんだから、ここで失敗しちや僕等も君を呼んだ甲斐がない。どうか氣を付けて呉れたまへ」

「氣を付けろつたつて、これより氣の付けやうはありません。わるい事をしなけりや好いんでせう」

 赤シャツはホホホホと笑つた。別段おれは笑はれるやうな事を云つた覺えはない。今日ただ今に至るまでこれでいゝと堅く信じてゐる。考へてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奬勵してゐるやうに思ふ。わるくならなければ社會に成功はしないものと信じてゐるらしい。たまに正直な純粹な人を見ると、坊つちやんだの小僧だのと難癖をつけて輕蔑する。それぢや小學校や中學校で嘘をつくな、正直にしろと倫理の先生が教へない方がいゝ。いつそ思ひ切つて學校で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乘せる策を教授する方が、世のためにも當人のためにもなるだらう。赤シャツがホホホホと笑つたのは、おれの單純なのを笑つたのだ。單純や眞率が笑はれる世の中ぢや仕樣がない。清はこんな時に決して笑つた事はない。大いに感心して聞いたもんだ。清の方が赤シャツより餘つ程上等だ。

「無論惡るい事をしなければ好いんですが、自分だけ惡るい事をしなくつても、人の惡るいのが分らなくつちや、やつぱりひどい目に逢ふでせう。世の中には磊落なやうに見えても、淡泊なやうに見えても、親切に下宿の世話なんかして呉れても、めつたに油斷の出來ないのがありますから……。大分寒くなつた。もう秋ですね、濱の方は靄でセピヤ色になつた。いゝ景色だ。おい、吉川君どうだい、あの濱の景色は……」と大きな聲を出して野だを呼んだ。なあるほどこりや奇絶ですね。時間があると寫生するんだが、惜しいですね、このままにしておくのはと野だは大いにたたく。

 港屋の二階に燈が一つついて、汽車の笛がヒューと鳴るとき、おれの乘つてゐた舟は磯の砂へざぐりと、舳をつき込んで動かなくなつた。お早うお歸りと、かみさんが、濱に立つて赤シャツに挨拶する。おれは船端から、やつと掛聲をして磯へ飛び下りた。

 野だは大嫌ひだ。こんな奴は澤庵石をつけて海の底へ沈めちまう方が日本のためだ。赤シャツは聲が氣に食はない。あれは持前の聲をわざと氣取つてあんな優しいやうに見せてるんだらう。いくら氣取つたつて、あの面ぢや駄目だ。惚れるものがあつたつてマドンナぐらゐなものだ。しかし教頭だけに野だよりむづかしい事を云ふ。うちへ歸つて、あいつの申し條を考へてみると一應もつとものやうでもある。はつきりとした事は云はないから、見當がつきかねるが、何でも山嵐がよくない奴だから用心しろと云ふのらしい。それならさうとはつきり斷言するがいゝ、男らしくもない。さうして、そんな惡るい教師なら、早く免職さしたらよからう。教頭なんて文學士の癖に意氣地のないもんだ。蔭口をきくのでさへ、公然と名前が云へないくらゐな男だから、弱蟲に極まつてる。弱蟲は親切なものだから、あの赤シャツも女のやうな親切ものなんだらう。親切は親切、聲は聲だから、聲が氣に入らないつて、親切を無にしちや筋が違ふ。それにしても世の中は不思議なものだ、蟲の好かない奴が親切で、氣のあつた友逹が惡漢だなんて、人を馬鹿にしてゐる。大方田舎だから萬事東京のさかに行くんだらう。物騷な所だ。今に火事が氷つて、石が豆腐になるかも知れない。しかし、あの山嵐が生徒を煽動するなんて、いたづらをしさうもないがな。一番人望のある教師だと云ふから、やらうと思つたら大抵の事は出來るかも知れないが、──第一そんな廻りくどい事をしないでも、じかにおれを捕まへて喧嘩を吹き懸けりや手數が省ける譯だ。おれが邪魔になるなら、實はこれこれだ、邪魔だから辭職して呉れと云や、よささうなもんだ。物は相談ずくでどうでもなる。向うの云ひ條がもつともなら、明日にでも辭職してやる。ここばかり米が出來る譯でもあるまい。どこの果へ行つたつて、のたれ死はしないつもりだ。山嵐も餘つ程話せない奴だな。

 ここへ來た時第一番に氷水を奢つたのは山嵐だ。そんな裏表のある奴から、氷水でも奢つてもらつちや、おれの顏に關はる。おれはたつた一杯しか飮まなかつたから一錢五厘しか拂はしちやない。しかし一錢だらうが五厘だらうが、詐欺師の恩になつては、死ぬまで心持ちがよくない。あした學校へ行つたら、一錢五厘返しておかう。おれは清から三圓借りてゐる。その三圓は五年經つた今日までまだ返さない。返せないんぢやない。返さないんだ。清は今に返すだらうなどと、かりそめにもおれの懷中をあてにしてはゐない。おれも今に返さうなどと他人がましい義理立てはしないつもりだ。こつちがこんな心配をすればするほど清の心を疑ぐるやうなもので、清の美しい心にけちを付けると同じ事になる。返さないのは清を踏みつけるのぢやない、清をおれの片破れと思ふからだ。清と山嵐とはもとより比べ物にならないが、たとい氷水だらうが、甘茶だらうが、他人から惠を受けて、だまつてゐるのは向うをひとかどの人間と見立てて、その人間に對する厚意の所作だ。割前を出せばそれだけの事で濟むところを、心のうちで難有いと恩に着るのは錢金で買へる返禮ぢやない。無位無冠でも一人前の獨立した人間だ。獨立した人間が頭を下げるのは百萬兩より尊といお禮と思はなければならない。

 おれはこれでも山嵐に一錢五厘奮發させて、百萬兩より尊とい返禮をした氣でゐる。山嵐は難有いと思つてしかるべきだ。それに裏へ廻つて卑劣な振舞をするとは怪しからん野郎だ。あした行つて一錢五厘返してしまへば借りも貸しもない。さうしておいて喧嘩をしてやらう。

 おれはここまで考へたら、眠くなつたからぐうぐう寢てしまつた。あくる日は思ふ仔細があるから、例刻より早ヤ目に出校して山嵐を待ち受けた。ところがなかなか出て來ない。うらなりが出て來る。漢學の先生が出て來る。野だが出て來る。しまひには赤シャツまで出て來たが山嵐の机の上は白墨が一本豎に寢てゐるだけで閑靜なものだ。おれは、控所へ這入るや否や返さうと思つて、うちを出る時から、湯錢のやうに手の平へ入れて一錢五厘、學校まで握つて來た。おれは膏つ手だから、開けてみると一錢五厘が汗をかいてゐる。汗をかいてる錢を返しちや、山嵐が何とか云ふだらうと思つたから、机の上へ置いてふうふう吹いてまた握つた。ところへ赤シャツが來て昨日は失敬、迷惑でしたらうと云つたから、迷惑ぢやありません、お蔭で腹が減りましたと答へた。すると赤シャツは山嵐の机の上へ肱を突いて、あの盤臺面をおれの鼻の側面へ持つて來たから、何をするかと思つたら、君昨日返りがけに船の中で話した事は、祕密にして呉れたまへ。まだ誰にも話しやしますまいねと云つた。女のやうな聲を出すだけに心配性な男と見える。話さない事はたしかである。しかしこれから話さうと云ふ心持ちで、すでに一錢五厘手の平に用意してゐるくらゐだから、ここで赤シャツから口留めをされちや、ちと困る。赤シャツも赤シャツだ。山嵐と名を指さないにしろ、あれほど推察の出來る謎をかけておきながら、今さらその謎を解いちや迷惑だとは教頭とも思へぬ無責任だ。元來ならはれが山嵐と戰爭をはじめて鎬を削つてる眞中へ出て堂々とおれの肩を持つべきだ。それでこそ一校の教頭で、赤シャツを着てゐる主意も立つといふもんだ。

 おれは教頭に向つて、まだ誰にも話さないが、これから山嵐と談判するつもりだと云つたら、赤シャツは大いに狼狽して、君そんな無法な事をしちや困る。僕は堀田君の事について、別段君に何も明言した覺えはないんだから──君がもしここで亂暴を働いて呉れると、僕は非常に迷惑する。君は學校に騷動を起すつもりで來たんぢやなからうと妙に常識をはづれた質問をするから、當り前です、月給をもらつたり、騷動を起したりしちや、學校の方でも困るでせうと云つた。すると赤シャツはそれぢや昨日の事は君の參考だけにとめて、口外して呉れるなと汗をかいて依頼に及ぶから、よろしい、僕も困るんだが、そんなにあなたが迷惑ならよしませうと受け合つた。君大丈夫かいと赤シャツは念を押した。どこまで女らしいんだか奧行がわからない。文學士なんて、みんなあんな連中ならつまらんものだ。辻褄の合はない、論理に缺けた注文をして恬然としてゐる。しかもこのおれを疑ぐつてる。憚りながら男だ。受け合つた事を裏へ廻つて反古にするやうなさもしい了見はもつてるもんか。

 ところへ兩隣りの机の所有主も出校したんで、赤シャツは早々自分の席へ歸つて行つた。赤シャツは歩るき方から氣取つてる。部屋の中を往來するのでも、音を立てないやうに靴の底をそつと落す。音を立てないであるくのが自慢になるもんだとは、この時から始めて知つた。泥棒の稽古ぢやあるまいし、當り前にするがいゝ。やがて始業の喇叭がなつた。山嵐はとうとう出て來ない。仕方がないから、一錢五厘を机の上へ置いて教場へ出掛けた。

 授業の都合で一時間目は少し後れて、控所へ歸つたら、ほかの教師はみんな机を控へて話をしてゐる。山嵐もいつの間にか來てゐる。缺勤だと思つたら遲刻したんだ。おれの顏を見るや否や今日は君のお蔭で遲刻したんだ。罰金を出したまへと云つた。おれは机の上にあつた一錢五厘を出して、これをやるから取つておけ。先逹て通町で飮んだ氷水の代だと山嵐の前へ置くと、何を云つてるんだと笑ひかけたが、おれが存外眞面目でゐるので、つまらない冗談をするなと錢をおれの机の上に掃き返した。おや山嵐の癖にどこまでも奢る氣だな。

「冗談ぢやない本當だ。おれは君に氷水を奢られる因縁がないから、出すんだ。取らない法があるか」

「そんなに一錢五厘が氣になるなら取つてもいゝが、なぜ思ひ出したやうに、今時分返すんだ」

「今時分でも、いつ時分でも、返すんだ。奢られるのが、いやだから返すんだ」

 山嵐は冷然とおれの顏を見てふんと云つた。赤シャツの依頼がなければ、ここで山嵐の卑劣をあばゐて大喧嘩をしてやるんだが、口外しないと受け合つたんだから動きがとれない。人がこんなに眞赤になつてるのにふんといふ理窟があるものか。

「氷水の代は受け取るから、下宿は出て呉れ」

「一錢五厘受け取ればそれでいゝ。下宿を出やうが出まいがおれの勝手だ」

「ところが勝手でない、昨日、あすこの亭主が來て君に出てもらひたいと云ふから、その譯を聞いたら亭主の云ふのはもつともだ。それでももう一應たしかめるつもりで今朝あすこへ寄つて詳しい話を聞いてきたんだ」

 おれには山嵐の云ふ事が何の意味だか分らない。

「亭主が君に何を話したんだか、おれが知つてるもんか。さう自分だけで極めたつて仕樣があるか。譯があるなら、譯を話すが順だ。てんから亭主の云ふ方がもつともだなんて失敬千萬な事を云ふな」

「うん、そんなら云つてやらう。君は亂暴であの下宿で持て餘まされてゐるんだ。いくら下宿の女房だつて、下女たあ違ふぜ。足を出して拭かせるなんて、威張り過ぎるさ」

「おれが、いつ下宿の女房に足を拭かせた」

「拭かせたかどうだか知らないが、とにかく向うぢや、君に困つてるんだ。下宿料の十圓や十五圓は懸物を一幅賣りや、すぐ浮いてくるつて云つてたぜ」

「利いた風な事をぬかす野郎だ。そんなら、なぜ置いた」

「なぜ置いたか、僕は知らん、置くことは置いたんだが、いやになつたんだから、出ろと云ふんだらう。君出てやれ」

「當り前だ。居て呉れと手を合せたつて、居るものか。一體そんな云ひ懸りを云ふやうな所へ周旋する君からしてが不埒だ」

「おれが不埒か、君が大人しくないんだか、どつちかだらう」

 山嵐もおれに劣らぬ肝癪持ちだから、負け嫌ひな大きな聲を出す。控所に居た連中は何事が始まつたかと思つて、みんな、おれと山嵐の方を見て、顋を長くしてぼんやりしてゐる。おれは、別に恥づかしい事をした覺えはないんだから、立ち上がりながら、部屋中一通り見巡わしてやつた。みんなが驚ろいてるなかに野だだけは面白さうに笑つてゐた。おれの大きな眼が、貴樣も喧嘩をするつもりかと云ふ權幕で、野だの干瓢づらを射貫いた時に、野だは突然眞面目な顏をして、大いにつつしんだ。少し怖わかつたと見える。そのうち喇叭が鳴る。山嵐もおれも喧嘩を中止して教場へ出た。

 午後は、先夜おれに對して無禮を働いた寄宿生の處分法についての會議だ。會議といふものは生れて始めてだからとんと容子が分らないが、職員が寄つて、たかつて自分勝手な説をたてて、それを校長が好い加減に纒めるのだらう。纒めるといふのは黒白の決しかねる事柄について云ふべき言葉だ。この場合のやうな、誰が見たつて、不都合としか思はれない事件に會議をするのは暇潰しだ。誰が何と解釋したつて異説の出やうはずがない。こんな明白なのは即座に校長が處分してしまへばいゝに。隨分決斷のない事だ。校長つてものが、これならば、何の事はない、煮え切らない愚圖の異名だ。

 會議室は校長室の隣りにある細長い部屋で、平常は食堂の代理を勤める。黒い皮で張つた椅子が二十脚ばかり、長いテーブルの周圍に並んで一寸神田の西洋料理屋ぐらゐな格だ。そのテーブルの端に校長が坐つて、校長の隣りに赤シャツが構へる。あとは勝手次第に席に着くんださうだが、體操の教師だけはいつも席末に謙遜するといふ話だ。おれは樣子が分らないから、博物の教師と漢學の教師の間へはいり込んだ。向うを見ると山嵐と野だが並んでる。野だの顏はどう考へても劣等だ。喧嘩はしても山嵐の方が遙かに趣がある。おやじの葬式の時に小日向の養源寺の座敷にかかつてた懸物はこの顏によく似てゐる。坊主に聞いてみたら韋駄天と云ふ怪物ださうだ。今日は怒つてるから、眼をぐるぐる廻しちや、時々おれの方を見る。そんな事で威嚇かされてたまるもんかと、おれも負けない氣で、やつぱり眼をぐりつかせて、山嵐をにらめてやつた。おれの眼は恰好はよくないが、大きい事においては大抵な人には負けない。あなたは眼が大きいから役者になるときつと似合ひますと清がよく云つたくらゐだ。

 もう大抵お揃ひでせうかと校長が云ふと、書記の川村と云ふのが一つ二つと頭數を勘定してみる。一人足りない。一人不足ですがと考へてゐたが、これは足りないはずだ。唐茄子のうらなり君が來てゐない。おれとうらなり君とはどう云ふ宿世の因縁かしらないが、この人の顏を見て以來どうしても忘れられない。控所へ呉れば、すぐ、うらなり君が眼に付く、途中をあるいてゐても、うらなり先生の樣子が心に浮ぶ。温泉へ行くと、うらなり君が時々蒼い顏をして湯壺のなかに膨れてゐる。挨拶をするとへえと恐縮して頭を下げるから氣の毒になる。學校へ出てうらなり君ほど大人しい人は居ない。めつたに笑つた事もないが、餘計な口をきいた事もない。おれは君子といふ言葉を書物の上で知つてるが、これは字引にあるばかりで、生きてるものではないと思つてたが、うらなり君に逢つてから始めて、やつぱり正體のある文字だと感心したくらゐだ。

 このくらゐ關係の深い人の事だから、會議室へ這入るや否や、うらなり君の居ないのは、すぐ氣がついた。實を云ふと、この男の次へでも坐わらうかと、ひそかに目標にして來たくらゐだ。校長はもうやがて見えるでせうと、自分の前にある紫の袱紗包をほどいて、蒟蒻版のやうな者を讀んでゐる。赤シャツは琥珀のパイプを絹ハンケチで磨き始めた。この男はこれが道樂である。赤シャツ相當のところだらう。ほかの連中は隣り同志で何だか私語き合つてゐる。手持無沙汰なのは鉛筆の尻に着いてゐる、護謨の頭でテーブルの上へしきりに何か書いてゐる。野だは時々山嵐に話しかけるが、山嵐は一向應じない。ただうん[#「うん」に傍點]とかああ[#「ああ」に傍點]と云ふばかりで、時々怖い眼をして、おれの方を見る。おれも負けずに睨め返す。

 ところへ待ちかねた、うらなり君が氣の毒さうに這入つて來て少々用事がありまして、遲刻致しましたと慇懃に貍に挨拶をした。では會議を開きますと貍はまづ書記の川村君に蒟蒻版を配布させる。見ると最初が處分の件、次が生徒取締の件、その他二三ヶ條である。貍は例の通りもつたいぶつて、教育の生靈といふ見えでこんな意味の事を述べた。「學校の職員や生徒に過失のあるのは、みんな自分の寡徳の致すところで、何か事件がある度に、自分はよくこれで校長が勤まるとひそかに慚愧の念に堪へんが、不幸にして今囘もまたかかる騷動を引き起したのは、深く諸君に向つて謝罪しなければならん。しかしひとたび起つた以上は仕方がない、どうにか處分をせんければならん、事實はすでに諸君のご承知の通りであるからして、善後策について腹藏のない事を參考のためにお述べ下さい」

 おれは校長の言葉を聞いて、なるほど校長だの貍だのと云ふものは、えらい事を云ふもんだと感心した。かう校長が何もかも責任を受けて、自分の咎だとか、不徳だとか云ふくらゐなら、生徒を處分するのは、やめにして、自分から先へ免職になつたら、よささうなもんだ。さうすればこんな面倒な會議なんぞを開く必要もなくなる譯だ。第一常識から云つても分つてる。おれが大人しく宿直をする。生徒が亂暴をする。わるいのは校長でもなけりや、おれでもない、生徒だけに極つてる。もし山嵐が煽動したとすれば、生徒と山嵐を退治ればそれでたくさんだ。人の尻を自分で背負ひ込んで、おれの尻だ、おれの尻だと吹き散らかす奴が、どこの國にあるもんか、貍でなくつちや出來る藝當ぢやない。彼はこんな條理に適はない議論を吐いて、得意氣に一同を見廻した。ところが誰も口を開くものがない。博物の教師は第一教場の屋根に烏がとまつてるのを眺めてゐる。漢學の先生は蒟蒻版を疉んだり、延ばしたりしてる。山嵐はまだおれの顏をにらめてゐる。會議と云ふものが、こんな馬鹿氣たものなら、缺席して晝寢でもしてゐる方がましだ。

 おれは、じれつたくなつたから、一番大いに辯じてやらうと思つて、半分尻をあげかけたら、赤シャツが何か云ひ出したから、やめにした。見るとパイプをしまつて、縞のある絹ハンケチで顏をふきながら、何か云つてゐる。あの手巾はきつとマドンナから卷き上げたに相違ない。男は白い麻を使ふもんだ。「私も寄宿生の亂暴を聞いてはなはだ教頭として不行屆であり、かつ平常の徳化が少年に及ばなかつたのを深く慚ずるのであります。でかう云ふ事は、何か陷缺があると起るもので、事件その物を見ると何だか生徒だけがわるいやうであるが、その眞相を極めると責任はかへつて學校にあるかも知れない。だから表面上にあらはれたところだけで嚴重な制裁を加へるのは、かへつて未來のためによくないかとも思はれます。かつ少年血氣のものであるから活氣があふれて、善惡の考へはなく、半ば無意識にこんな惡戲をやる事はないとも限らん。でもとより處分法は校長のお考へにある事だから、私の容喙する限りではないが、どうかその邊をご斟酌になつて、なるべく寛大なお取計を願ひたいと思ひます」

 なるほど貍が貍なら、赤シャツも赤シャツだ。生徒があばれるのは、生徒がわるいんぢやない教師が惡るいんだと公言してゐる。氣狂が人の頭を撲り付けるのは、なぐられた人がわるいから、氣狂がなぐるんださうだ。難有い仕合せだ。活氣にみちて困るなら運動場へ出て相撲でも取るがいゝ、半ば無意識に床の中へバッタを入れられてたまるものか。この樣子ぢや寢頸をかかれても、半ば無意識だつて放免するつもりだらう。

 おれはかう考へて何か云はうかなと考へてみたが、云ふなら人を驚ろかすやうに滔々と述べたてなくつちやつまらない、おれの癖として、腹が立つたときに口をきくと、二言か三言で必ず行き塞つてしまふ。貍でも赤シャツでも人物から云ふと、おれよりも下等だが、辯舌はなかなか逹者だから、まづい事を喋舌つて揚足を取られちや面白くない。一寸腹案を作つてみやうと、胸のなかで文章を作つてる。すると前に居た野だが突然起立したには驚ろいた。野だの癖に意見を述べるなんて生意氣だ。野だは例のへらへら調で「實に今囘のバッタ事件及び咄喊事件は吾々心ある職員をして、ひそかに吾校將來の前途に危惧の念を抱かしむるに足る珍事でありまして、吾々職員たるものはこの際奮つて自ら省りみて、全校の風紀を振肅しなければなりません。それでただ今校長及び教頭のお述べになつたお説は、實に肯綮に中つた剴切なお考へで私は徹頭徹尾贊成致します。どうかなるべく寛大のご處分を仰ぎたいと思ひます」と云つた。野だの云ふ事は言語はあるが意味がない、漢語をのべつに陳列するぎりで譯が分らない。分つたのは徹頭徹尾贊成致しますと云ふ言葉だけだ。

 おれは野だの云ふ意味は分らないけれども、何だか非常に腹が立つたから、腹案も出來ないうちに起ち上がつてしまつた。「私は徹頭徹尾反對です……」と云つたがあとが急に出て來ない。「……そんな頓珍漢な、處分は大嫌ひです」とつけたら、職員が一同笑ひ出した。「一體生徒が全然惡るいです。どうしても詫まらせなくつちや、癖になります。退校さしても構ひません。……何だ失敬な、新しく來た教師だと思つて……」と云つて着席した。すると右隣りに居る博物が「生徒がわるい事も、わるいが、あまり嚴重な罰などをするとかへつて反動を起していけないでせう。やつぱり教頭のおつしやる通り、寛な方に贊成します」と弱い事を云つた。左隣の漢學は穩便説に贊成と云つた。歴史も教頭と同説だと云つた。忌々しい、大抵のものは赤シャツ黨だ。こんな連中が寄り合つて學校を立てていりや世話はない。おれは生徒をあやまらせるか、辭職するか二つのうち一つに極めてるんだから、もし赤シャツが勝ちを制したら、早速うちへ歸つて荷作りをする覺悟でゐた。どうせ、こんな手合を弁口で屈伏させる手際はなし、させたところでいつまでご交際を願ふのは、こつちでご免だ。學校に居ないとすればどうなつたつて構ふもんか。また何か云ふと笑ふに違ひない。だれが云ふもんかと澄してゐた。

 すると今までだまつて聞いてゐた山嵐が奮然として、起ち上がつた。野郎また赤シャツ贊成の意を表するな、どうせ、貴樣とは喧嘩だ、勝手にしろと見てゐると山嵐は硝子窓を振わせるやうな聲で「私は教頭及びその他諸君のお説には全然不同意であります。といふものはこの事件はどの點から見ても、五十名の寄宿生が新來の教師某氏を輕侮してこれを飜弄しようとした所爲とより外には認められんのであります。教頭はその源因を教師の人物いかんにお求めになるやうでありますが失禮ながらそれは失言かと思ひます。某氏が宿直にあたられたのは着後早々の事で、まだ生徒に接せられてから二十日に滿たぬ頃であります。この短かい二十日間において生徒は君の學問人物を評價し得る餘地がないのであります。輕侮されべき至當な理由があつて、輕侮を受けたのなら生徒の行爲に斟酌を加へる理由もありませうが、何らの源因もないのに新來の先生を愚弄するやうな輕薄な生徒を寛假しては學校の威信に關はる事と思ひます。教育の精神は單に學問を授けるばかりではない、高尚な、正直な、武士的な元氣を鼓吹すると同時に、野鄙な、輕躁な、暴慢な惡風を掃蕩するにあると思ひます。もし反動が恐しいの、騷動が大きくなるのと姑息な事を云つた日にはこの弊風はいつ矯正出來るか知れません。かかる弊風を杜絶するためにこそ吾々はこの學校に職を奉じてゐるので、これを見逃がすくらゐなら始めから教師にならん方がいゝと思ひます。私は以上の理由で寄宿生一同を嚴罰に處する上に、當該教師の面前において公けに謝罪の意を表せしむるのを至當の所置と心得ます」と云ひながら、どんと腰を卸した。一同はだまつて何にも言はない。赤シャツはまたパイプを拭き始めた。おれは何だか非常に嬉しかつた。おれの云はうと思ふところをおれの代りに山嵐がすつかり言つて呉れたやうなものだ。おれはかう云ふ單純な人間だから、今までの喧嘩はまるで忘れて、大いに難有いと云ふ顏をもつて、腰を卸した山嵐の方を見たら、山嵐は一向知らん面をしてゐる。

 しばらくして山嵐はまた起立した。「ただ今一寸失念して言ひ落しましたから、申します。當夜の宿直員は宿直中外出して温泉に行かれたやうであるが、あれはもつての外の事と考へます。いやしくも自分が一校の留守番を引き受けながら、咎める者のないのを幸に、場所もあらうに温泉などへ入湯にいくなどと云ふのは大きな失體である。生徒は生徒として、この點については校長からとくに責任者にご注意あらん事を希望します」

 妙な奴だ、ほめたと思つたら、あとからすぐ人の失策をあばゐてゐる。おれは何の氣もなく、前の宿直が出あるいた事を知つて、そんな習慣だと思つて、つい温泉まで行つてしまつたんだが、なるほどさう云はれてみると、これはおれが惡るかつた。攻撃されても仕方がない。そこでおれはまた起つて「私は正に宿直中に温泉に行きました。これは全くわるい。あやまります」と云つて着席したら、一同がまた笑ひ出した。おれが何か云ひさへすれば笑ふ。つまらん奴等だ。貴樣等是程自分のわるい事を公けにわるかつたと斷言出來るか、出來ないから笑ふんだらう。

 それから校長は、もう大抵ご意見もないやうでありますから、よく考へた上で處分しませうと云つた。ついでだからその結果を云ふと、寄宿生は一週間の禁足になつた上に、おれの前へ出て謝罪をした。謝罪をしなければその時辭職して歸るところだつたがなまじい、おれのいふ通りになつたのでとうとう大變な事になつてしまつた。それはあとから話すが、校長はこの時會議の引き續きだと號してこんな事を云つた。生徒の風儀は、教師の感化で正していかなくてはならん、その一着手として、教師はなるべく飮食店などに出入しない事にしたい。もつとも送別會などの節は特別であるが、單獨にあまり上等でない場所へ行くのはよしたい──たとへば蕎麥屋だの、團子屋だの──と云ひかけたらまた一同が笑つた。野だが山嵐を見て天麩羅と云つて目くばせをしたが山嵐は取り合はなかつた。いゝ氣味だ。

 おれは腦がわるいから、貍の云ふことなんか、よく分らないが、蕎麥屋や團子屋へ行つて、中學の教師が勤まらなくつちや、おれみたやうな食ひ心棒にや到底出來つ子ないと思つた。それなら、それでいゝから、初手から蕎麥と團子の嫌ひなものと注文して雇ふがいゝ。だんまりで辭令を下げておいて、蕎麥を食ふな、團子を食ふなと罪なお布令を出すのは、おれのやうな外に道樂のないものにとつては大變な打撃だ。すると赤シャツがまた口を出した。「元來中學の教師なぞは社會の上流にくらゐするものだからして、單に物質的の快樂ばかり求めるべきものでない。その方に耽るとつい品性にわるい影響を及ぼすやうになる。しかし人間だから、何か娯樂がないと、田舎へ來て狹い土地では到底暮せるものではない。それで釣に行くとか、文學書を讀むとか、または新體詩や俳句を作るとか、何でも高尚な精神的娯樂を求めなくつてはいけない……」

 だまつて聞いてると勝手な熱を吹く。沖へ行つて肥料を釣つたり、ゴルキが露西亞の文學者だつたり、馴染の藝者が松の木の下に立つたり、古池へ蛙が飛び込んだりするのが精神的娯樂なら、天麩羅を食つて團子を呑み込むのも精神的娯樂だ。そんな下さらない娯樂を授けるより赤シャツの洗濯でもするがいゝ。あんまり腹が立つたから「マドンナに逢ふのも精神的娯樂ですか」と聞いてやつた。すると今度は誰も笑はない。妙な顏をして互に眼と眼を見合せてゐる。赤シャツ自身は苦しさうに下を向いた。それ見ろ。利いたらう。ただ氣の毒だつたのはうらなり君で、おれが、かう云つたら蒼い顏をますます蒼くした。

 おれは即夜下宿を引き拂つた。宿へ歸つて荷物をまとめてゐると、女房が何か不都合でもございましたか、お腹の立つ事があるなら、云つてお呉れたら改めますと云ふ。どうも驚ろく。世の中にはどうして、こんな要領を得ない者ばかり揃つてるんだらう。出てもらひたいんだか、居てもらひたいんだか分りやしない。まるで氣狂だ。こんな者を相手に喧嘩をしたつて江戸つ子の名折れだから、車屋をつれて來てさつさと出てきた。

 出た事は出たが、どこへ行くといふあてもない。車屋が、どちらへ參りますと云ふから、だまつて尾いて來い、今にわかる、と云つて、すたすたやつて來た。面倒だから山城屋へ行かうかとも考へたが、また出なければならないから、つまり手數だ。かうして歩いてるうちには下宿とか、何とか看板のあるうちを目付け出すだらう。さうしたら、そこが天意に叶つたわが宿と云ふ事にしよう。とぐるぐる、閑靜で住みよささうな所をあるいてゐるうち、とうとう鍛冶屋町へ出てしまつた。ここは士族屋敷で下宿屋などのある町ではないから、もつと賑やかな方へ引き返さうかとも思つたが、ふといゝ事を考へ付いた。おれが敬愛するうらなり君はこの町内に住んでゐる。うらなり君は土地の人で先祖代々の屋敷を控へてゐるくらゐだから、この邊の事情には通じてゐるに相違ない。あの人を尋ねて聞いたら、よささうな下宿を教へて呉れるかも知れない。幸一度挨拶に來て勝手は知つてるから、搜がしてあるく面倒はない。ここだらうと、いゝ加減に見當をつけて、ご免ご免と二返ばかり云ふと、奧から五十ぐらゐな年寄が古風な紙燭をつけて、出て來た。おれは若い女も嫌ひではないが、年寄を見ると何だかなつかしい心持ちがする。大方清がすきだから、その魂が方々のお婆さんに乘り移るんだらう。これは大方うらなり君のおつ母さんだらう。切り下げの品格のある婦人だが、よくうらなり君に似てゐる。まあお上がりと云ふところを、一寸お目にかかりたいからと、主人を玄關まで呼び出して實はこれこれだが君どこか心當りはありませんかと尋ねてみた。うらなり先生それはさぞお困りでございませう、としばらく考へてゐたが、この裏町に荻野と云つて老人夫婦ぎりで暮らしてゐるものがある、いつぞや座敷を明けておいても無駄だから、たしかな人があるなら貸してもいゝから周旋して呉れと頼んだ事がある。今でも貸すかどうか分らんが、まあいつしよに行つて聞いてみませうと、親切に連れて行つて呉れた。

 その夜から荻野の家の下宿人となつた。驚いたのは、おれがいか銀の座敷を引き拂ふと、翌日から入れ違ひに野だが平氣な顏をして、おれの居た部屋を占領した事だ。さすがのおれもこれにはあきれた。世の中はいかさま師ばかりで、お互に乘せつこをしてゐるのかも知れない。いやになつた。

 世間がこんなものなら、おれも負けない氣で、世間並にしなくちや、遣りきれない譯になる。巾着切の上前をはねなければ三度のご膳が戴けないと、事が極まればかうして、生きてるのも考へ物だ。と云つてぴんぴんした逹者なからだで、首を縊つちや先祖へ濟まない上に、外聞が惡い。考へると物理學校などへ這入つて、數學なんて役にも立たない藝を覺えるよりも、六百圓を資本にして牛乳屋でも始めればよかつた。さうすれば清もおれの傍を離れずに濟むし、おれも遠くから婆さんの事を心配しづに暮される。いつしよに居るうちは、さうでもなかつたが、かうして田舎へ來てみると清はやつぱり善人だ。あんな氣立のいゝ女は日本中さがして歩いたつてめつたにはない。婆さん、おれの立つときに、少々風邪を引いてゐたが今頃はどうしてるか知らん。先だつての手紙を見たらさぞ喜んだらう。それにしても、もう返事がきさうなものだが──おれはこんな事ばかり考へて二三日暮してゐた。

 氣になるから、宿のお婆さんに、東京から手紙は來ませんかと時々尋ねてみるが、聞くたんびに何にも參りませんと氣の毒さうな顏をする。ここの夫婦はいか銀とは違つて、もとが士族だけに雙方共上品だ。爺さんが夜るになると、變な聲を出して謠をうたふには閉口するが、いか銀のやうにお茶を入れませうと無暗に出て來ないから大きに樂だ。お婆さんは時々部屋へ來ていろいろな話をする。どうして奧さんをお連れなさつて、いつしよにお出でなんだのぞなもしなどと質問をする。奧さんがあるやうに見えますかね。可哀想にこれでもまだ二十四ですぜと云つたらそれでも、あなた二十四で奧さんがおありなさるのは當り前ぞなもしと冒頭を置いて、どこの誰さんは二十でお嫁をお貰ひたの、どこの何とかさんは二十二で子供を二人お持ちたのと、何でも例を半ダースばかり擧げて反駁を試みたには恐れ入つた。それぢや僕も二十四でお嫁をお貰ひるけれ、世話をしてお呉れんかなと田舎言葉を眞似て頼んでみたら、お婆さん正直に本當かなもしと聞いた。

「本當の本當のつて僕あ、嫁が貰ひたくつて仕方がないんだ」

「さうぢやらうがな、もし。若いうちは誰もそんなものぢやけれ」この挨拶には痛み入つて返事が出來なかつた。

「しかし先生はもう、お嫁がおありなさるに極つとらい。私はちやんと、もう、睨らんどるぞなもし」

「へえ、活眼だね。どうして、睨らんどるんですか」

「どうしててて。東京から便りはないか、便りはないかてて、毎日便りを待ち焦がれておいでるぢやないかなもし」

「こいつあ驚いた。大變な活眼だ」

「中りましたらうがな、もし」

「さうですね。中つたかも知れませんよ」

「しかし今時の女子は、昔と違ふて油斷が出來んけれ、お氣をお付けたがへえぞなもし」

「何ですかい、僕の奧さんが東京で間男でもこしらへてゐますかい」

「いゝえ、あなたの奧さんはたしかぢやけれど……」

「それで、やつと安心した。それぢや何を氣を付けるんですい」

「あなたのはたしか──あなたのはたしかぢやが──」

「どこに不たしかなのが居ますかね」

「ここ等にも大分居ります。先生、あの遠山のお孃さんをご存知かなもし」

「いゝえ、知りませんね」

「まだご存知ないかなもし。ここらであなた一番の別嬪さんぢやがなもし。あまり別嬪さんぢやけれ、學校の先生方はみんなマドンナマドンナと言ふといでるぞなもし。まだお聞きんのかなもし」

「うん、マドンナですか。僕あ藝者の名かと思つた」

「いゝえ、あなた。マドンナと云ふと唐人の言葉で、別嬪さんの事ぢやらうがなもし」

「さうかも知れないね。驚いた」

「大方画學の先生がお付けた名ぞなもし」

「野だがつけたんですかい」

「いゝえ、あの吉川先生がお付けたのぢやがなもし」

「そのマドンナが不たしかなんですかい」

「そのマドンナさんが不たしかなマドンナさんでな、もし」

「厄介だね。渾名の付いてる女にや昔から碌なものは居ませんからね。さうかも知れませんよ」

「ほん當にさうぢやなもし。鬼神のお松ぢやの、妲妃のお百ぢやのてて怖い女が居りましたなもし」

「マドンナもその同類なんですかね」

「そのマドンナさんがなもし、あなた。そらあの、あなたをここへ世話をしてお呉れた古賀先生なもし──あの方の所へお嫁に行く約束が出來てゐたのぢやがなもし──」

「へえ、不思議なもんですね。あのうらなり君が、そんな艷福のある男とは思はなかつた。人は見懸けによらない者だな。ちつと氣を付けやう」

「ところが、去年あすこのお父さんが、お亡くなりて、──それまではお金もあるし、銀行の株も持つてお出るし、萬事都合がよかつたのぢやが──それからといふものは、どういふものか急に暮し向きが思はしくなくなつて──つまり古賀さんがあまりお人が好過ぎるけれ、お欺されたんぞなもし。それや、これやでお輿入も延びてゐるところへ、あの教頭さんがお出でて、是非お嫁にほしいとお云ひるのぢやがなもし」

「あの赤シャツがですか。ひどい奴だ。どうもあのシャツはただのシャツぢやないと思つてた。それから?」

「人を頼んで懸合ふておみると、遠山さんでも古賀さんに義理があるから、すぐには返事は出來かねて──まあやう考へてみやうぐらゐの挨拶をおしたのぢやがなもし。すると赤シャツさんが、手蔓を求めて遠山さんの方へ出入をおしるやうになつて、とうとうあなた、お孃さんを手馴付けておしまひたのぢやがなもし。赤シャツさんも赤シャツさんぢやが、お孃さんもお孃さんぢやてて、みんなが惡るく云ひますのよ。いつたん古賀さんへ嫁に行くてて承知をしときながら、今さら學士さんがお出たけれ、その方に替へよてて、それぢや今日樣へ濟むまいがなもし、あなた」

「全く濟まないね。今日樣どころか明日樣にも明後日樣にも、いつまで行つたつて濟みつこありませんね」

「それで古賀さんにお氣の毒ぢやてて、お友逹の堀田さんが教頭の所へ意見をしにお行きたら、赤シャツさんが、あしは約束のあるものを横取りするつもりはない。破約になれば貰ふかも知れんが、今のところは遠山家とただ交際をしてゐるばかりぢや、遠山家と交際をするには別段古賀さんに濟まん事もなからうとお云ひるけれ、堀田さんも仕方がなしにお戻りたさうな。赤シャツさんと堀田さんは、それ以來折合がわるいといふ評判ぞなもし」

「よくいろいろな事を知つてますね。どうして、そんな詳しい事が分るんですか。感心しちまつた」

「狹いけれ何でも分りますぞなもし」

 分り過ぎて困るくらゐだ。この容子ぢやおれの天麩羅や團子の事も知つてるかも知れない。厄介な所だ。しかしお蔭樣でマドンナの意味もわかるし、山嵐と赤シャツの關係もわかるし大いに後學になつた。ただ困るのはどつちが惡る者だか判然しない。おれのやうな單純なものには白とか黒とか片づけてもらはないと、どつちへ味方をしていゝか分らない。

「赤シャツと山嵐たあ、どつちがいゝ人ですかね」

「山嵐て何ぞなもし」

「山嵐といふのは堀田の事ですよ」

「そりや強い事は堀田さんの方が強さうぢやけれど、しかし赤シャツさんは學士さんぢやけれ、働きはある方ぞな、もし。それから優しい事も赤シャツさんの方が優しいが、生徒の評判は堀田さんの方がへえといふぞなもし」

「つまりどつちがいゝんですかね」

「つまり月給の多い方が豪いのぢやらうがなもし」

 これぢや聞いたつて仕方がないから、やめにした。それから二三日して學校から歸るとお婆さんがにこにこして、へえお待遠さま。やつと參りました。と一本の手紙を持つて來てゆつくりご覽と云つて出て行つた。取り上げてみると清からの便りだ。符箋が二三枚ついてるから、よく調べると、山城屋から、いか銀の方へ廻して、いか銀から、荻野へ廻つて來たのである。その上山城屋では一週間ばかり逗留してゐる。宿屋だけに手紙まで泊るつもりなんだらう。開いてみると、非常に長いもんだ。坊つちやんの手紙を頂いてから、すぐ返事をかかうと思つたが、あいにく風邪を引いて一週間ばかり寢てゐたものだから、つい遲くなつて濟まない。その上今時のお孃さんのやうに讀み書きが逹者でないものだから、こんなまづい字でも、かくのに餘つ程骨が折れる。甥に代筆を頼まうと思つたが、せつかくあげるのに自分でかかなくつちや、坊つちやんに濟まないと思つて、わざわざ下たがきを一返して、それから清書をした。清書をするには二日で濟んだが、下た書きをするには四日かかつた。讀みにくいかも知れないが、これでも一生懸命にかいたのだから、どうぞしまひまで讀んで呉れ。といふ冒頭で四尺ばかり何やらかやら認めてある。なるほど讀みにくい。字がまづゐばかりではない、大抵平假名だから、どこで切れて、どこで始まるのだか句讀をつけるのに餘つ程骨が折れる。おれは焦つ勝ちな性分だから、こんな長くて、分りにくい手紙は、五圓やるから讀んで呉れと頼まれても斷わるのだが、この時ばかりは眞面目になつて、始から終まで讀み通した。讀み通した事は事實だが、讀む方に骨が折れて、意味がつながらないから、また頭から讀み直してみた。部屋のなかは少し暗くなつて、前の時より見にくく、なつたから、とうとう椽鼻へ出て腰をかけながら鄭寧に拜見した。すると初秋の風が芭蕉の葉を動かして、素肌に吹きつけた歸りに、讀みかけた手紙を庭の方へなびかしたから、しまひぎはには四尺あまりの半切れがさらりさらりと鳴つて、手を放すと、向うの生垣まで飛んで行きさうだ。おれはそんな事には構つていられない。坊つちやんは竹を割つたやうな氣性だが、ただ肝癪が強過ぎてそれが心配になる。──ほかの人に無暗に渾名なんか、つけるのは人に恨まれるもとになるから、やたらに使つちやいけない、もしつけたら、清だけに手紙で知らせろ。──田舎者は人がわるいさうだから、氣をつけてひどい目に遭はないやうにしろ。──氣候だつて東京より不順に極つてるから、寢冷をして風邪を引いてはいけない。坊つちやんの手紙はあまり短過ぎて、容子がよくわからないから、この次にはせめてこの手紙の半分ぐらゐの長さのを書いて呉れ。──宿屋へ茶代を五圓やるのはいゝが、あとで困りやしないか、田舎へ行つて頼りになるはお金ばかりだから、なるべく儉約して、萬一の時に差支へないやうにしなくつちやいけない。──お小遣がなくて困るかも知れないから、爲替で十圓あげる。──先だつて坊つちやんからもらつた五十圓を、坊つちやんが、東京へ歸つて、うちを持つ時の足しにと思つて、郵便局へ預けておいたが、この十圓を引いてもまだ四十圓あるから大丈夫だ。──なるほど女と云ふものは細かいものだ。

 おれが椽鼻で清の手紙をひらつかせながら、考へ込んでゐると、しきりの襖をあけて、荻野のお婆さんが晩めしを持つてきた。まだ見てお出でるのかなもし。えつぽど長いお手紙ぢやなもし、と云つたから、ええ大事な手紙だから風に吹かしては見、吹かしては見るんだと、自分でも要領を得ない返事をして膳についた。見ると今夜も薩摩芋の煮つけだ。ここのうちは、いか銀よりも鄭寧で、親切で、しかも上品だが、惜しい事に食ひ物がまづい。昨日も芋、一昨日も芋で今夜も芋だ。おれは芋は大好きだと明言したには相違ないが、かう立てつづけに芋を食はされては命がつづかない。うらなり君を笑ふどころか、おれ自身が遠からぬうちに、芋のうらなり先生になつちまう。清ならこんな時に、おれの好きな鮪のさし身か、蒲鉾のつけ燒を食はせるんだが、貧乏士族のけちん坊と來ちや仕方がない。どう考へても清といつしよでなくつちあ駄目だ。もしあの學校に長くでも居る模樣なら、東京から召び寄せてやらう。天麩羅蕎麥を食つちやならない、團子を食つちやならない、それで下宿に居て芋ばかり食つて黄色くなつていろなんて、教育者はつらいものだ。禪宗坊主だつて、これよりは口に榮燿をさせてゐるだらう。──おれは一皿の芋を平げて、机の抽斗から生卵を二つ出して、茶碗の縁でたたき割つて、漸く凌いだ。生卵ででも營養をとらなくつちあ一週二十一時間の授業が出來るものか。

 今日は清の手紙で湯に行く時間が遲くなつた。しかし毎日行きつけたのを一日でも缺かすのは心持ちがわるい。汽車にでも乘つて出懸けやうと、例の赤手拭をぶら下げて停車場まで來ると二三分前に發車したばかりで、少々待たなければならぬ。ベンチへ腰を懸けて、敷島を吹かしてゐると、偶然にもうらなり君がやつて來た。おれはさつきの話を聞いてから、うらなり君がなほさら氣の毒になつた。平常から天地の間に居候をしてゐるやうに、小さく構へてゐるのがいかにも憐れに見えたが、今夜は憐れどころの騷ぎではない。出來るならば月給を倍にして、遠山のお孃さんと明日から結婚さして、一ヶ月ばかり東京へでも遊びにやつてやりたい氣がした矢先だから、やお湯ですか、さあ、こつちへお懸けなさいと威勢よく席を讓ると、うらなり君は恐れ入つた體裁で、いえ構ふてお呉れなさるな、と遠慮だか何だかやつぱり立つてる。少し待たなくつちや出ません、草臥れますからお懸けなさいとまた勸めてみた。實はどうかして、そばへ懸けてもらひたかつたくらゐに氣の毒でたまらない。それではお邪魔を致しませうと漸くおれの云ふ事を聞いて呉れた。世の中には野だみたやうに生意氣な、出ないで濟む所へ必ず顏を出す奴もゐる。山嵐のやうにおれが居なくつちや日本が困るだらうと云ふやうな面を肩の上へ載せてる奴もゐる。さうかと思ふと、赤シャツのやうにコスメチックと色男の問屋をもつて自ら任じてゐるのもある。教育が生きてフロックコートを着ればおれになるんだと云はぬばかりの貍もゐる。皆々それ相應に威張つてるんだが、このうらなり先生のやうに在れどもなきがごとく、人質に取られた人形のやうに大人しくしてゐるのは見た事がない。顏はふくれてゐるが、こんな結構な男を捨てて赤シャツに靡くなんて、マドンナもよつぼど氣の知れないおきやんだ。赤シャツが何ダース寄つたつて、是程立派な旦那樣が出來るもんか。

「あなたはどつか惡いんぢやありませんか。大分たいぎさうに見えますが……」「いえ、別段これといふ持病もないですが……」

「そりや結構です。からだが惡いと人間も駄目ですね」

「あなたは大分ご丈夫のやうですな」

「ええ瘠せても病氣はしません。病氣なんてものあ大嫌ひですから」

 うらなり君は、おれの言葉を聞いてにやにやと笑つた。

 ところへ入口で若々しい女の笑聲が聞えたから、何心なく振り返つてみるとえらい奴が來た。色の白い、ハイカラ頭の、背の高い美人と、四十五六の奧さんとが並んで切符を賣る窓の前に立つてゐる。おれは美人の形容などが出來る男でないから何にも云へないが全く美人に相違ない。何だか水晶の珠を香水で暖ためて、掌へ握つてみたやうな心持ちがした。年寄の方が背は低い。しかし顏はよく似てゐるから親子だらう。おれは、や、來たなと思ふ途端に、うらなり君の事は全然忘れて、若い女の方ばかり見てゐた。すると、うらなり君が突然おれの隣から、立ち上がつて、そろそろ女の方へ歩き出したんで、少し驚いた。マドンナぢやないかと思つた。三人は切符所の前で輕く挨拶してゐる。遠いから何を云つてるのか分らない。

 停車場の時計を見るともう五分で發車だ。早く汽車が呉ればいゝがなと、話し相手が居なくなつたので待ち遠しく思つてゐると、また一人あはてて場内へ馳け込んで來たものがある。見れば赤シャツだ。何だかべらべら然たる着物へ縮緬の帶をだらしなく卷き付けて、例の通り金鎖りをぶらつかしてゐる。あの金鎖りは贋物である。赤シャツは誰も知るまいと思つて、見せびらかしてゐるが、おれはちやんと知つてる。赤シャツは馳け込んだなり、何かきよろきよろしてゐたが、切符賣下所の前に話してゐる三人へ慇懃にお辭儀をして、何か二こと、三こと、云つたと思つたら、急にこつちへ向いて、例のごとく猫足にあるいて來て、や君も湯ですか、僕は乘り後れやしなひかと思つて心配して急いで來たら、まだ三四分ある。あの時計はたしかかしらんと、自分の金側を出して、二分ほどちがつてると云ひながら、おれの傍へ腰を卸した。女の方はちつとも見返らないで杖の上に顋をのせて、正面ばかり眺めてゐる。年寄の婦人は時々赤シャツを見るが、若い方は横を向いたままである。いよいよマドンナに違ひない。

 やがて、ピューと汽笛が鳴つて、車がつく。待ち合せた連中はぞろぞろ吾れ勝に乘り込む。赤シャツはいの一號に上等へ飛び込んだ。上等へ乘つたつて威張れるどころではない、住田まで上等が五錢で下等が三錢だから、わづか二錢違ひで上下の區別がつく。かういふおれでさへ上等を奮發して白切符を握つてるんでもわかる。もつとも田舎者はけちだから、たつた二錢の出入でもすこぶる苦になると見えて、大抵は下等へ乘る。赤シャツのあとからマドンナとマドンナのお袋が上等へはいり込んだ。うらなり君は活版で押したやうに下等ばかりへ乘る男だ。先生、下等の車室の入口へ立つて、何だか躊躇の體であつたが、おれの顏を見るや否や思ひきつて、飛び込んでしまつた。おれはこの時何となく氣の毒でたまらなかつたから、うらなり君のあとから、すぐ同じ車室へ乘り込んだ。上等の切符で下等へ乘るに不都合はなからう。

 温泉へ着いて、三階から、浴衣のなりで湯壺へ下りてみたら、またうらなり君に逢つた。おれは會議や何かでいざと極まると、咽喉が塞がつて饒舌れない男だが、平常は隨分辯ずる方だから、いろいろ湯壺のなかでうらなり君に話しかけてみた。何だか憐れぽくつてたまらない。こんな時に一口でも先方の心を慰めてやるのは、江戸つ子の義務だと思つてる。ところがあいにくうらなり君の方では、うまい具合にこつちの調子に乘つて呉れない。何を云つても、え[#「え」に傍點]とかいえ[#「いえ」に傍點]とかぎりで、しかもそのえ[#「え」に傍點]といえ[#「いえ」に傍點]が大分面倒らしいので、しまひにはとうとう切り上げて、こつちからご免蒙つた。

 湯の中では赤シャツに逢はなかつた。もつとも風呂の數はたくさんあるのだから、同じ汽車で着いても、同じ湯壺で逢ふとは極まつてゐない。別段不思議にも思はなかつた。風呂を出てみるといゝ月だ。町内の兩側に柳が植つて、柳の枝が丸るい影を往來の中へ落してゐる。少し散歩でもしよう。北へ登つて町のはづれへ出ると、左に大きな門があつて、門の突き當りがお寺で、左右が妓樓である。山門のなかに遊廓があるなんて、前代未聞の現象だ。一寸這入つてみたいが、また貍から會議の時にやられるかも知れないから、やめて素通りにした。門の並びに黒い暖簾をかけた、小さな格子窓の平屋はおれが團子を食つて、しくじつた所だ。丸提燈に汁粉、お雜煮とかいたのがぶらさがつて、提燈の火が、軒端に近い一本の柳の幹を照らしてゐる。食ひたいなと思つたが我慢して通り過ぎた。

 食ひたい團子の食へないのは情ない。しかし自分の許嫁が他人に心を移したのは、猶情ないだらう。うらなり君の事を思ふと、團子は愚か、三日ぐらゐ斷食しても不平はこぼせない譯だ。本當に人間ほどあてにならないものはない。あの顏を見ると、どうしたつて、そんな不人情な事をしさうには思へないんだが──うつくしい人が不人情で、冬瓜の水膨れのやうな古賀さんが善良な君子なのだから、油斷が出來ない。淡泊だと思つた山嵐は生徒を煽動したと云ふし。生徒を煽動したのかと思ふと、生徒の處分を校長に逼るし。厭味で練りかためたやうな赤シャツが存外親切で、おれに餘所ながら注意をして呉れるかと思ふと、マドンナを胡魔化したり、胡魔化したのかと思ふと、古賀の方が破談にならなければ結婚は望まないんだと云ふし。いか銀が難癖をつけて、おれを追ひ出すかと思ふと、すぐ野だ公が入れ替つたり──どう考へてもあてにならない。こんな事を清にかいてやつたら定めて驚く事だらう。箱根の向うだから化物が寄り合つてるんだと云ふかも知れない。

 おれは、性來構はない性分だから、どんな事でも苦にしないで今日まで凌いで來たのだが、ここへ來てからまだ一ヶ月立つか、立たないうちに、急に世のなかを物騷に思ひ出した。別段際だつた大事件にも出逢はないのに、もう五つ六つ年を取つたやうな氣がする。早く切り上げて東京へ歸るのが一番よからう。などとそれからそれへ考へて、いつか石橋を渡つて野芹川の堤へ出た。川と云ふとえらさうだが實は一間ぐらゐな、ちよろちよろした流れで、土手に沿ふて十二丁ほど下ると相生村へ出る。村には觀音樣がある。

 温泉の町を振り返ると、赤い燈が、月の光の中にかがやいてゐる。太鼓が鳴るのは遊廓に相違ない。川の流れは淺いけれども早いから、神經質の水のやうにやたらに光る。ぶらぶら土手の上をあるきながら、約三丁も來たと思つたら、向うに人影が見え出した。月に透かしてみると影は二つある。温泉へ來て村へ歸る若い衆かも知れない。それにしては唄もうたはない。存外靜かだ。

 だんだん歩いて行くと、おれの方が早足だと見えて、二つの影法師が、次第に大きくなる。一人は女らしい。おれの足音を聞きつけて、十間ぐらゐの距離に逼つた時、男がたちまち振り向いた。月は後からさしてゐる。その時おれは男の樣子を見て、はてなと思つた。男と女はまた元の通りにあるき出した。おれは考へがあるから、急に全速力で追つ懸けた。先方は何の氣もつかずに最初の通り、ゆるゆる歩を移してゐる。今は話し聲も手に取るやうに聞える。土手の幅は六尺ぐらゐだから、並んで行けば三人が漸くだ。おれは苦もなく後ろから追ひ付いて、男の袖を擦り拔けざま、二足前へ出した踵をぐるりと返して男の顏を覗き込んだ。月は正面からおれの五分刈の頭から顋の邊りまで、會釋もなく照す。男はあつと小聲に云つたが、急に横を向いて、もう歸らうと女を促がすが早いか、温泉の町の方へ引き返した。

 赤シャツは圖太くて胡魔化すつもりか、氣が弱くて名乘り損なつたのかしら。ところが狹くて困つてるのは、おればかりではなかつた。

 赤シャツに勸められて釣に行つた歸りから、山嵐を疑ぐり出した。無い事を種に下宿を出ろと云はれた時は、いよいよ不埒な奴だと思つた。ところが會議の席では案に相違して滔々と生徒嚴罰論を述べたから、おや變だなと首を捩つた。荻野の婆さんから、山嵐が、うらなり君のために赤シャツと談判をしたと聞いた時は、それは感心だと手を拍つた。この樣子ではわる者は山嵐ぢやあるまい、赤シャツの方が曲つてるんで、好加減な邪推を實しやかに、しかも遠廻しに、おれの頭の中へ浸み込ましたのではあるまいかと迷つてる矢先へ、野芹川の土手で、マドンナを連れて散歩なんかしてゐる姿を見たから、それ以來赤シャツは曲者だと極めてしまつた。曲者だか何だかよくは分らないが、ともかくも善い男ぢやない。表と裏とは違つた男だ。人間は竹のやうに眞直でなくつちや頼もしくない。眞直なものは喧嘩をしても心持ちがいゝ。赤シャツのやうなやさしいのと、親切なのと、高尚なのと、琥珀のパイプとを自慢さうに見せびらかすのは油斷が出來ない、めつたに喧嘩も出來ないと思つた。喧嘩をしても、囘向院の相撲のやうな心持ちのいゝ喧嘩は出來ないと思つた。さうなると一錢五厘の出入で控所全體を驚ろかした議論の相手の山嵐の方がはるかに人間らしい。會議の時に金壺眼をぐりつかせて、おれを睨めた時は憎い奴だと思つたが、あとで考へると、それも赤シャツのねちねちした猫撫聲よりはましだ。實はあの會議が濟んだあとで、餘つ程仲直りをしようかと思つて、一こと二こと話しかけてみたが、野郎返事もしないで、まだ眼を剥つてみせたから、こつちも腹が立つてそのままにしておいた。

 それ以來山嵐はおれと口を利かない。机の上へ返した一錢五厘はいまだに机の上に乘つてゐる。ほこりだらけになつて乘つてゐる。おれは無論手が出せない、山嵐は決して持つて歸らない。この一錢五厘が二人の間の墻壁になつて、おれは話さうと思つても話せない、山嵐は頑として默つてる。おれと山嵐には一錢五厘が祟つた。しまひには學校へ出て一錢五厘を見るのが苦になつた。

 山嵐とおれが絶交の姿となつたに引き易えて、赤シャツとおれは依然として在來の關係を保つて、交際をつづけてゐる。野芹川で逢つた翌日などは、學校へ出ると第一番におれの傍へ來て、君今度の下宿はいゝですかのまたいつしよに露西亞文學を釣りに行かうぢやないかのといろいろな事を話しかけた。おれは少々憎らしかつたから、昨夜は二返逢ひましたねと云つたら、ええ停車場で──君はいつでもあの時分出掛けるのですか、遲いぢやないかと云ふ。野芹川の土手でもお目に懸りましたねと喰らはしてやつたら、いゝえ僕はあつちへは行かない、湯に這入つて、すぐ歸つたと答へた。何もそんなに隱さないでもよからう、現に逢つてるんだ。よく嘘をつく男だ。これで中學の教頭が勤まるなら、おれなんか大學總長がつとまる。おれはこの時からいよいよ赤シャツを信用しなくなつた。信用しない赤シャツとは口をきいて、感心してゐる山嵐とは話をしない。世の中は隨分妙なものだ。

 ある日の事赤シャツが一寸君に話があるから、僕のうちまで來て呉れと云ふから、惜しいと思つたが温泉行きを缺勤して四時頃出掛けて行つた。赤シャツは一人ものだが、教頭だけに下宿はとくの昔に引き拂つて立派な玄關を構へてゐる。家賃は九圓五拾錢ださうだ。田舎へ來て九圓五拾錢拂へばこんな家へはいれるなら、おれも一つ奮發して、東京から清を呼び寄せて喜ばしてやらうと思つたくらゐな玄關だ。頼むと云つたら、赤シャツの弟が取次に出て來た。この弟は學校で、おれに代數と算術を教はる至つて出來のわるい子だ。その癖渡りものだから、生れ付いての田舎者よりも人が惡るい。

 赤シャツに逢つて用事を聞いてみると、大將例の琥珀のパイプで、きな臭ひ烟草をふかしながら、こんな事を云つた。「君が來て呉れてから、前任者の時代よりも成績がよくあがつて、校長も大いにいゝ人を得たと喜んでゐるので──どうか學校でも信頼してゐるのだから、そのつもりで勉強してゐただきたい」

「へえ、さうですか、勉強つて今より勉強は出來ませんが──」

「今のくらゐで充分です。ただ先だつてお話しした事ですね、あれを忘れずにゐて下さればいゝのです」

「下宿の世話なんかするものあ劍呑だといふ事ですか」

「さう露骨に云ふと、意味もない事になるが──まあ善いさ──精神は君にもよく通じてゐる事と思ふから。そこで君が今のやうに出精して下されば、學校の方でも、ちやんと見てゐるんだから、もう少しして都合さへつけば、待遇の事も多少はどうにかなるだらうと思ふんですがね」

「へえ、俸給ですか。俸給なんかどうでもいゝんですが、上がれば上がつた方がいゝですね」

「それで幸ひ今度轉任者が一人出來るから──もつとも校長に相談してみないと無論受け合へない事だが──その俸給から少しは融通が出來るかも知れないから、それで都合をつけるやうに校長に話してみやうと思ふんですがね」

「どうも難有う。だれが轉任するんですか」

「もう發表になるから話しても差し支へないでせう。實は古賀君です」

「古賀さんは、だつてここの人ぢやありませんか」

「ここの地の人ですが、少し都合があつて──半分は當人の希望です」

「どこへ行くんです」

「日向の延岡で──土地が土地だから一級俸上つて行く事になりました」

「誰か代りが來るんですか」

「代りも大抵極まつてるんです。その代りの具合で君の待遇上の都合もつくんです」

「はあ、結構です。しかし無理に上がらないでも構ひません」

「とも角も僕は校長に話すつもりです。それで校長も同意見らしいが、追つては君にもつと働いて頂だかなくつてはならんやうになるかも知れないから、どうか今からそのつもりで覺悟をしてやつてもらひたいですね」

「今より時間でも増すんですか」

「いゝえ、時間は今より減るかも知れませんが──」

「時間が減つて、もつと働くんですか、妙だな」

「一寸聞くと妙だが、──判然とは今言ひにくいが──まあつまり、君にもつと重大な責任を持つてもらふかも知れないといふ意味なんです」

 おれには一向分らない。今より重大な責任と云へば、數學の主任だらうが、主任は山嵐だから、やつこさんなかなか辭職する氣遣ひはない。それに、生徒の人望があるから轉任や免職は學校の得策であるまい。赤シャツの談話はいつでも要領を得ない。要領を得なくつても用事はこれで濟んだ。それから少し雜談をしてゐるうちに、うらなり君の送別會をやる事や、ついてはおれが酒を飮むかと云ふ問や、うらなり先生は君子で愛すべき人だと云ふ事や──赤シャツはいろいろ辯じた。しまひに話をかへて君俳句をやりますかと來たから、こいつは大變だと思つて、俳句はやりません、さやうならと、そこそこに歸つて來た。發句は芭蕉か髮結床の親方のやるもんだ。數學の先生が朝顏やに釣瓶をとられてたまるものか。

 歸つてうんと考へ込んだ。世間には隨分氣の知れない男が居る。家屋敷はもちろん、勤める學校に不足のない故郷がいやになつたからと云つて、知らぬ他國へ苦勞を求めに出る。それも花の都の電車が通つてる所なら、まだしもだが、日向の延岡とは何の事だ。おれは船つきのいゝここへ來てさへ、一ヶ月立たないうちにもう歸りたくなつた。延岡と云へば山の中も山の中も大變な山の中だ。赤シャツの云ふところによると船から上がつて、一日馬車へ乘つて、宮崎へ行つて、宮崎からまた一日車へ乘らなくつては着けないさうだ。名前を聞いてさへ、開けた所とは思へない。猿と人とが半々に住んでる樣な氣がする。いかに聖人のうらなり君だつて、好んで猿の相手になりたくもないだらうに、何といふ物數奇だ。

 ところへあひかはらず婆さんが夕食を運んで出る。今日もまた芋ですかいと聞いてみたら、いえ今日はお豆腐ぞなもしと云つた。どつちにしたつて似たものだ。

「お婆さん古賀さんは日向へ行くさうですね」

「ほん當にお氣の毒ぢやな、もし」

「お氣の毒だつて、好んで行くんなら仕方がないですね」

「好んで行くて、誰がぞなもし」

「誰がぞなもしつて、當人がさ。古賀先生が物數奇に行くんぢやありませんか」

「そりやあなた、大違ひの勘五郎ぞなもし」

「勘五郎かね。だつて今赤シャツがさう云ひましたぜ。それが勘五郎なら赤シャツは嘘つきの法螺右衞門だ」

「教頭さんが、さうお云ひるのはもつともぢやが、古賀さんのお往きともなひのももつともぞなもし」

「そんなら兩方もつともなんですね。お婆さんは公平でいゝ。一體どういふ譯なんですい」

「今朝古賀のお母さんが見えて、だんだん譯をお話したがなもし」

「どんな譯をお話したんです」

「あそこもお父さんがお亡くなりてから、あたし逹が思ふほど暮し向が豐かになふてお困りぢやけれ、お母さんが校長さんにお頼みて、もう四年も勤めてゐるものぢやけれ、どうぞ毎月頂くものを、今少しふやしてお呉れんかてて、あなた」

「なるほど」

「校長さんが、やうまあ考へてみとかうとお云ひたげな。それでお母さんも安心して、今に増給のご沙汰があろぞ、今月か來月かと首を長くして待つておいでたところへ、校長さんが一寸來て呉れと古賀さんにお云ひるけれ、行つてみると、氣の毒だが學校は金が足りんけれ、月給を上げる譯にゆかん。しかし延岡になら空いた口があつて、そつちなら毎月五圓餘分にとれるから、お望み通りでよからうと思ふて、その手續きにしたから行くがへえと云はれたげな。──」

「ぢや相談ぢやない、命令ぢやありませんか」

「さよよ。古賀さんはよそへ行つて月給が増すより、元のままでもええから、ここに居りたい。屋敷もあるし、母もあるからとお頼みたけれども、もうさう極めたあとで、古賀さんの代りは出來てゐるけれ仕方がないと校長がお云ひたげな」

「へん人を馬鹿にしてら、面白くもない。ぢや古賀さんは行く氣はないんですね。どうれで變だと思つた。五圓ぐらゐ上がつたつて、あんな山の中へ猿のお相手をしに行く唐變木はまづないからね」

「唐變木て、先生なんぞなもし」

「何でもいゝでさあ、──全く赤シャツの作略だね。よくない仕打だ。まるで欺撃ですね。それでおれの月給を上げるなんて、不都合な事があるものか。上げてやるつたつて、誰が上がつてやるものか」

「先生は月給がお上りるのかなもし」

「上げてやるつて云ふから、斷わらうと思ふんです」

「何で、お斷わりるのぞなもし」

「何でもお斷わりだ。お婆さん、あの赤シャツは馬鹿ですぜ。卑怯でさあ」

「卑怯でもあんた、月給を上げておくれたら、大人しく頂いておく方が得ぞなもし。若いうちはよく腹の立つものぢやが、年をとつ