古今集
 

-------------------------------------------
 
やまとうたは、人のこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける、世中にあ る人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを見るものきくものにつけていひい だせるなり、花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの いづれかうたをよまざりける、ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬ おに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心 をもなぐさむるは、うたなり
 
このうた、あめつちのひらけはじまりける時よりいできにけり、あまのうきはしのした にて、め神を神となりたまへる事をいへるうたなり、しかあれども、世につたはること は、ひさかたのあめにしては、したてるひめにはじまり、したてるひめとは、あめわか みこのめなり、せうとの神のかたち、をか、たににうつりてかかやくをよめるえびす哥 なるべし、これらはもじのかずもさだまらず、うたのやうにもあらぬことども也、あら かねのつちにしては、すさのをのみことよりぞおこりける、ちはやぶる神世には
 
うたのもじもさだまらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし、ひとの世となり て、すさのをのみことよりぞみそもじあまりひともじはよみける、すさのをのみこと は、あまてるおほむ神のこのかみ也、女とすみたまはむとて、いづものくにに宮づくり したまふ時に、その所にやいろのくものたつを見てよみたまへる也、<やくもたついづ もやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを>、かくてぞ花をめで、とりをう らやみ、かすみをあはれび、つゆをかなしぶ心ことば、おほくさまざまになりにける、 とほき所もいでたつあしもとよりはじまりて、
 
年月をわたり、たかき山もふもとのちりひぢよりなりて、あまぐもたなびくまでおひの ぼれるごとくに、このうたもかくのごとくなるべし、なにはづのうたは、みかどの おほむはじめなり、おほさざきのみかどの、なにはづにてみこときこえける時、東宮を たがひにゆづりて、くらゐにつきたまはで、三とせになりにければ、王仁といふ人のい ぶかり思ひて、よみてたてまつりけるうた也、この花は梅のはなをいふなるべし、あさ か山のことばは、うねめのたはぶれよりよみて、かづらきのおほきみをみちのおくへつ かはしたりけるに、くにのつかさ、事おろそかなりとて、
 
まうけなどしたりけれど、すさまじかりければ、うねめなりける女の、かはらけとりて よめるなり、これにぞおほきみの心とけにける、<あさか山かげさへ見ゆる山の井のあ さくは人をおもふのもかは>、このふたうたはうたのちちははのやうにてぞ、手ならふ 人のはじめにもしける、そもそもうたのさまむつなり、からのうたにもかくぞあるべ き、そのむくさのひとつには、そへうた、おほさざきのみかどをそへたてまつれるう た、<なにはづにさくやこの花ふゆごもり
 
いまははるべとさくやこのはな>といへるなるべし、ふたつには、かぞへうた、<さく 花におもひつくみのあぢきなさ身にいたづきのいるもしらずて>といへるなるべし、こ れはただ事にいひて、ものにたとへなどもせぬものなり、このうたいかにいへるにかあ らむ、その心えがたし、いつつにただことうたといへるなむこれにはかなふべき、みつ にはなずらへうた、<きみにけさあしたのしものおきていなばこひしきごとにきえやわ たらむ>といへるなるべし
 
これはものにもなずらへて、それがやうになむあるとやうにいふ也、この哥よくかなへ りとも見えず、<たらちめのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるかいもにあはず て>、かやうなるやこれにはかなふべからむ、よつにはたとへうた、<わがこひはよむ ともつきじありそうみのはまのまさごはよみつくすとも>といへるなるべし、これはよ ろづのくさ木とりけだものにつけて心を見するなり、このうたはかくれたる所なむな き、されどはじめのそへうたとおなじやうなれば、すこしさまをかへたるなるべし、 <すまのあまのしほやくけぶり風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり>、この哥など やかなふべからむ、
 
いつつにはただことうた、<いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれし からまし>といへるなるべし、これはことのととのほりただしきをいふ也、この哥の心 さらにかなはず、とめうたとやいふべからむ、<山ざくらあくまでいろを見つるかな花 ちるべくも風ふかぬよに>、むつにはいはひうた、<このとのはむべもとみけりさき草 のみつばよつばにとのづくりせり>といへるなるべし、
 
これは世をほめて神につぐる也、このうたいはひうたとは見えずなむある、<かすがの にわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ>、これらやすこしかなふべから む、おほよそむくさにわかれむ事はえあるまじき事になむ、今の世中いろにつき人の心 花になりにけるより、あだなるうた、はかなきことのみいでくれば、いろごのみのいへ に、むもれ木の人しれぬこととなりて、まめなるところには花すすきほにいだすべきこ とにもあらずなりにたり、そのはじめを
 
おもへばかかるべくなむあらぬ、いにしへの世世のみかど、春の花のあした、秋の月の 夜ごとに、さぶらふ人人をめして、ことにつけつつうたをたてまつらしめたまふ、ある は花をそふとてたよりなき所にまどひ、あるは月をおもふとてしるべなきやみにたどれ る心心を見給ひて、さかしおろかなりとしろしめしけむ、しかあるのみにあらず、さざ れいしにたとへ、つくば山にかけてきみをねがひ、よろこび
 
身にすぎ、たのしび心にあまり、ふじのけぶりによそへて人をこひ、松虫のねにともを しのび、たかさごすみの江のまつもあひおひのやうにおぼえ、おとこ山のむかしをおも ひいでてをみなへしのひとときをくねるにも、うたをいひてぞなぐさめける、又春のあ したに花のちるを見、秋のゆふぐれにこのはのおつるをきき、あるはとしごとにかがみ のかげに見ゆる雪と浪とをなげき、草のつゆ水あわを見て
 
わが身をおどろき、あるはきのふはさかえおごりて時をうしなひ世にわび、したしかり しもうとくなり、あるは松山の浪をかけ、野なかの水をくみ、秋はぎのしたばをなが め、あかつきのしぎのはねがきをかぞへ、あるはくれ竹のうきふしを人にいひよしの河 をひきて世中をうらみきつるに、今はふじの山も煙たたずなり、ながらのはしもつくる なりときく人は
 
うたにのみぞ心をなぐさめける、いにしへよりかくつたはるうちにも、ならの御時より ぞひろまりにける、かのおほむ世やうたの心をしろしめしたりけむ、かのおほむ時に、 おほきみつのくらゐかきのもとの人まろなむうたのひじりなりける、これはきみもひと も身をあはせたりといふなるべし、秋のゆふべ竜田河にながるるもみぢをば、みかどの おほむめににしきと
 
見たまひ、春のあしたよしのの山のさくらは人まろが心にはくもかとのみなむおぼえけ る、又山の辺のあかひとといふ人ありけり、うたにあやしくたへなりけり、人まろはあ かひとがかみにたたむことかたく、あか人は人まろがしもにたたむことかたくなむあり ける、ならのみかどの御うた、<たつた河もみぢみだれてながるめりわたらばにしきな かやたえなむ>、人まろ、<梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれ ば>、<ほのぼのとあかしのうらのあさぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ>、
 
赤人、<春ののにすみれつみにとこし我ぞのをなつかしみひと夜ねにける>、<わかの 浦にしほみちくれば方をなみあしべをさしてたづなきわたる>、この人人をおきて又す ぐれたる人もくれ竹の世世にきこえ、かたいとのよりよりにたえずぞありける、これよ りさきのうたをあつめてなむ方えふしふとなづけられたりける、ここにいにしへのこと をもうたの心をもしれる人
 
わづかにひとりふたりなりき、しかあれどこれかれえたるところ、えぬところたがひに なむある、かの御時よりこのかた、年はももとせあまり、世はとつぎになむなりにけ る、いにしへの事をもうたをも、しれる人よむ人おほからず、いまこのことをいふに、 つかさくらゐたかき人をば、たやすきやうなればいれず、そのほかにちかき世に、その 名きこえたる人は、すなはち
 
僧正遍昭は、うたのさまはえたれどもまことすくなし、たとへばゑにかけるをうなを見 ていたづらに心をうごかすがごとし、<あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにも ぬけるはるの柳か>、<はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆをたまとあざむ く>、さがのにてむまよりおちてよめる、<名にめでてをれるばかりぞをみなへしわれ おちにきと人にかたるな>、ありはらのなりひらはその心あまりてことばたらず、しぼ める花のいろなくてにほひ
 
のこれるがごとし、<月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にし て>、<おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの>、<ねぬる よのゆめをはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな>、ふんやのやすひでは ことばはたくみにて、そのさま身におはず、いはばあき人のよききぬきたらむがごと し、<吹からによもの草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ>、深草のみか どの御国忌に、<草ふかきかすみのたににかげかくしてる日のくれしけふにやはあら ぬ>、宇治山のそうきせんは、ことば
 
かすかにしてはじめをはりたしかならず、いはば秋の月を見るにあかつきのくもにあへ るがごとし、<わがいほはみやこのたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり>、よ めるうたおほくきこえねば、かれこれをかよはしてよくしらず、をののこまちは、いに しへのそとほりひめの流なり、あはれなるやうにてつよからず、いはばよきをうなのな やめる所あるににたり、つよからぬはをう
 
なのうたなればなるべし、<思ひつつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざら ましを>、<いろ見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける>、<わびぬれ ば身をうきくさのねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ>、そとほりひめのうた、 <わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも>、おほともの くろぬしは、そのさまいやし、いはばたきぎおへる山びとの花のかげにやすめるがごと し、<思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人はしらずや>、<かがみ山 いざたちよりて見てゆかむとしへぬる身はおいやしぬると>、
 
このほかの人人その名きこゆる、野辺におふるかづらのはひひろごり、はやしにしげき このはのごとくにおほかれど、うたとのみ思ひてそのさましらぬなるべし、かかるにい ますべらぎのあめのしたしろしめすこと、よつの時ここのかへりになむなりぬる、あま ねきおほむうつくしみのなみ、やしまのほかまでながれ、ひろきおほむめぐみのかげ、 つ
 
くば山のふもとよりもしげくおはしまして、よろづのまつりごとをきこしめすいとま、 もろもろのことをすてたまはぬあまりに、いにしへのことをもわすれじ、ふりにしこと をもおこしたまふとて、いまもみそなはし、のちの世にもつたはれとて、延喜五年四月 十八日に大内記きのとものり、御書のところのあづかりきのつらゆき、さきのかひのさ う官おほし
 
かふちのみつね、右衛門の府生みぶのただみねらにおほせられて、万えふしふにいらぬ ふるきうたみづからのをもたてまつらしめたまひてなむ、それがなかにむめをかざすよ りはじめて、ほととぎすをきき、もみぢををり、雪を見るにいたるまで、又つるかめに つけてきみをおもひ人をもいはひ、秋はぎ夏草を見てつまをこひ、あふさか山にいたり て
 
たむけをいのり、あるは春夏秋冬にもいらぬくさぐさのうたをなむえらばせたまひけ る、すべて千うた、はたまき、名づけてこきむわかしふといふ、かくこのたびあつめえ らばれて、山した水のたえず、はまのまさごのかずおほくつもりぬれば、いまはあすか がはのせになるうらみもきこえず、さざれいしのいはほとなるよろこびのみぞあるべ き、それまくら
 
ことば、春の花にほひすくなくして、むなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば、か つは人のみみにおそり、かつはうたの心にはぢおもへど、たなびくくものたちゐなくし かのおきふしは、つらゆきらがこの世におなじくむまれて、このことの時にあへるをな むよろこびぬる、人まろなくなりにたれど、うたのこととどまれるかな、たとひ時うつ り
 
ことさり、たのしびかなしびゆきかふとも、このうたのもじあるをや、あをやぎのいと たえず、まつのはのちりうせずして、まさきのかづらながくつたはり、とりのあとひさ しくとどまれらば、うたのさまをもしり、ことの心をえたらむ人は、おほぞらの月を見 るがごとくにいにしへをあふぎて、いまをこひざらめかも
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
1
 

在原元方
 

ふるとしに春たちける日よめる
 
としのうちに春はきにけりひととせをこぞとやいはむことしとやいはむ
 
 
 
2
 

紀貫之
 

はるたちける日よめる
 
袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ
 
 
 
3
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
春霞たてるやいづこみよしののよしのの山に雪はふりつつ
 
 
 
4
 

二条のきさきのはるのはじめの御うた
 
雪の内に春はきにけりうぐひすのこほれる涙今やとくらむ
 
 
 
5
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
梅がえにきゐるうぐひすはるかけてなけどもいまだ雪はふりつつ
 
 
 
6
 

素性法師
 

雪の木にふりかかれるをよめる
 
春立てば花とや見らむ白雪のかかれる枝にうぐひすぞなく
 
 
 
7
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
心ざしふかくそめてし折りければきえあへぬ雪の花と見ゆらむ
 
 
 
ある人のいはく、さきのおほきおほいまうちぎみの 哥なり
 
 
 
8
 

文屋やすひで
 

二条のきさきのとう宮のみやすんどころときこえけ る時、正月三日おまへにめして、おほせごとあるあひだに、日はてりながら雪のかしら にふりかかりけるをよませ給ひける
 

春の日のひかりにあたる我なれどかしらの雪となるぞわびしき
 
 
 
9
 

きのつらゆき
 

ゆきのふりけるをよめる
 
霞たちこのめもはるの雪ふれば花なきさとも花ぞちりける
 
 
 
10
 

ふぢはらのことなほ
 

春のはじめによめる
 
はるやとき花やおそきとききわかむ鶯だにもなかずもあるかな
 
 
 
11
 

みぶのただみね
 

はるのはじめのうた
 
春きぬと人はいへどもうぐひすのなかぬかぎりはあらじとぞ思ふ
 
 
 
12
 

源まさずみ
 

寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
 
谷風にとくるこほりのひまごとにうちいづる浪や春のはつ花
 
 
 
13
 

紀とものり
 
花のかを風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる
 
 
 
14
 

大江千里
 
うぐひすの谷よりいづるこゑなくは春くることをたれかしらまし
 
 
 
15
 

在原棟梁
 
春たてど花もにほはぬ山ざとはものうかるねに鶯ぞなく
 
 
 
16
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
野辺ちかくいへゐしせればうぐひすのなくなるこゑはあさなあさなきく
 
 
 
17
 
かすがのはけふはなやきそわか草のつまもこもれり我もこもれり
 
 
 
18
 
かすがののとぶひののもりいでて見よ今いくかありてわかなつみてむ
 
 
 
19
 
み山には松の雪だにきえなくに宮こはのべのわかなつみけり
 
 
 
20
 
梓弓おしてはるさめけふふりぬあすさへふらばわかなつみてむ
 
 
 
21
 

仁和のみかどみこにおましましける時に、人にわか なたまひける御うた
 

君がため春ののにいでてわかなつむわが衣手に雪はふりつつ
 
 
 
22
 

つらゆき
 

哥たてまつれとおほせられし時よみてたてまつれる
 

かすがののわかなつみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらむ
 
 
 
23
 

在原行平朝臣
 

題しらず
 
はるのきるかすみの衣ぬきをうすみ山風にこそみだるべらなれ
 
 
 
24
 

源むねゆきの朝臣
 

寛平御時きさいの宮の哥合によめる
 
ときはなる松のみどりも春くれば今ひとしほの色まさりけり
 
 
 
25
 

つらゆき
 

哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る
 

わがせこが衣はるさめふるごとにのべのみどりぞいろまさりける
 
 
 
26
 
あをやぎのいとよりかくる春しもぞみだれて花のほころびにける
 
 
 
27
 

僧正遍昭
 

西大寺のほとりの柳をよめる
 
あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにもぬける春の柳か
 
 
 
28
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
ももちどりさへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふり行く
 
 
 
29
 
をちこちのたづきもしらぬ山なかにおぼつかなくもよぶこどりかな
 
 
 
30
 

凡河内みつね
 

かりのこゑをききてこしへまかりにける人を思ひて よめる
 

春くればかりかへるなり白雲のみちゆきぶりにことやつてまし
 
 
 
31
 

伊勢
 

帰雁をよめる
 
はるがすみたつを見すててゆくかりは花なきさとにすみやならへる
 
 
 
32
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
折りつれば袖こそにほへ梅花有りとやここにうぐひすのなく
 
 
 
33
 
色よりもかこそあはれとおもほゆれたが袖ふれしやどの梅ぞも
 
 
 
34
 
やどちかく梅の花うゑじあぢきなくまつ人のかにあやまたれけり
 
 
 
35
 
梅花たちよるばかりありしより人のとがむるかにぞしみぬる
 
 
 
36
 

東三条の左のおほいまうちぎみ
 

むめの花ををりてよめる
 
鶯の笠にぬふといふ梅花折りてかざさむおいかくるやと
 
 
 
37
 

素性法師
 

題しらず
 
よそにのみあはれとぞ見し梅花あかぬいろかは折りてなりけり
 
 
 
38
 

とものり
 

むめの花ををりて人におくりける
 
君ならで誰にか見せむ梅花色をもかをもしる人ぞしる
 
 
 
39
 

つらゆき
 

くらぶ山にてよめる
 
梅花にほふ春べはくらぶ山やみにこゆれどしるくぞ有りける
 
 
 
40
 

みつね
 

月夜に梅花ををりてと人のいひければ、をるとてよ める
 

月夜にはそれとも見えず梅花かをたづねてぞしるべかりける
 
 
 
41
 

はるのよ梅花をよめる
 
春の夜のやみはあやなし梅花色こそ見えねかやはかくるる
 
 
 
42
 

つらゆき
 

はつせにまうづるごとにやどりける人の家に、ひさ しくやどらで、ほどへてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、かくさだかになむや どりはあるといひいだして侍りければ、そこにたてりけるむめの花ををりてよめる
 

人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔のかににほひける
 
 
 
43
 

伊勢
 

水のほとりに梅花さけりけるをよめる
 
春ごとにながるる河を花と見てをられぬ水に袖やぬれなむ
 
 
 
44
 
年をへて花のかがみとなる水はちりかかるをやくもるといふらむ
 
 
 
45
 

つらゆき
 

家にありける梅花のちりけるをよめる
 
くるとあくとめかれぬものを梅花いつの人まにうつろひぬらむ
 
 
 
46
 

よみ人しらず
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
梅がかをそでにうつしてとどめてば春はすぐともかたみならまし
 
 
 
47
 

素性法師
 
ちると見てあるべきものを梅花うたてにほひのそでにとまれる
 
 
 
48
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
ちりぬともかをだにのこせ梅花こひしき時のおもひいでにせむ
 
 
 
49
 

つらゆき
 

人の家にうゑたりけるさくらの花さきはじめたりけ るを見てよめる
 

ことしより春しりそむるさくら花ちるといふ事はならはざらなむ
 
 
 
50
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
山たかみ人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我見はやさむ
 
 
 
又は、さととほみ人もすさめぬ山ざくら
 

51
 
やまざくらわが見にくれば春霞峯にもをにもたちかくしつつ
 
 
 
52
 

さきのおほきおほいまうちぎみ
 

そめどののきさきのおまへに花がめにさくらの花を ささせ給へるを見てよめる
 

年ふればよはひはおいぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし
 
 
 
53
 

在原業平朝臣
 

なぎさの院にてさくらを見てよめる
 
世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし
 
 
 
54
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
いしばしるたきなくもがな桜花たをりてもこむ見ぬ人のため
 
 
 
55
 

そせい法し
 

山のさくらを見てよめる
 
見てのみや人にかたらむさくら花てごとにをりていへづとにせむ
 
 
 
56
 

花ざかりに京を見やりてよめる
 
みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける
 
 
 
57
 

きのとものり
 

さくらの花のもとにて年のおいぬることをなげきて よめる
 

いろもかもおなじむかしにさくらめど年ふる人ぞあらたまりける
 
 
 
58
 

つらゆき
 

をれるさくらをよめる
 
たれしかもとめてをりつる春霞たちかくすらむ山のさくらを
 
 
 
59
 

哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る
 

桜花さきにけらしなあしひきの山のかひより見ゆる白雲
 
 
 
60
 

とものり
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
み吉野の山べにさけるさくら花雪かとのみぞあやまたれける
 
 
 
61
 

伊勢
 

やよひにうるふ月ありける年よみける
 
さくら花春くははれる年だにも人の心にあかれやはせぬ
 
 
 
62
 

よみ人しらず
 

さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人の きたりける時によみける
 

あだなりとなにこそたてれ桜花年にまれなる人もまちけり
 
 
 
63
 

なりひらの朝臣
 

返し
 
けふこずはあすは雪とぞふりなましきえずはありとも花と見ましや
 
 
 
64
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
ちりぬればこふれどしるしなき物をけふこそさくらをらばをりてめ
 
 
 
65
 
をりとらばをしげにもあるか桜花いざやどかりてちるまでは見む
 
 
 
66
 

きのありとも
 
さくらいろに衣はふかくそめてきむ花のちりなむのちのかたみに
 
 
 
67
 

みつね
 

さくらの花のさけりけるを見にまうできたりける人 によみておくりける
 

わがやどの花見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき
 
 
 
68
 

伊勢
 

亭子院哥合の時よめる
 
見る人もなき山ざとのさくら花ほかのちりなむのちぞさかまし
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
69
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
春霞たなびく山のさくら花うつろはむとや色かはりゆく
 
 
 
70
 
まてといふにちらでしとまる物ならばなにを桜に思ひまさまし
 
 
 
71
 
のこりなくちるぞめでたき桜花ありて世中はてのうければ
 
 
 
72
 
このさとにたびねしぬべしさくら花ちりのまがひにいへぢわすれて
 
 
 
73
 
空蝉の世にもにたるか花ざくらさくと見しまにかつちりにけり
 
 
 
74
 

これたかのみこ
 

僧正遍昭によみておくりける
 
さくら花ちらばちらなむちらずとてふるさと人のきても見なくに
 
 
 
75
 

そうく法師
 

雲林院にてさくらの花のちりけるを見てよめる
 
桜ちる花の所は春ながら雪ぞふりつつきえがてにする
 
 
 
76
 

そせい法し
 

さくらの花のちり侍りけるを見てよみける
 
花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行きてうらみむ
 
 
 
77
 

そうく法し
 

うりむゐんにてさくらの花をよめる
 
いざさくら我もちりなむひとさかりありなば人にうきめ見えなむ
 
 
 
78
 

つらゆき
 

あひしれりける人のまうできてかへりにけるのちに よみて花にさしてつかはしける
 

ひとめ見し君もやくると桜花けふはまち見てちらばちらなむ
 
 
 
79
 

山のさくらを見てよめる
 
春霞なにかくすらむ桜花ちるまをだにも見るべき物を
 
 
 
80
 

藤原よるかの朝臣
 

心地そこなひてわづらひける時に、風にあたらじと ておろしこめてのみ侍りけるあひだに、をれるさくらのちりがたになれりけるを見てよ める
 

たれこめて春のゆくへもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり
 
 
 
81
 

すがのの高世
 

東宮雅院にてさくらの花のみかは水にちりてながれ けるを見てよめる
 

枝よりもあだにちりにし花なればおちても水のあわとこそなれ
 
 
 
82
 

つらゆき
 

さくらの花のちりけるをよみける
 
ごとならばさかずやはあらぬさくら花見る我さへにしづ心なし
 
 
 
83
 

さくらのごととくちる物はなしと人のいひければよ める
 

さくら花とくちりぬともおもほえず人の心ぞ風も吹きあへぬ
 
 
 
84
 

きのとものり
 

桜の花のちるをよめる
 
久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ
 
 
 
85
 

ふぢはらのよしかぜ
 

春宮のたちはきのぢんにてさくらの花のちるをよめ る
 

春風は花のあたりをよきてふけ心づからやうつろふと見む
 
 
 
86
 

凡河内みつね
 

さくらのちるをよめる
 
雪とのみふるだにあるをさくら花いかにちれとか風の吹くらむ
 
 
 
87
 

つらゆき
 

ひえにのぼりてかへりまうできてよめる
 
山たかみみつつわがこしさくら花風は心にまかすべらなり
 
 
 
88
 

大伴くろぬし
 

題しらず
 
春雨のふるは涙かさくら花ちるををしまぬ人しなければ
 
 
 
89
 

つらゆき
 

亭子院哥合哥
 
さくら花ちりぬる風のなごりには水なきそらに浪ぞたちける
 
 
 
90
 

ならのみかどの御うた
 
ふるさととなりにしならのみやこにも色はかはらず花はさきけり
 
 
 
91
 

よしみねのむねさだ
 

はるのうたとてよめる
 
花の色はかすみにこめて見せずともかをだにぬすめ春の山かぜ
 
 
 
92
 

そせい法し
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
はなの木も今はほりうゑじ春たてばうつろふ色に人ならひけり
 
 
 
93
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
春の色のいたりいたらぬさとはあらじさけるさかざる花の見ゆらむ
 
 
 
94
 

つらゆき
 

はるのうたとてよめる
 
みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさくらむ
 
 
 
95
 

そせい
 

うりむゐんのみこのもとに、花見にきた山のほとり にまかれりける時によめる
 

いざけふは春の山辺にまじりなむくれなばなげの花のかげかは
 
 
 
96
 

はるのうたとてよめる
 
いつまでか野辺に心のあくがれむ花しちらずは千世もへぬべし
 
 
 
97
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
春ごとに花のさかりはありなめどあひ見む事はいのちなりけり
 
 
 
98
 
花のごと世のつねならばすぐしてし昔は又もかへりきなまし
 
 
 
99
 
吹く風にあつらへつくる物ならばこのひともとはよぎよといはまし
 
 
 
100
 
まつ人もこぬものゆゑにうぐひすのなきつる花ををりてけるかな
 
 
 
101
 

藤原おきかぜ
 

寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
 
さく花は千くさながらにあだなれどたれかははるをうらみはてたる
 
 
 
102
 
春霞色のちくさに見えつるはたなびく山の花のかげかも
 
 
 
103
 

ありはらのもとかた
 
霞立つ春の山べはとほけれど吹きくる風は花のかぞする
 
 
 
104
 

みつね
 

うつろへる花を見てよめる
 
花見れば心さへにぞうつりけるいろにはいでじ人もこそしれ
 
 
 
105
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
鶯のなくのべごとにきて見ればうつろふ花に風ぞふきける
 
 
 
106
 
吹く風をなきてうらみよ鶯は我やは花に手だにふれたる
 
 
 
107
 

典侍洽子朝臣
 
ちる花のなくにしとまる物ならば我鶯におとらましやは
 
 
 
108
 

藤原のちかげ
 

仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとてしける 時によみける
 

花のちることやわびしき春霞たつたの山のうぐひすのこゑ
 
 
 
109
 

そせい
 

うぐひすのなくをよめる
 
こづたへばおのがはかぜにちる花をたれにおほせてここらなくらむ
 
 
 
110
 

みつね
 

鶯の花の木にてなくをよめる
 
しるしなきねをもなくかなうぐひすのことしのみちる花ならなくに
 
 
 
111
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
こまなめていざ見にゆかむふるさとは雪とのみこそ花はちるらめ
 
 
 
112
 
ちる花をなにかうらみむ世中にわが身もともにあらむ物かは
 
 
 
113
 

小野小町
 
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
 
 
 
114
 

そせい
 

仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとしける時 によめる
 

をしと思ふ心はいとによられなむちる花ごとにぬきてとどめむ
 
 
 
115
 

つらゆき
 

しがの山ごえに女のおほくあへりけるに、よみてつ かはしける
 

あづさゆみはるの山辺をこえくれば道もさりあへず花ぞちりける
 
 
 
116
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
春ののにわかなつまむとこしものをちりかふ花にみちはまどひぬ
 
 
 
117
 

山でらにまうでたりけるによめる
 
やどりして春の山辺にねたる夜は夢の内にも花ぞちりける
 
 
 
118
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
吹く風と谷の水としなかりせばみ山がくれの花を見ましや
 
 
 
119
 

僧正遍昭
 

しがよりかへりけるをうなどもの花山にいりて ふぢの花のもとにたちよりてかへりけるに、よみておくりける
 

よそに見てかへらむ人にふぢの花はひまつはれよえだはをるとも
 
 
 
120
 

みつね
 

家にふぢの花のさけりけるを、人のたちとまりて見 けるをよめる
 

わがやどにさける藤波たちかへりすぎがてにのみ人の見るらむ
 
 
 
121
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
今もかもさきにほふらむ橘のこじまのさきの山吹の花
 
 
 
122
 
春雨ににほへる色もあかなくにかさへなつかし山吹の花
 
 
 
123
 
山ぶきはあやななさきそ花見むとうゑけむ君がこよひこなくに
 
 
 
124
 

つらゆき
 

よしの河のほとりに山ぶきのさけりけるをよめる
 

吉野河岸の山吹ふくかぜにそこの影さへうつろひにけり
 
 
 
125
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
かはづなくゐでの山吹ちりにけり花のさかりにあはまし物を
 
 
 
この哥は、ある人のいはく、たちばなのきよとも が哥なり
 
 
 
126
 

そせい
 

春の哥とてよめる
 
おもふどち春の山辺にうちむれてそこともいはぬたびねしてしか
 
 
 
127
 

みつね
 

はるのとくすぐるをよめる
 
あづさゆみ春たちしより年月のいるがごとくもおもほゆるかな
 
 
 
128
 

つらゆき
 

やよひにうぐひすのこゑのひさしうきこえざりける をよめる
 

なきとむる花しなければうぐひすもはては物うくなりぬべらなり
 
 
 
129
 

ふかやぶ
 

やよひのつごもりがたに山をこえけるに、山河より 花のながれけるをよめる
 

花ちれる水のまにまにとめくれば山には春もなくなりにけり
 
 
 
130
 

もとかた
 

はるををしみてよめる
 
をしめどもとどまらなくに春霞かへる道にしたちぬとおもへば
 
 
 
131
 

おきかぜ
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
こゑたえずなけやうぐひすひととせにふたたびとだにくべき春かは
 
 
 
132
 

みつね
 

やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女 どもを見てよめる
 

とどむべき物とはなしにはかなくもちる花ごとにたぐふこころか
 
 
 
133
 

なりひらの朝臣
 

やよひのつごもりの日あめのふりけるに、ふぢの花 ををりて人につかはしける
 

ぬれつつぞしひてをりつる年の内に春はいくかもあらじと思へば
 
 
 
134
 

みつね
 

亭子院の哥合のはるのはてのうた
 
けふのみと春をおもはぬ時だにも立つことやすき花のかげかは
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
135
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
わがやどの池の藤波さきにけり山郭公いつかきなかむ
 
 
 
このうた、ある人のいはく、かきのもとの人まろが 也
 
 
 
136
 

紀としさだ
 

う月にさけるさくらを見てよめる
 
あはれてふ事をあまたにやらじとや春におくれてひとりさくらむ
 
 
 
137
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
さ月まつ山郭公うちはぶき今もなかなむこぞのふるごゑ
 
 
 
138
 

伊勢
 
五月こばなきもふりなむ郭公まだしきほどのこゑをきかばや
 
 
 
139
 

よみ人しらず
 
さつきまつ花橘のかをかげば昔の人の袖のかぞする
 
 
 
140
 
いつのまにさ月きぬらむあしひきの山郭公今ぞなくなる
 
 
 
141
 
けさきなきいまだたびなる郭公花たちばなにやどはからなむ
 
 
 
142
 

きのとものり
 

おとは山をこえける時に郭公のなくをききてよめる
 

おとは山けさこえくれば郭公こずゑはるかに今ぞなくなる
 
 
 
143
 

そせい
 

郭公のはじめてなきけるをききてよめる
 
郭公はつこゑきけばあぢきなくぬしさだまらぬこひせらるはた
 
 
 
144
 

ならのいその神でらにて郭公のなくをよめる
 
いその神ふるき宮この郭公声ばかりこそむかしなりけれ
 
 
 
145
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
夏山になく郭公心あらば物思ふ我に声なきかせそ
 
 
 
146
 
郭公なくこゑきけばわかれにしふるさとさへぞこひしかりける
 
 
 
147
 
ほととぎすながなくさとのあまたあれば猶うとまれぬ思ふ物から
 
 
 
148
 
思ひいづるときはの山の郭公唐紅のふりいでてぞなく
 
 
 
149
 
声はして涙は見えぬ郭公わが衣手のひつをからなむ
 
 
 
150
 
あしひきの山郭公をりはへてたれかまさるとねをのみぞなく
 
 
 
151
 
今さらに山へかへるな郭公こゑのかぎりはわがやどになけ
 
 
 
152
 

みくにのまち
 
やよやまて山郭公事づてむ我世中にすみわびぬとよ
 
 
 
153
 

紀とものり
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
五月雨に物思ひをれば郭公夜ふかくなきていづちゆくらむ
 
 
 
154
 
夜やくらき道やまどへるほととぎすわがやどをしもすぎがてになく
 
 
 
155
 

大江千里
 
やどりせし花橘もかれなくになどほととぎすこゑたえぬらむ
 
 
 
156
 

きのつらゆき
 
夏の夜のふすかとすれば郭公なくひとこゑにあくるしののめ
 
 
 
157
 

みぶのただみね
 
くるるかと見ればあけぬるなつのよをあかずとやなく山郭公
 
 
 
158
 

紀秋岑
 
夏山にこひしき人やいりにけむ声ふりたててなく郭公
 
 
 
159
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
こぞの夏なきふるしてし郭公それかあらぬかこゑのかはらぬ
 
 
 
160
 

つらゆき
 

郭公のなくをききてよめる
 
五月雨のそらもとどろに郭公なにをうしとかよただなくらむ
 
 
 
161
 

みつね
 

さぶらひにてをのこどものさけたうべけるに、めし て郭公まつうたよめとありければよめる
 

ほととぎすこゑもきこえず山びこはほかになくねをこたへやはせぬ
 
 
 
162
 

つらゆき
 

山に郭公のなきけるをききてよめる
 
郭公人まつ山になくなれば我うちつけにこひまさりけり
 
 
 
163
 

ただみね
 

はやくすみける所にてほととぎすのなきけるを ききてよめる
 

むかしべや今もこひしき郭公ふるさとにしもなきてきつらむ
 
 
 
164
 

みつね
 

郭公のなきけるをききてよめる
 
郭公我とはなしに卯花のうき世中になきわたるらむ
 
 
 
165
 

僧正へんぜう
 

はちすのつゆを見てよめる
 
はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆを玉とあざむく
 
 
 
166
 

深養父
 

月のおもしろかりける夜、あかつきがたによめる
 

夏の夜はまだよひながらあけぬるを雲のいづこに月やどるらむ
 
 
 
167
 

みつね
 

となりよりとこなつの花をこひにおこせたりけれ ば、をしみてこのうたをよみてつかはしける
 

ちりをだにすゑじとぞ思ふさきしよりいもとわがぬるとこ夏のはな
 
 
 
168
 

みな月のつごもりの日よめる
 
夏と秋と行きかふそらのかよひぢはかたへすずしき風やふくらむ
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
169
 

藤原敏行朝臣
 

秋立つ日よめる
 
あききぬとめにはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる
 
 
 
170
 

つらゆき
 

秋たつ日、うへのをのこどもかものかはらにかはせ うえうしけるともにまかりてよめる
 

河風のすずしくもあるかうちよする浪とともにや秋は立つらむ
 
 
 
171
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
わがせこが衣のすそを吹き返しうらめづらしき秋のはつ風
 
 
 
172
 
きのふこそさなへとりしかいつのまにいなばそよぎて秋風の吹く
 
 
 
173
 
秋風の吹きにし日より久方のあまのかはらにたたぬ日はなし
 
 
 
174
 
久方のあまのかはらのわたしもり君わたりなばかぢかくしてよ
 
 
 
175
 
天河紅葉をはしにわたせばやたなばたつめの秋をしもまつ
 
 
 
176
 
こひこひてあふ夜はこよひあまの河きり立ちわたりあけずもあらなむ
 
 
 
177
 

とものり
 

寛平御時なぬかの夜、うへにさぶらふをのこども、 哥たてまつれとおほせられける時に、人にかはりてよめる
 

天河あさせしら浪たどりつつわたりはてねばあけぞしにける
 
 
 
178
 

藤原おきかぜ
 

おなじ御時きさいの宮の哥合のうた
 
契りけむ心ぞつらきたなばたの年にひとたびあふはあふかは
 
 
 
179
 

凡河内みつね
 

なぬかの日の夜よめる>
 
年ごとにあふとはすれどたなばたのぬるよのかずぞすくなかりける
 
 
 
180
 
織女にかしつる糸の打ちはへて年のをながくこひやわたらむ
 
 
 
181
 

そせい
 

題しらず
 
こよひこむ人にはあはじたなばたのひさしきほどにまちもこそすれ
 
 
 
182
 

源むねゆきの朝臣
 

なぬかの夜のあかつきによめる
 
今はとてわかるる時は天河わたらぬさきにそでぞひちぬる
 
 
 
183
 

みぶのただみね
 

やうかの日よめる
 
けふよりはいまこむ年のきのふをぞいつしかとのみまちわたるべき
 
 
 
184
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
このまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋はきにけり
 
 
 
185
 
おほかたの秋くるからにわが身こそかなしき物と思ひしりぬれ
 
 
 
186
 
わがためにくる秋にしもあらなくにむしのねきけばまづぞかなしき
 
 
 
187
 
物ごとに秋ぞかなしきもみぢつつうつろひゆくをかぎりと思へば
 
 
 
188
 
ひとりぬるとこは草ばにあらねども秋くるよひはつゆけかりけり
 
 
 
189
 

これさだのみこの家の哥合のうた
 
いつはとは時はわかねど秋のよぞ物思ふ事のかぎりなりける
 
 
 
190
 

みつね
 

かむなりのつぼに人人あつまりて秋のよをしむ哥よ みけるついでによめる
 

かくばかりをしと思ふ夜をいたづらにねてあかすらむ人さへぞうき
 
 
 
191
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
白雲にはねうちかはしとぶかりのかずさへ見ゆる秋のよの月
 
 
 
192
 
さ夜なかと夜はふけぬらしかりがねのきこゆるそらに月わたる見ゆ
 
 
 
193
 

大江千里
 

これさだのみこの家の哥合によめる
 
月見れはちぢに物こそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど
 
 
 
194
 

ただみね
 
久方の月の桂も秋は猶もみぢすればやてりまさるらむ
 
 
 
195
 

在原元方
 

月をよめる
 
秋の夜の月のひかりしあかければくらぶの山もこえぬべらなり
 
 
 
196
 

藤原忠房
 

人のもとにまかれりける夜、きりぎりすのなきける をききてよめる
 

蟋蟀いたくななきそ秋の夜の長き思ひは我ぞまされる
 
 
 
197
 

としゆきの朝臣
 

これさだのみこの家の哥合のうた
 
秋の夜のあくるもしらずなくむしはわがごと物やかなしかるらむ
 
 
 
198
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
あき萩も色づきぬればきりぎりすわがねぬごとやよるはかなしき
 
 
 
199
 
秋の夜はつゆこそことにさむからし草むらごとにむしのわぶれば
 
 
 
200
 
君しのぶ草にやつるるふるさとは松虫のねぞかなしかりける
 
 
 
201
 
秋ののに道もまどひぬ松虫のこゑする方にやどやからまし
 
 
 
202
 
あきののに人松虫のこゑすなり我かとゆきていざとぶらはむ
 
 
 
203
 
もみぢばのちりてつもれるわがやどに誰を松虫ここらなくらむ
 
 
 
204
 
ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬと思ふは山のかげにぞありける
 
 
 
205
 
ひぐらしのなく山里のゆふぐれは風よりほかにとふ人もなし
 
 
 
206
 

在原元方
 

はつかりをよめる
 
まつ人にあらぬ物からはつかりのけさなくこゑのめづらしきかな
 
 
 
207
 

とものり
 

これさだのみこの家の哥合のうた
 
秋風にはつかりがねぞきこゆなるたがたまづさをかけてきつらむ
 
 
 
208
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
わがかどにいなおほせどりのなくなへにけさ吹く風にかりはきにけり
 
 
 
209
 
いとはやもなきぬるかりか白露のいろどる木木ももみぢあへなくに
 
 
 
210
 
春霞かすみていにしかりがねは今ぞなくなる秋ぎりのうへに
 
 
 
211
 
夜をさむみ衣かりがねなくなへに萩のしたばもうつろひにけり
 
 
 
このうたはある人のいはく、柿本の人まろが也と
 
 
 
212
 

藤原菅根朝臣
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
秋風にこゑをほにあげてくる舟はあまのとわたるかりにぞありける
 
 
 
213
 

みつね
 

かりのなきけるをききてよめる
 
うき事を思ひつらねてかりがねのなきこそわたれ秋のよなよな
 
 
 
214
 

ただみね
 

これさだのみこの家の哥合のうた
 
山里は秋こそことにわびしけれしかのなくねにめをさましつつ
 
 
 
215
 

よみ人しらず
 
おく山に紅葉ふみわけなく鹿のこゑきく時ぞ秋は悲しき
 
 
 
216
 

題しらず
 
秋はぎにうらびれをればあしひきの山したとよみしかのなくらむ
 
 
 
217
 
秋はぎをしがらみふせてなくしかのめには見えずておとのさやけさ
 
 
 
218
 

藤原としゆきの朝臣
 

これさだのみこの家の哥合によめる
 
あきはぎの花さきにけり高砂のをのへのしかは今やなくらむ
 
 
 
219
 

みつね
 

むかしあひしりて侍りける人の、秋ののにあひて物 がたりしけるついでによめる
 

秋はぎのふるえにさける花見れば本の心はわすれざりけり
 
 
 
220
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
あきはぎのしたば色づく今よりやひとりある人のいねがてにする
 
 
 
221
 
なきわたるかりの涙やおちつらむ物思ふやどの萩のうへのつゆ
 
 
 
222
 
萩の露玉にぬかむととればけぬよし見む人は枝ながら見よ
 
 
 
ある人のいはく、この哥はならのみかどの御哥なり と
 
 
 
223
 
をりて見ばおちぞしぬべき秋はぎの枝もとををにおけるしらつゆ
 
 
 
224
 
萩が花ちるらむをののつゆしもにぬれてをゆかむさ夜はふくとも
 
 
 
225
 

文屋あさやす
 

是貞のみこの家の哥合によめる
 
秋ののにおくしらつゆは玉なれやつらぬきかくるくものいとすぢ
 
 
 
226
 

僧正へんぜう
 

題しらず
 
名にめでてをれるばかりぞをみなへし我おちにきと人にかたるな
 
 
 
227
 

ふるのいまみち
 

僧正遍昭がもとにならへまかりける時に、をとこ山 にてをみなへしを見てよめる
 

をみなへしうしと見つつぞゆきすぐるをとこ山にしたてりと思へば
 
 
 
228
 

としゆきの朝臣
 

是貞のみこの家の哥合のうた
 
秋ののにやどりはすべしをみなへし名をむつまじみたびならなくに
 
 
 
229
 

をののよし木
 

題しらず
 
をみなへしおほかるのべにやどりせばあやなくあだの名をやたちなむ
 
 
 
230
 

左のおほいまうちぎみ
 

朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
 

をみなへし秋のの風にうちなびき心ひとつをたれによすらむ
 
 
 
231
 

藤原定方朝臣
 
秋ならであふことかたきをみなへしあまのかはらにおひぬものゆゑ
 
 
 
232
 

つらゆき
 
たが秋にあらぬものゆゑをみなへしなぞ色にいでてまだきうつろふ
 
 
 
233
 

みつね
 
つまこふるしかぞなくなる女郎花おのがすむのの花としらずや
 
 
 
234
 
女郎花ふきすぎてくる秋風はめには見えねどかこそしるけれ
 
 
 
235
 

ただみね
 
人の見る事やくるしきをみなへし秋ぎりにのみたちかくるらむ
 
 
 
236
 
ひとりのみながむるよりは女郎花わがすむやどにうゑて見ましを
 
 
 
237
 

兼覧王
 

ものへまかりけるに、人の家にをみなへしうゑたり けるを見てよめる
 

をみなへしうしろめたくも見ゆるかなあれたるやどにひとりたてれば
 
 
 
238
 

平さだふん
 

寛平御時、蔵人所のをのこどもさがのに花見むとてまかりたりける時、かへるとてみな哥よみけるついでによめる
 

花にあかでなにかへるらむをみなへしおほかるのべにねなましものを
 
 
 
239
 

としゆきの朝臣
 

これさだのみこの家の哥合によめる
 
なに人かきてぬぎかけしふぢばかまくる秋ごとにのべをにほはす
 
 
 
240
 

つらゆき
 

ふぢばかまをよみて人につかはしける
 
やどりせし人のかたみかふぢばかまわすられがたきかににほひつつ
 
 
 
241
 

そせい
 

ふぢばかまをよめる
 
ぬししらぬかこそにほへれ秋ののにたがぬぎかけしふぢばかまぞも
 
 
 
242
 

平貞文
 

題しらず
 
今よりはうゑてだに見じ花すすきほにいづる秋はわびしかりけり
 
 
 
243
 

ありはらのむねやな
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
秋の野の草のたもとか花すすきほにいでてまねく袖と見ゆらむ
 
 
 
244
 

素性法師
 
我のみやあはれとおもはむきりぎりすなくゆふかげのやまとなでしこ
 
 
 
245
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける
 
 
 
246
 
ももくさの花のひもとく秋ののを思ひたはれむ人なとがめそ
 
 
 
247
 
月草に衣はすらむあさつゆにぬれてののちはうつろひぬとも
 
 
 
248
 

僧正遍昭
仁和のみかどみこにおはしましける時、ふるのた き御覧ぜむとておはしましけるみちに、遍昭がははの家にやどりたまへりける時に、 庭を秋ののにつくりて、おほむ物がたりのついでによみてたてまつりける
 

さとはあれて人はふりにしやどなれや庭もまがきも秋ののらなる
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
249
 

文屋やすひで
 

これさだのみこの家の哥合のうた
 
吹くからに秋の草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ
 
 
 
250
 
草も木も色かはれどもわたつうみの浪の花にぞ秋なかりける
 
 
 
251
 

紀よしもち
 

秋の哥合しける時によめる
 
紅葉せぬときはの山は吹く風のおとにや秋をききわたるらむ
 
 
 
252
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
霧立ちて雁ぞなくなる片岡の朝の原は紅葉しぬらむ
 
 
 
253
 
神な月時雨もいまだふらなくにかねてうつろふ神なびのもり
 
 
 
254
 
ちはやぶる神なび山のもみぢばに思ひはかけじうつろふ物を
 
 
 
255
 

藤原かちおむ
 

貞観御時、綾綺殿のまへに梅の木ありけり、にしの 方にさせりけるえだのもみぢはじめたりけるを、うへにさぶらふをのこどものよみける ついでによめる
 

おなじえをわきてこのはのうつろふは西こそ秋のはじめなりけれ
 
 
 
256
 

つらゆき
 

いしやまにまうでける時、おとは山のもみぢを見て よめる
 

秋風のふきにし日よりおとは山峯のこずゑも色づきにけり
 
 
 
257
 

としゆきの朝臣
 

これさだのみこの家の哥合によめる
 
白露の色はひとつをいかにして秋のこのはをちぢにそむらむ
 
 
 
258
 

壬生忠岑
 
秋の夜のつゆをばつゆとおきながらかりの涙やのべをそむらむ
 
 
 
259
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
あきのつゆいろいろごとにおけばこそ山のこのはのちくさなるらめ
 
 
 
260
 

つらゆき
 

もる山のほとりにてよめる
 
しらつゆも時雨もいたくもる山はしたばのこらず色づきにけり
 
 
 
261
 

在原元方
 

秋のうたとてよめる
 
雨ふれどつゆももらじをかさとりの山はいかでかもみぢそめけむ
 
 
 
262
 

つらゆき
 

神のやしろのあたりをまかりける時にいがきのうち のもみぢを見てよめる
 

ちはやぶる神のいがきにはふくずも秋にはあへずうつろひにけり
 
 
 
263
 

ただみね
 

これさだのみこの家の哥合によめる
 
あめふればかさとり山のもみぢばはゆきかふ人のそでさへぞてる
 
 
 
264
 

よみ人しらず
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
ちらねどもかねてぞをしきもみぢばは今は限の色と見つれば
 
 
 
265
 

きのとものり
 

やまとのくににまかりける時、さほ山にきりのたて りけるを見てよめる
 

たがための錦なればか秋ぎりのさほの山辺をたちかくすらむ
 
 
 
266
 

よみ人しらず
 

是貞のみこの家の哥合のうた
 
秋ぎりはけさはなたちそさほ山のははそのもみぢよそにても見む
 
 
 
267
 

坂上是則
 

秋のうたとてよめる
 
佐保山のははその色はうすけれど秋は深くもなりにけるかな
 
 
 
268
 

在原なりひらの朝臣
 

人のせんざいにきくにむすびつけてうゑけるうた
 

うゑしうゑば秋なき時やさかざらむ花こそちらめねさへかれめや
 
 
 
269
 

としゆきの朝臣
 

寛平御時きくの花をよませたまうける
 
久方の雲のうへにて見る菊はあまつほしとぞあやまたれける
 
 
 
この哥は、まだ殿上ゆるされざりける時にめしあげ られてつかうまつれるとなむ
 
 
 
270
 

きのとものり
 

これさだのみこの家の哥合のうた
 
露ながらをりてかざさむきくの花おいせぬ秋のひさしかるべく
 
 
 
271
 

大江千里
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
うゑし時花まちどほにありしきくうつろふ秋にあはむとや見し
 
 
 
272
 

すがはらの朝臣
 

おなじ御時せられけるきくあはせに、すはまをつく りて菊の花うゑたりけるにくはへたりけるうた、ふきあげのはまのかたにきくうゑたり けるによめる
 

秋風の吹きあげにたてる白菊は花かあらぬか浪のよするか
 
 
 
273
 

素性法師
 

仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる
 
ぬれてほす山ぢの菊のつゆのまにいつかちとせを我はへにけむ
 
 
 
274
 

とものり
 

菊の花のもとにて人の人まてるかたをよめる
 
花見つつ人まつ時はしろたへの袖かとのみぞあやまたれける
 
 
 
275
 

おほさはの池のかたにきくうゑたるをよめる
 
ひともとと思ひしきくをおほさはの池のそこにもたれかうゑけむ
 
 
 
276
 

つらゆき
 

世中のはかなきことを思ひけるをりにきくの花を見 てよみける
 

秋の菊にほふかぎりはかざしてむ花よりさきとしらぬわが身を
 
 
 
277
 

凡河内みつね
 

しらぎくの花をよめる
 
心あてにをらばやをらむはつしものおきまどはせる白菊の花
 
 
 
278
 

よみ人しらず
 

これさだのみこの家の哥合のうた
 
いろかはる秋のきくをばひととせにふたたびにほふ花とこそ見れ
 
 
 
279
 

平さだふん
 

仁和寺にきくのはなめしける時に、うたそへてたて まつれとおほせられければ、よみてたてまつりける
 

秋をおきて時こそ有りけれ菊の花うつろふからに色のまされば
 
 
 
280
 

つらゆき
 

人の家なりけるきくの花をうつしうゑたりけるをよ める
 

さきそめしやどしかはれば菊の花色さへにこそうつろひにけれ
 
 
 
281
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
佐保山のははそのもみぢちりぬべみよるさへ見よとてらす月影
 
 
 
282
 

藤原関雄
 

みやづかへひさしうつかうまつらで山ざとにこもり 侍りけるによめる
 

おく山のいはがきもみぢちりぬべしてる日のひかり見る時なくて
 
 
 
283
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
竜田河もみぢみだれて流るめりわたらば錦なかやたえなむ
 
 
 
この哥は、ある人、ならのみかどの御哥なりとなむ 申す
 
 
 
284
 
たつた河もみぢば流る神なびのみむろの山に時雨ふるらし
 
 
 
又は、あすかがはもみぢばながる
 

285
 
こひしくは見てもしのばむもみぢばを吹きなちらしそ山おろしのかぜ
 
 
 
286
 
秋風にあへずちりぬるもみぢばのゆくへさだめぬ我ぞかなしき
 
 
 
287
 
あきはきぬ紅葉はやどにふりしきぬ道ふみわけてとふ人はなし
 
 
 
288
 
ふみわけてさらにやとはむもみぢばのふりかくしてしみちとみながら
 
 
 
289
 
秋の月山辺さやかにてらせるはおつるもみぢのかずを見よとか
 
 
 
290
 
吹く風の色のちくさに見えつるは秋のこのはのちればなりけり
 
 
 
 
 
 
 
291
 

せきを
 
霜のたてつゆのぬきこそよわからし山の錦のおればかつちる
 
 
 
292
 

(朱書「僧正へんせうイ」)
 

うりむゐんの木のかげにたたずみてよみける
 
わび人のわきてたちよるこの本はたのむかげなくもみぢちりけり
 
 
 
293
 

そせい
 

二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風 にたつた河にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる
 

もみぢばのながれてとまるみなとには紅深き浪や立つらむ
 
 
 
294
 

なりひらの朝臣
 
ちはやぶる神世もきかず竜田河唐紅に水くくるとは
 
 
 
295
 

としゆきの朝臣
 

これさだのみこの家の哥合のうた
 
わがきつる方もしられずくらぶ山木木のこのはのちるとまがふに
 
 
 
296
 

ただみね
 
神なびのみむろの山を秋ゆけば錦たちきる心地こそすれ
 
 
 
297
 

つらゆき
 

北山に紅葉をらむとてまかれりける時によめる
 
見る人もなくてちりぬるおく山の紅葉はよるのにしきなりけり
 
 
 
298
 

かねみの王
 

秋のうた
 
竜田ひめたむくる神のあればこそ秋のこのはのぬさとちるらめ
 
 
 
299
 

つらゆき
 

をのといふ所にすみ侍りける時もみぢを見てよめる
 

秋の山紅葉をぬさとたむくればすむ我さへぞたび心ちする
 
 
 
300
 

きよはらのふかやぶ
 

神なびの山をすぎて竜田河をわたりける時に、もみ ぢのながれけるをよめる
 

神なびの山をすぎ行く秋なればたつた河にぞぬさはたむくる
 
 
 
301
 

ふぢはらのおきかぜ
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
白浪に秋のこのはのうかべるをあまのながせる舟かとぞ見る
 
 
 
302
 

坂上これのり
 

たつた河のほとりにてよめる
 
もみぢばのながれざりせば竜田河水の秋をばたれかしらまし
 
 
 
303
 

はるみちのつらき
 

しがの山ごえにてよめる
 
山河に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり
 
 
 
304
 

みつね
 

池のほとりにてもみぢのちるをよめる
 
風ふけばおつるもみぢば水きよみちらぬかげさへそこに見えつつ
 
 
 
305
 

亭子院の御屏風のゑに、河わたらむとする人のもみ ぢのちる木のもとにむまをひかへてたてるをよませたまひければつかうまつりける
 

立ちとまり見てをわたらむもみぢばは雨とふるとも水はまさらじ
 
 
 
306
 

ただみね
 

是貞のみこの家の哥合のうた
 
山田もる秋のかりいほにおくつゆはいなおほせ鳥の涙なりけり
 
 
 
307
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
ほにもいでぬ山田をもると藤衣いなばのつゆにぬれぬ日ぞなき
 
 
 
308
 
かれる田におふるひつちのほにいでぬは世を今更に秋はてぬとか
 
 
 
309
 

そせい法し
 

北山に僧正へんぜうとたけがりにまかれりけるによ める
 

もみぢばは袖にこきいれてもていでなむ秋は限と見む人のため
 
 
 
310
 

おきかぜ
 

寛平御時ふるきうたたてまつれとおほせられけれ ば、たつた河もみぢばながるといふ哥をかきて、そのおなじ心をよめりける
 

み山よりおちくる水の色見てぞ秋は限と思ひしりぬる
 
 
 
311
 

つらゆき
 

秋のはつる心をたつた河に思ひやりてよめる
 
年ごとにもみぢばながす竜田河みなとや秋のとまりなるらむ
 
 
 
312
 

なが月のつごもりの日大井にてよめる
 
ゆふづく夜をぐらの山になくしかのこゑの内にや秋はくるらむ
 
 
 
313
 

みつね
 

おなじつごもりの日よめる
 
道しらばたづねもゆかむもみぢばをぬさとたむけて秋はいにけり
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
314
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
竜田河錦おりかく神な月しぐれの雨をたてぬきにして
 
 
 
315
 

源宗于朝臣
 

冬の哥とてよめる
 
山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば
 
 
 
316
 

読人しらず
 

題しらず
 
おほぞらの月のひかりしきよければ影見し水ぞまづこほりける
 
 
 
317
 
ゆふされば衣手さむしみよしののよしのの山にみ雪ふるらし
 
 
 
318
 
今よりはつぎてふらなむわがやどのすすきおしなみふれるしら雪
 
 
 
319
 
ふる雪はかつぞけぬらしあしひきの山のたぎつせおとまさるなり
 
 
 
320
 
この河にもみぢば流るおく山の雪げの水ぞ今まさるらし
 
 
 
321
 
ふるさとはよしのの山しちかければひと日もみ雪ふらぬ日はなし
 
 
 
322
 
わがやどは雪ふりしきてみちもなしふみわけてとふ人しなければ
 
 
 
323
 

紀貫之
 

冬のうたとて
 
雪ふれば冬ごもりせる草も木も春にしられぬ花ぞさきける
 
 
 
324
 

紀あきみね
 

しがの山ごえにてよめる
 
白雪のところもわかずふりしけばいはほにもさく花とこそ見れ
 
 
 
325
 

坂上これのり
 

ならの京にまかれりける時にやどれりける所にてよ める
 

みよしのの山の白雪つもるらしふるさとさむくなりまさるなり
 
 
 
326
 

ふぢはらのおきかぜ
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
浦ちかくふりくる雪は白浪の末の松山こすかとぞ見る
 
 
 
327
 

壬生忠岑
 
みよしのの山の白雪ふみわけて入りにし人のおとづれもせぬ
 
 
 
328
 
白雪のふりてつもれる山ざとはすむ人さへや思ひきゆらむ
 
 
 
329
 

凡河内みつね
 

雪のふれるを見てよめる
 
ゆきふりて人もかよはぬみちなれやあとはかもなく思ひきゆらむ
 
 
 
330
 

きよはらのふかやぶ
 

ゆきのふりけるをよみける
 
冬ながらそらより花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらむ
 
 
 
331
 

つらゆき
 

雪の木にふりかかれりけるをよめる
 
ふゆごもり思ひかけぬをこのまより花と見るまで雪ぞふりける
 
 
 
332
 

坂上これのり
 

やまとのくににまかれりける時に、ゆきのふりける を見てよめる
 

あさぼらけありあけの月と見るまでによしののさとにふれるしらゆき
 
 
 
333
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
けぬがうへに又もふりしけ春霞たちなばみ雪まれにこそ見め
 
 
 
334
 
梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば
 
 
 
この哥は、ある人のいはく、柿本人まろが哥なり
 
 
 
335
 

小野たかむらの朝臣
 

梅花にゆきのふれるをよめる
 
花の色は雪にまじりて見えずともかをだににほへ人のしるべく
 
 
 
336
 

きのつらゆき
 

雪のうちの梅花をよめる
 
梅のかのふりおける雪にまがひせばたれかことごとわきてをらまし
 
 
 
337
 

きのとものり
 

ゆきのふりけるを見てよめる
 
雪ふれば木ごとに花ぞさきにけるいづれを梅とわきてをらまし
 
 
 
338
 

みつね
 

物へまかりける人をまちてしはすのつごもりによめ る
 

わがまたぬ年はきぬれど冬草のかれにし人はおとづれもせず
 
 
 
339
 

在原もとかた
 

年のはてによめる
 
あらたまの年のをはりになるごとに雪もわが身もふりまさりつつ
 
 
 
340
 

よみ人しらず
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
雪ふりて年のくれぬる時こそつひにもみぢぬ松も見えけれ
 
 
 
341
 

はるみちのつらき
 

年のはてによめる
 
昨日といひけふとくらしてあすかがは流れてはやき月日なりけり
 
 
 
342
 

きのつらゆき
 

哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る
 

ゆく年のをしくもあるかなますかがみ見るかげさへにくれぬと思へば
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
343
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
わが君は千世にやちよにさざれいしのいはほとなりてこけのむすまで
 
 
 
344
 
渡つ海の浜のまさごをかぞへつつ君がちとせのありかずにせむ
 
 
 
345
 
しほの山さしでのいそにすむ千鳥きみがみ世をばやちよとぞなく
 
 
 
346
 
わがよはひ君がやちよにとりそへてとどめおきては思ひいでにせよ
 
 
 
347
 

仁和の御時僧正遍昭に七十賀たまひける時の御哥
 

かくしつつとにもかくにもながらへて君がやちよにあふよしもがな
 
 
 
348
 

僧正へんぜう
 

仁和のみかどのみこにおはしましける時に、御をば のやそぢの賀にしろかねをつゑにつくれりけるを見て、かの御をばにかはりてよみける
 

ちはやぶる神やきりけむつくからにちとせの坂もこえぬべらなり
 
 
 
349
 

在原業平朝臣
 

ほりかはのおほいまうちぎみの四十賀、九条の家に てしける時によめる
 

さくら花ちりかひくもれおいらくのこむといふなる道まがふがに
 
 
 
350
 

きのこれをか
 

さだときのみこのをばのよそぢの賀を大井にてしけ る日よめる
 

亀の尾の山のいはねをとめておつるたきの白玉千世のかずかも
 
 
 
351
 

ふぢはらのおきかぜ
 

さだやすのみこのきさいの宮の五十の賀たてまつり ける御屏風に、さくらの花のちるしたに人の花見たるかたかけるをよめる
 

いたづらにすぐす月日はおもほえで花見てくらす春ぞすくなき
 
 
 
352
 

きのつらゆき
 

もとやすのみこの七十の賀のうしろの屏風によみて かきける
 

春くればやどにまづさく梅花君がちとせのかざしとぞ見る
 
 
 
353
 

そせい法し
 
いにしへにありきあらずはしらねどもちとせのためし君にはじめむ
 
 
 
354
 
ふしておもひおきてかぞふるよろづよは神ぞしるらむわがきみのため
 
 
 
355
 

在原しげはる
 

藤原三善が六十賀によみける
 
鶴亀もちとせののちはしらなくにあかぬ心にまかせはててむ
 
 
 
この哥は、ある人、在原のときはるがともいふ
 

356
 

そせい法し
 

よしみねのつねなりがよそぢの賀にむすめにかはり てよみ侍りける
 

よろづ世を松にぞ君をいはひつるちとせのかげにすまむと思へば
 
 
 
357
 

内侍のかみの右大将ふぢはらの朝臣の四十賀しける 時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた
 

かすがのにわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ
 
 
 
358
 
山たかみくもゐに見ゆるさくら花心の行きてをらぬ日ぞなき
 
 
 
359
 

 
めづらしきこゑならなくに郭公ここらの年をあかずもあるかな
 
 
 
360
 

 
住の江の松を秋風吹くからにこゑうちそふるおきつ白浪
 
 
 
361
 
千鳥なくさほの河ぎりたちぬらし山のこのはも色まさりゆく
 
 
 
362
 
秋くれど色もかはらぬときは山よそのもみぢを風ぞかしける
 
 
 
363
 

 
白雪のふりしく時はみよしのの山した風に花ぞちりける
 
 
 
364
 

典侍藤原よるかの朝臣
 

春宮のむまれたまへりける時にまゐりてよめる
 
峯たかきかすがの山にいづる日はくもる時なくてらすべらなり
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
365
 

在原行平朝臣
 

題しらず
 
立ちわかれいなばの山の峯におふる松としきかば今かへりこむ
 
 
 
366
 

よみ人しらず
 
すがるなく秋のはぎはらあさたちて旅行く人をいつとかまたむ
 
 
 
367
 
限なき雲ゐのよそにわかるとも人を心におくらさむやは
 
 
 
368
 

をののちふるがみちのくのすけにまかりける時に、 ははのよめる
 

たらちねのおやのまもりとあひそふる心ばかりはせきなとどめそ
 
 
 
369
 

きのとしさだ
 

さだときのみこの家にて、ふぢはらのきよふがあふ みのすけにまかりける時に、むまのはなむけしける夜よめる
 

けふわかれあすはあふみとおもへども夜やふけぬらむ袖のつゆけき
 
 
 
370
 

こしへまかりける人によみてつかはしける
 
かへる山ありとはきけど春霞立別れなばこひしかるべし
 
 
 
371
 

きのつらゆき
 

人のむまのはなむけにてよめる
 
をしむからこひしき物を白雲のたちなむのちはなに心地せむ
 
 
 
372
 

在原しげはる
 

ともだちの人のくにへまかりけるによめる
 
わかれてはほどをへだつとおもへばやかつ見ながらにかねてこひしき
 
 
 
373
 

いかごのあつゆき
 

あづまの方へまかりける人によみてつかはしける
 

おもへども身をしわけねばめに見えぬ心を君にたぐへてぞやる
 
 
 
374
 

なにはのよろづを
 

あふさかにて人をわかれける時によめる
 
相坂の関しまさしき物ならばあかずわかるる君をとどめよ
 
 
 
375
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
唐衣たつ日はきかじあさつゆのおきてしゆけばけぬべき物を
 
 
 
このうたは、ある人、つかさをたまはりてあたらし きめにつきて、としへてすみける人をすてて、ただあすなむたつとばかりいへりける時 に、ともかうもいはでよみてつかはしける
 
 
 
376
 

 

ひたちへまかりける時に、ふぢはらのきみとしによ みてつかはしける
 

あさなげに見べききみとしたのまねば思ひたちぬる草枕なり
 
 
 
377
 

よみ人しらず
 

きのむねさだがあづまへまかりける時に、人の家に やどりて、暁いでたつとてまかり申ししければ、女のよみていだせりける
 

えぞしらぬ今心みよいのちあらば我やわするる人やとはぬと
 
 
 
378
 

ふかやぶ
 

あひしりて侍りける人のあづまの方へまかりけるを おくるとてよめる
 

雲ゐにもかよふ心のおくれねばわかると人に見ゆばかりなり
 
 
 
379
 

よしみねのひでをか
 

とものあづまへまかりける時によめる
 
白雲のこなたかなたに立ちわかれ心をぬさとくだくたびかな
 
 
 
380
 

つらゆき
 

みちのくにへまかりける人によみてつかはしける
 

しらくものやへにかさなるをちにてもおもはむ人に心へだつな
 
 
 
381
 

人をわかれける時によみける
 
わかれてふ事はいろにもあらなくに心にしみてわびしかるらむ
 
 
 
382
 

凡河内みつね
 

あひしれりける人のこしのくににまかりて、としへ て京にまうできて、又かへりける時によめる
 

かへる山なにぞはありてあるかひはきてもとまらぬ名にこそありけれ
 
 
 
383
 

こしのくにへまかりける人によみてつかはしける
 

よそにのみこひやわたらむしら山の雪見るべくもあらぬわが身は
 
 
 
384
 

つらゆき
 

おとはの山のほとりにて人をわかるとてよめる
 
おとは山こだかくなきて郭公君が別ををしむべらなり
 
 
 
385
 

ふぢはらのかねもち
 

藤原ののちかげがからもののつかひに、なが月の つごもりがたにまかりけるに、うへのをのこどもさけたうびけるついでによめる
 

もろともになきてとどめよ蛬秋のわかれはをしくやはあらぬ
 
 
 
386
 

平もとのり
 
秋霧のともにたちいでてわかれなばはれぬ思ひに恋ひや渡らむ
 
 
 
387
 

しろめ
 

源のさねがつくしへゆあみむとてまかりけるに、山 ざきにてわかれをしみける所にてよめる
 

いのちだに心にかなふ物ならばなにか別のかなしからまし
 
 
 
388
 

源さね
 

山ざきより神なびのもりまでおくりに人人まかり て、かへりがてにしてわかれをしみけるによめる
 

人やりの道ならなくにおほかたはいきうしといひていざ帰りなむ
 
 
 
389
 

藤原かねもち
 

今はこれよりかへりねとさねがいひけるをりによみ ける
 

したはれてきにし心の身にしあれば帰るさまには道もしられず
 
 
 
390
 

つらゆき
 

藤原のこれをかがむさしのすけにまかりける時に、 おくりにあふさかをこゆとてよみける
 

かつこえてわかれもゆくかあふさかは人だのめなる名にこそありけれ
 
 
 
391
 

藤原かねすけの朝臣
 

おほえのちふるがこしへまかりけるむまのはなむけ によめる
 

君がゆくこしのしら山しらねども雪のまにまにあとはたづねむ
 
 
 
392
 

僧正遍昭
 

人の花山にまうできて、ゆふさりつかたかへりなむ としける時によめる
 

ゆふぐれのまがきは山と見えななむよるはこえじとやどりとるべく
 
 
 
393
 

幽仙法師
 

山にのぼりてかへりまうできて、人人わかれけるつ いでによめる
 

別をば山のさくらにまかせてむとめむとめじは花のまにまに
 
 
 
394
 

僧正へんぜう
 

うりむゐんのみこの舎利会に山にのぼりてかへりけ るに、さくらの花のもとにてよめる
 

山かぜにさくらふきまきみだれなむ花のまぎれにたちとまるべく
 
 
 
395
 

幽仙法師
 
ことならば君とまるべくにほはなむかへすは花のうきにやはあらぬ
 
 
 
396
 

兼芸法し
 

仁和のみかどみこにおはしましける時に、ふるのた き御覧じにおはしましてかへりたまひけるによめる
 

あかずしてわかるる涙滝にそふ水まさるとやしもは見るらむ
 
 
 
397
 

つらゆき
 

かむなりのつぼにめしたりける日、おほみきなどた うべてあめのいたくふりければ、ゆふさりまで侍りてまかりいでけるをりに、さか月を とりて
 

秋はぎの花をば雨にぬらせども君をばましてをしとこそおもへ
 
 
 
398
 

兼覧王
 

とよめりけるかへし
 
をしむらむ人の心をしらぬまに秋の時雨と身ぞふりにける
 
 
 
399
 

みつね
 

かねみのおほきみにはじめて物がたりして、わかれ ける時によめる
 

わかるれどうれしくもあるかこよひよりあひ見ぬさきになにをこひまし
 
 
 
400
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
あかずしてわかるるそでのしらたまを君がかたみとつつみてぞ行く
 
 
 
401
 
限なく思ふ涙にそほちぬる袖はかわかじあはむ日までに
 
 
 
402
 
かきくらしごとはふらなむ春雨にぬれぎぬきせて君をとどめむ
 
 
 
403
 
しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道と迷ふまでちれ
 
 
 
404
 

つらゆき
 

しがの山ごえにて、いしゐのもとにてものいひける 人のわかれけるをりによめる
 

むすぶてのしづくににごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな
 
 
 
405
 

とものり
 

みちにあへりける人のくるまにものをいひつきて、 わかれける所にてよめる
 

したのおびのみちはかたがたわかるとも行きめぐりてもあはむとぞ思ふ
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
406
 

安倍仲麿
 

もろこしにて月を見てよみける
 
あまの原ふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでし月かも
 
 
 
この哥は、むかしなかまろをもろこしにものならは しにつかはしたりけるに、あまたのとしをへてえかへりまうでこざりけるを、このくに より又つかひまかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとていでたちけるに、めいし うといふ所のうみべにてかのくにの人むまのはなむけしけり、よるになりて月のいとお もしろくさしいでたりけるを見てよめるとなむかたりつたふる
 
 
 
407
 

小野たかむらの朝臣
 

おきのくににながされける時に、舟にのりていでた つとて、京なる人のもとにつかはしける
 

わたのはらやそしまかけてこぎいでぬと人にはつげよあまのつり舟
 
 
 
408
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
都いでて今日みかの原いづみ河かは風さむし衣かせ山
 
 
 
409
 
ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれ行く舟をしぞ思ふ
 
 
 
このうたは、ある人のいはく、柿本人麿が哥也
 
 
 
410
 

在原業平朝臣
 

あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひてい きけり、みかはのくにやつはしといふ所にいたりけるに、その河のほとりにかきつばた いとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじを くのかしらにすゑてたびの心をよまむとてよめる
 

唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ
 
 
 
411
 

むさしのくにとしもつふさのくにとの中にあるすみ だ河のほとりにいたりて、みやこのいとこひしうおぼえければ、しばし河のほとりにお りゐて思ひやれば、かぎりなくとほくもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わた しもりはや舟にのれ、日くれぬといひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人も のわびしくて京におもふ人なくしもあらず、さるをりにしろきとりのはしとあしとあか き、河のほとりにあそびけり、京には見えぬとりなりければみな人見しらず、わたしも りにこれはなにとりぞととひければ、これなむみやこどりといひけるをききてよめる
 

名にしおはばいざ事とはむ宮こどりわが思ふ人はありやなしやと
 
 
 
412
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
北へ行くかりぞなくなるつれてこしかずはたらでぞかへるべらなる
 
 
 
このうたは、ある人、をとこ女もろともに人のくに へまかりけり、をとこまかりいたりてすなはち身まかりにければ、女ひとり京へかへり けるみちに、かへるかりのなきけるをききてよめるとなむいふ
 
 
 
413
 

おと
 

あづまの方より京へまうでくとて、みちにてよめる
 

山かくす春の霞ぞうらめしきいづれみやこのさかひなるらむ
 
 
 
414
 

みつね
 

こしのくにへまかりける時しら山を見てよめる
 
きえはつる時しなければこしぢなる白山の名は雪にぞありける
 
 
 
415
 

つらゆき
 

あづまへまかりける時みちにてよめる
 
いとによる物ならなくにわかれぢの心ぼそくもおもほゆるかな
 
 
 
416
 

みつね
 

かひのくにへまかりける時みちにてよめる
 
夜をさむみおくはつ霜をはらひつつ草の枕にあまたたびねぬ
 
 
 
417
 

ふぢはらのかねすけ
 

たじまのくにのゆへまかりける時に、ふたみのうら といふ所にとまりて、ゆふさりのかれいひたうべけるに、ともにありける人人のうたよ みけるついでによめる
 

ゆふづくよおぼつかなきを玉匣ふたみの浦は曙てこそ見め
 
 
 
418
 

在原なりひらの朝臣
 

これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あ まの河といふ所の河のほとりにおりゐてさけなどのみけるついでに、みこのいひけら く、かりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみて、さかづきはさせといひければよ める
 

かりくらしたなばたづめにやどからむあまのかはらに我はきにけり
 
 
 
419
 

きのありつね
 

みここのうたを返す返すよみつつ返しえせずなりに ければ、ともに侍りてよめる
 

ひととせにひとたびきます君まてばやどかす人もあらじとぞ思ふ
 
 
 
420
 

すがはらの朝臣
 

朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山に てよみける
 

このたびはぬさもとりあへずたむけ山紅葉の錦神のまにまに
 
 
 
421
 

素性法師
 
たむけにはつづりの袖もきるべきにもみぢにあける神やかへさむ
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
422
 

藤原としゆきの朝臣
 

うぐひす
 
心から花のしづくにそほちつつうくひずとのみ鳥のなくらむ
 
 
 
423
 

ほととぎす
 
くべきほどときすぎぬれやまちわびてなくなるこゑの人をとよむる
 
 
 
424
 

在原しげはる
 

うつせみ
 
浪のうつせみればたまぞみだれけるひろはばそでにはかなからむや
 
 
 
425
 

壬生忠岑
 

返し
 
たもとよりはなれて玉をつつまめやこれなむそれとうつせ見むかし
 
 
 
426
 

よみ人しらず
 

うめ
 
あなうめにつねなるべくも見えぬかなこひしかるべきかはにほひつつ
 
 
 
427
 

つらゆき
 

かにはざくら
 
かづけども浪のなかにはさぐられで風吹くごとにうきしづむたま
 
 
 
428
 

すもものはな
 
今いくか春しなければうぐひすもものはながめて思ふべらなり
 
 
 
429
 

ふかやぶ
 

からもものはな
 
あふからもものはなほこそかなしけれわかれむ事をかねて思へば
 
 
 
430
 

をののしげかげ
 

たちばな
 
葦引の山たちはなれ行く雲のやどりさだめぬ世にこそ有りけれ
 
 
 
431
 

とものり
 

をがたまの木
 
みよしののよしののたきにうかびいづるあわをかたまのきゆと見つらむ
 
 
 
432
 

よみ人しらず
 

やまがきの木
 
秋はきぬいまやまがきのきりぎりすよなよななかむ風のさむさに
 
 
 
433
 

あふひ、かつら
 
かくばかりあふ日のまれになる人をいかがつらしとおもはざるべき
 
 
 
434
 
人めゆゑのちにあふ日のはるけくはわがつらきにや思ひなされむ
 
 
 
435
 

僧正へんぜう
 

くたに
 
ちりぬればのちはあくたになる花を思ひしらずもまどふてふかな
 
 
 
436
 

つらゆき
 

さうび
 
我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり
 
 
 
437
 

とものり
 

をみなへし
 
白露を玉にぬくやとささがにの花にも葉にもいとをみなへし
 
 
 
438
 
あさ露をわけそほちつつ花見むと今ぞの山をみなへしりぬる
 
 
 
439
 

つらゆき
 

朱雀院のをみなへしあはせの時に、をみなへしとい ふいつもじをくのかしらにおきてよめる
 

をぐら山みねたちならしなくしかのへにけむ秋をしる人ぞなき
 
 
 
440
 

とものり
 

きちかうの花
 
秋ちかうのはなりにけり白露のおけるくさばも色かはりゆく
 
 
 
441
 

よみ人しらず
 

しをに
 
ふりはへていざふるさとの花見むとこしをにほひぞうつろひにける
 
 
 
442
 

とものり
 

りうたむのはな
 
わがやどの花ふみしだくとりうたむのはなければやここにしもくる
 
 
 
443
 

よみ人しらず
 

をばな
 
ありと見てたのむぞかたきうつせみの世をばなしとや思ひなしてむ
 
 
 
444
 

やたべの名実
 

けにごし
 
うちつけにこしとや花の色を見むおく白露のそむるばかりを
 
 
 
445
 

文屋やすひで
 

二条の后春宮のみやすん所と申しける時に、めどに けづり花させりけるをよませたまひける
 

花の木にあらざらめどもさきにけりふりにしこのみなるときもがな
 
 
 
446
 

きのとしさだ
 

しのぶぐさ
 
山たかみつねに嵐の吹くさとはにほひもあへず花ぞちりける
 
 
 
447
 

平あつゆき
 

やまし
 
郭公みねのくもにやまじりにしありとはきけど見るよしもなき
 
 
 
448
 

よみ人しらず
 

からはぎ
 
空蝉のからは木ごとにとどむれどたまのゆくへを見ぬぞかなしき
 
 
 
449
 

ふかやぶ
 

かはなぐさ
 
うばたまの夢になにかはなぐさまむうつつにだにもあかぬ心は
 
 
 
450
 

たかむこのとしはる
 

さがりごけ
 
花の色はただひとさかりこけれども返す返すぞつゆはそめける
 
 
 
451
 

しげはる
 

にがたけ
 
いのちとてつゆをたのむにかたければ物わびしらになくのべのむし
 
 
 
452
 

かげのりのおほきみ
 

かはたけ
 
さ夜ふけてなかばたけゆく久方の月ふきかへせ秋の山風
 
 
 
453
 

真せいほうし
 

わらび
 
煙たちもゆとも見えぬ草のはをたれかわらびとなづけそめけむ
 
 
 
454
 

きのめのと
 

ささ、まつ、びは、ばせをば
 
いさざめに時まつまにぞ日はへぬる心ばせをば人に見えつつ
 
 
 
455
 

兵衛
 

なし、なつめ、くるみ
 
あぢきなしなげきなつめそうき事にあひくる身をばすてぬものから
 
 
 
456
 

安倍清行朝臣
 

からことといふ所にて春のたちける日よめる
 
浪のおとのけさからことにきこゆるは春のしらべや改るらむ
 
 
 
457
 

兼覧王
 

いかがさき
 
かぢにあたる浪のしづくを春なればいかがさきちる花と見ざらむ
 
 
 
458
 

あほのつねみ
 

からさき
 
かの方にいつからさきにわたりけむ浪ぢはあとものこらざりけり
 
 
 
459
 

伊勢
 
浪の花おきからさきてちりくめり水の春とは風やなるらむ
 
 
 
460
 

つらゆき
 

かみやがは
 
うばたまのわがくろかみやかはるらむ鏡の影にふれるしらゆき
 
 
 
461
 

よどがは
 
あしひきの山べにをれば白雲のいかにせよとかはるる時なき
 
 
 
462
 

ただみね
 

かたの
 
夏草のうへはしげれるぬま水のゆくかたのなきわが心かな
 
 
 
463
 

源ほどこす
 

かつらのみや
 
秋くれば月のかつらのみやはなるひかりを花とちらすばかりを
 
 
 
464
 

よみ人しらず
 

百和香
 
花ごとにあかずちらしし風なればいくそばくわがうしとかは思ふ
 
 
 
465
 

しげはる
 

すみながし
 
春がすみなかしかよひぢなかりせば秋くるかりはかへらざらまし
 
 
 
466
 

みやこのよしか
 

おきび
 
流れいづる方だに見えぬ涙河おきひむ時やそこはしられむ
 
 
 
467
 

大江千里
 

ちまき
 
のちまきのおくれておふるなへなれどあだにはならぬたのみとぞきく
 
 
 
468
 

僧正聖宝
 

はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけて時のう たよめと人のいひければよみける
 

花のなかめにあくやとてわけゆけば心ぞともにちりぬべらなる
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
469
 

読人しらず
 

題しらず
 
郭公なくやさ月のあやめぐさあやめもしらぬこひもするかな
 
 
 
470
 

素性法師
 
おとにのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへずけぬべし
 
 
 
471
 

紀貫之
 
吉野河いは浪たかく行く水のはやくぞ人を思ひそめてし
 
 
 
472
 

藤原勝臣
 
白浪のあとなき方に行く舟も風ぞたよりのしるべなりける
 
 
 
473
 

在原元方
 
おとは山おとにききつつ相坂の関のこなたに年をふるかな
 
 
 
474
 
立帰りあはれとぞ思ふよそにても人に心をおきつ白浪
 
 
 
475
 

つらゆき
 
世中はかくこそ有りけれ吹く風のめに見ぬ人もこひしかりけり
 
 
 
476
 

在原業平朝臣
 

右近のむまばのひをりの日、むかひにたてたりける くるまのしたすだれより女のかほのほのかに見えければ、よむでつかはしける
 

見ずもあらず見もせぬ人のこひしくはあやなくけふやながめくらさむ
 
 
 
477
 

よみ人しらず
 

返し
 
しるしらぬなにかあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ
 
 
 
478
 

みぶのただみね
 

かすがのまつりにまかれりける時に、物見にいでた りける女のもとに、家をたづねてつかはせりける
 

かすがののゆきまをわけておひいでくる草のはつかに見えしきみはも
 
 
 
479
 

つらゆき
 

人の花つみしける所にまかりて、そこなりける人の もとに、のちによみてつかはしける
 

山ざくら霞のまよりほのかにも見てし人こそこひしかりけれ
 
 
 
480
 

もとかた
 

題しらず
 
たよりにもあらぬおもひのあやしきは心を人につくるなりけり
 
 
 
481
 

凡河内みつね
 
はつかりのはつかにこゑをききしより中ぞらにのみ物を思ふかな
 
 
 
482
 

つらゆき
 
逢ふ事はくもゐはるかになる神のおとにききつつこひ渡るかな
 
 
 
483
 

読人しらず
 
かたいとをこなたかなたによりかけてあはずはなにをたまのをにせむ
 
 
 
484
 
夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人をこふとて
 
 
 
485
 
かりこもの思ひみだれて我こふといもしるらめや人しつげずは
 
 
 
486
 
つれもなき人をやねたくしらつゆのおくとはなげきぬとはしのばむ
 
 
 
487
 
ちはやぶるかもの社のゆふだすきひと日も君をかけぬ日はなし
 
 
 
488
 
わがこひはむなしきそらにみちぬらし思ひやれどもゆく方もなし
 
 
 
489
 
するがなるたごの浦浪たたぬひはあれども君をこひぬ日ぞなき
 
 
 
490
 
ゆふづく夜さすやをかべの松のはのいつともわかぬこひもするかな
 
 
 
491
 
葦引の山した水のこがくれてたぎつ心をせきぞかねつる
 
 
 
492
 
吉野河いはきりとほし行く水のおとにはたてじこひはしぬとも
 
 
 
493
 
たきつせのなかにもよどはありてふをなどわがこひのふちせともなき
 
 
 
494
 
山高みした行く水のしたにのみ流れてこひむこひはしぬとも
 
 
 
495
 
思ひいづるときはの山のいはつつじいはねばこそあれこひしき物を
 
 
 
496
 
人しれずおもへばくるし紅のすゑつむ花のいろにいでなむ
 
 
 
497
 
秋の野のをばなにまじりさく花のいろにやこひむあふよしをなみ
 
 
 
498
 
わがそのの梅のほつえに鶯のねになきぬべきこひもするかな
 
 
 
499
 
あしひきの山郭公わがごとや君にこひつついねがてにする
 
 
 
500
 
夏なればやどにふすぶるかやり火のいつまでわが身したもえをせむ
 
 
 
501
 
恋せじとみたらし河にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも
 
 
 
502
 
あはれてふ事だになくはなにをかは恋のみだれのつかねをにせむ
 
 
 
503
 
おもふには忍ぶる事ぞまけにける色にはいでじとおもひし物を
 
 
 
504
 
わがこひを人しるらめや敷妙の枕のみこそしらばしるらめ
 
 
 
505
 
あさぢふのをののしの原しのぶとも人しるらめやいふ人なしに
 
 
 
506
 
人しれぬ思ひやなぞとあしかきのまぢかけれどもあふよしのなき
 
 
 
507
 
思ふともこふともあはむ物なれやゆふてもたゆくとくるしたひも
 
 
 
508
 
いで我を人なとがめそおほ舟のゆだのたゆだに物思ふころぞ
 
 
 
509
 
伊勢の海につりするあまのうけなれや心ひとつを定めかねつる
 
 
 
510
 
いせのうみのあまのつりなは打ちはへてくるしとのみや思ひ渡らむ
 
 
 
511
 
涙河何みなかみを尋ねけむ物思ふ時のわが身なりけり
 
 
 
512
 
たねしあればいはにも松はおひにけり恋をしこひばあはざらめやは
 
 
 
513
 
あさなあさな立つ河霧のそらにのみうきて思ひのある世なりけり
 
 
 
514
 
わすらるる時しなければあしたづの思ひみだれてねをのみぞなく
 
 
 
515
 
唐衣ひもゆふぐれになる時は返す返すぞ人はこひしき
 
 
 
516
 
よひよひに枕さだめむ方もなしいかにねし夜か夢に見えけむ
 
 
 
517
 
恋しきに命をかふる物ならばしにはやすくぞあるべかりける
 
 
 
518
 
人の身もならはし物をあはずしていざ心みむこひやしぬると
 
 
 
519
 
忍ぶれば苦しき物を人しれず思ふてふ事誰にかたらむ
 
 
 
520
 
こむ世にもはや成りななむ目の前につれなき人を昔とおもはむ
 
 
 
521
 
つれもなき人をこふとて山びこのこたへするまでなげきつるかな
 
 
 
522
 
ゆく水にかずかくよりもはかなきはおもはぬ人を思ふなりけり
 
 
 
523
 
人を思ふ心は我にあらねばや身の迷ふだにしられざるらむ
 
 
 
524
 
思ひやるさかひはるかになりやするまどふ夢ぢにあふ人のなき
 
 
 
525
 
夢の内にあひ見む事をたのみつつくらせるよひはねむ方もなし
 
 
 
526
 
こひしねとするわざならしむばたまのよるはすがらに夢に見えつつ
 
 
 
527
 
涙河枕ながるるうきねには夢もさだかに見えずぞありける
 
 
 
528
 
恋すればわが身は影と成りにけりさりとて人にそはぬ物ゆゑ
 
 
 
529
 
篝火にあらぬわが身のなぞもかく涙の河にうきてもゆらむ
 
 
 
530
 
かがり火の影となる身のわびしきは流れてしたにもゆるなりけり
 
 
 
531
 
はやきせに見るめおひせばわが袖の涙の河にうゑまし物を
 
 
 
532
 
おきへにもよらぬたまもの浪のうへにみだれてのみやこひ渡りなむ
 
 
 
533
 
あしがものさわぐ入江の白浪のしらずや人をかくこひむとは
 
 
 
534
 
人しれぬ思ひをつねにするがなるふじの山こそわが身なりけれ
 
 
 
535
 
とぶとりのこゑもきこえぬ奥山のふかき心を人はしらなむ
 
 
 
536
 
相坂のゆふつけどりもわがごとく人やこひしきねのみなくらむ
 
 
 
537
 
相坂の関にながるるいはし水いはで心に思ひこそすれ
 
 
 
538
 
うき草のうへはしげれるふちなれや深き心をしる人のなき
 
 
 
539
 
打ちわびてよばはむ声に山びこのこたへぬ山はあらじとぞ思ふ
 
 
 
540
 
心がへする物にもがかたこひはくるしき物と人にしらせむ
 
 
 
541
 
よそにしてこふればくるしいれひものおなじ心にいざむすびてむ
 
 
 
542
 
春たてばきゆる氷ののこりなく君が心は我にとけなむ
 
 
 
543
 
あけたてば蝉のをりはへなきくらしよるはほたるのもえこそわたれ
 
 
 
544
 
夏虫の身をいたづらになすこともひとつ思ひによりてなりけり
 
 
 
545
 
ゆふさればいとどひがたきわがそでに秋のつゆさへおきそはりつつ
 
 
 
546
 
いつとてもこひしからずはあらねども秋のゆふべはあやしかりけり
 
 
 
547
 
秋の田のほにこそ人をこひざらめなどか心に忘れしもせむ
 
 
 
548
 
あきのたのほのうへをてらすいなづまのひかりのまにも我やわするる
 
 
 
549
 
人めもる我かはあやな花すすきなどかほにいでてこひずしもあらむ
 
 
 
550
 
あは雪のたまればがてにくだけつつわが物思ひのしげきころかな
 
 
 
551
 
奥山の菅のねしのぎふる雪のけぬとかいはむこひのしげきに
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
552
 

小野小町
 

題しらず
 
思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを
 
 
 
553
 
うたたねに恋しきひとを見てしより夢てふ物は憑みそめてき
 
 
 
554
 
いとせめてこひしき時はむば玉のよるの衣を返してぞきる
 
 
 
555
 

素性法師
 
秋風の身にさむければつれもなき人をぞたのむくるる夜ごとに
 
 
 
556
 

あべのきよゆきの朝臣
 

しもついづもでらに人のわざしける日、真せい法し のだうしにていへりける事を哥によみてをののこまちがもとにつかはしける
 

つつめども袖にたまらぬ白玉は人を見ぬめの涙なりけり
 
 
 
557
 

こまち
 

返し
 
おろかなる涙ぞそでに玉はなす我はせきあへずたきつせなれば
 
 
 
558
 

藤原としゆきの朝臣
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
恋ひわびて打ちぬる中に行きかよふ夢のただぢはうつつならなむ
 
 
 
559
 
住の江の岸による浪よるさへやゆめのかよひぢ人めよくらむ
 
 
 
560
 

をののよしき
 
わがこひはみ山がくれの草なれやしげさまされどしる人のなき
 
 
 
561
 

紀とものり
 
よひのまもはかなく見ゆる夏虫に迷ひまされるこひもするかな
 
 
 
562
 
ゆふされば蛍よりけにもゆれどもひかり見ねばや人のつれなき
 
 
 
563
 
ささのはにおく霜よりもひとりぬるわが衣手ぞさえまさりける
 
 
 
564
 
わがやどの菊のかきねにおくしものきえかへりてぞこひしかりける
 
 
 
565
 
河のせになびくたまものみがくれて人にしられぬこひもするかな
 
 
 
566
 

みぶのただみね
 
かきくらしふる白雪のしたぎえにきえて物思ふころにもあるかな
 
 
 
567
 

藤原おきかぜ
 
君こふる涙のとこにみちぬればみをつくしとぞ我はなりぬる
 
 
 
568
 
しぬるいのちいきもやすると心見に玉のをばかりあはむといはなむ
 
 
 
569
 
わびぬればしひてわすれむと思へども夢といふ物ぞ人だのめなる
 
 
 
570
 

よみ人しらず
 
わりなくもねてもさめてもこひしきか心をいづちやらばわすれむ
 
 
 
571
 
恋しきにわびてたましひ迷ひなばむなしきからのなにやのこらむ
 
 
 
572
 

紀つらゆき
 
君こふる涙しなくは唐衣むねのあたりは色もえなまし
 
 
 
573
 

題しらず
 
世とともに流れてぞ行く涙河冬もこほらぬみなわなりけり
 
 
 
574
 
夢ぢにもつゆやおくらむよもすがらかよへる袖のひちてかわかぬ
 
 
 
575
 

そせい法し
 
はかなくて夢にも人を見つる夜は朝のとこぞおきうかりける
 
 
 
576
 

藤原ただふさ
 
いつはりの涙なりせば唐衣しのびに袖はしぼらざらまし
 
 
 
577
 

大江千里
 
ねになきてひちにしかども春さめにぬれにし袖ととはばこたへむ
 
 
 
578
 

としゆきの朝臣
 
わがごとく物やかなしき郭公時ぞともなくよただなくらむ
 
 
 
579
 

つらゆき
 
さ月山こずゑをたかみ郭公なくねそらなるこひもするかな
 
 
 
580
 

凡河内みつね
 
秋ぎりのはるる時なき心にはたちゐのそらもおもほえなくに
 
 
 
581
 

清原ふかやぶ
 
虫のごと声にたててはなかねども涙のみこそしたにながるれ
 
 
 
582
 

よみ人しらず
 

これさだのみこの家の哥合のうた
 
秋なれば山とよむまでなくしかに我おとらめやひとりぬるよは
 
 
 
583
 

つらゆき
 

題しらず
 
秋ののにみだれてさける花の色のちくさに物を思ふころかな
 
 
 
584
 

みつね
 
ひとりして物をおもへば秋のよのいなばのそよといふ人のなき
 
 
 
585
 

ふかやぶ
 
人を思ふ心はかりにあらねどもくもゐにのみもなきわたるかな
 
 
 
586
 

ただみね
 
秋風にかきなすことのこゑにさへはかなく人のこひしかるらむ
 
 
 
587
 

つらゆき
 
まこもかるよどのさは水雨ふればつねよりことにまさるわがこひ
 
 
 
588
 

やまとに侍りける人につかはしける
 
こえぬまはよしのの山のさくら花人づてにのみききわたるかな
 
 
 
589
 

やよひばかりに物のたうびける人のもとに、又人ま かりつつせうそこすとききてつかはしける
 

露ならぬ心を花におきそめて風吹くごとに物思ひぞつく
 
 
 
590
 

坂上これのり
 

題しらず
 
わがこひにくらぶの山のさくら花まなくちるともかずはまさらじ
 
 
 
591
 

むねをかのおほより
 
冬河のうへはこほれる我なれやしたにながれてこひわたるらむ
 
 
 
592
 

ただみね
 
たきつせにねざしとどめぬうき草のうきたるこひも我はするかな
 
 
 
593
 

とものり
 
よひよひにぬぎてわがぬるかり衣かけておもはぬ時のまもなし
 
 
 
594
 
あづまぢのさやの中山なかなかになにしか人を思ひそめけむ
 
 
 
595
 
しきたへの枕のしたに海はあれど人を見るめはおひずぞ有りける
 
 
 
596
 
年をへてきえぬおもひは有りながらよるのたもとは猶こほりけり
 
 
 
597
 

つらゆき
 
わがこひはしらぬ山ぢにあらなくに迷ふ心ぞわびしかりける
 
 
 
598
 
紅のふりいでつつなく涙にはたもとのみこそ色まさりけれ
 
 
 
599
 
白玉と見えし涙も年ふればから紅にうつろひにけり
 
 
 
600
 

みつね
 
夏虫をなにかいひけむ心から我も思ひにもえぬべらなり
 
 
 
601
 

ただみね
 
風ふけば峯にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か
 
 
 
602
 
月影にわが身をかふる物ならばつれなき人もあはれとや見む
 
 
 
603
 

ふかやぶ
 
こひしなばたが名はたたじ世中のつねなき物といひはなすとも
 
 
 
604
 

つらゆき
 
つのくにのなにはのあしのめもはるにしげきわがこひ人しるらめや
 
 
 
605
 
手もふれで月日へにけるしらま弓おきふしよるはいこそねられね
 
 
 
606
 
人しれぬ思ひのみこそわびしけれわが歎をば我のみぞしる
 
 
 
607
 

とものり
 
事にいでていはぬばかりぞみなせ河したにかよひてこひしきものを
 
 
 
608
 

みつね
 
君をのみ思ひねにねし夢なればわが心から見つるなりけり
 
 
 
609
 

ただみね
 
いのちにもまさりてをしくある物は見はてぬゆめのさむるなりけり
 
 
 
610
 

はるみちのつらき
 
梓弓ひけば本末わが方によるこそまされこひの心は
 
 
 
611
 

みつね
 
わがこひはゆくへもしらずはてもなし逢ふを限と思ふばかりぞ
 
 
 
612
 
我のみぞかなしかりけるひこぼしもあはですぐせる年しなければ
 
 
 
613
 

ふかやぶ
 
今ははやこひしなましをあひ見むとたのめし事ぞいのちなりける
 
 
 
614
 

みつね
 
たのめつつあはで年ふるいつはりにこりぬ心を人はしらなむ
 
 
 
615
 

とものり
 
いのちやはなにぞはつゆのあだ物をあふにしかへばをしからなくに
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
616
 

在原業平朝臣
 

やよひのついたちよりしのびに人にものらいひての ちに、雨のそほふりけるによみてつかはしける
 

おきもせずねもせでよるをあかしては春の物とてながめくらしつ
 
 
 
617
 

としゆきの朝臣
 

なりひらの朝臣の家に侍りける女のもとによみてつ かはしける
 

つれづれのながめにまさる涙河袖のみぬれてあふよしもなし
 
 
 
618
 

なりひらの朝臣
 

かの女にかはりて返しによめる
 
あさみこそ袖はひつらめ涙河身さへ流るときかばたのまむ
 
 
 
619
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
よるべなみ身をこそとほくへだてつれ心は君が影となりにき
 
 
 
620
 
いたづらに行きてはきぬるものゆゑに見まくほしさにいざなはれつつ
 
 
 
621
 
あはぬ夜のふる白雪とつもりなば我さへともにけぬべきものを
 
 
 
この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が哥也
 

622
 

なりひらの朝臣
 
秋ののにささわけしあさの袖よりもあはでこしよぞひちまさりける
 
 
 
623
 

をののこまち
 
見るめなきわが身をうらとしらねばやかれなであまのあしたゆくくる
 
 
 
624
 

源むねゆきの朝臣
 
あはずしてこよひあけなば春の日の長くや人をつらしと思はむ
 
 
 
625
 

みぶのただみね
 
有りあけのつれなく見えし別より暁ばかりうき物はなし
 
 
 
626
 

在原元方
 
逢ふ事のなぎさにしよる浪なれば怨みてのみぞ立ち帰りける
 
 
 
627
 

よみ人しらず
 
かねてより風にさきだつ浪なれや逢ふ事なきにまだき立つらむ
 
 
 
628
 

ただみね
 
みちのくに有りといふなるなとり河なきなとりてはくるしかりけり
 
 
 
629
 

みはるのありすけ
 
あやなくてまだきなきなのたつた河わたらでやまむ物ならなくに
 
 
 
630
 

もとかた
 
人はいさ我はなきなのをしければ昔も今もしらずとをいはむ
 
 
 
631
 

よみ人しらず
 
こりずまに又もなきなはたちぬべし人にくからぬ世にしすまへば
 
 
 
632
 

なりひらの朝臣
 

ひむがしの五条わたりに人をしりおきてまかりかよ ひけり、しのびなる所なりければかどよりしもえいらで、かきのくづれよりかよひける を、たびかさなりければあるじききつけて、かのみちに夜ごとに人をふせてまもらすれ ば、いきけれどえあはでのみかへりてよみてやりける
 

ひとしれぬわがかよひぢの関守はよひよひごとにうちもねななむ
 
 
 
633
 

つらゆき
 

題しらず
 
しのぶれどこひしき時はあしひきの山より月のいでてこそくれ
 
 
 
634
 

よみ人しらず
 
こひこひてまれにこよひぞ相坂のゆふつけ鳥はなかずもあらなむ
 
 
 
635
 

をののこまち
 
秋の夜も名のみなりけりあふといへば事ぞともなくあけぬるものを
 
 
 
636
 

凡河内みつね
 
ながしとも思ひぞはてぬ昔より逢ふ人からの秋のよなれば
 
 
 
637
 

よみ人しらず
 
しののめのほがらほがらとあけゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき
 
 
 
638
 

藤原国経朝臣
 
曙ぬとて今はの心つくからになどいひしらぬ思ひそふらむ
 
 
 
639
 

としゆきの朝臣
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
あけぬとてかへる道にはこきたれて雨も涙もふりそほちつつ
 
 
 
640
 

 

題しらず
 
しののめの別ををしみ我ぞまづ鳥よりさきに鳴きはじめつる
 
 
 
641
 

よみ人しらず
 
ほととぎす夢かうつつかあさつゆのおきて別れし暁のこゑ
 
 
 
642
 
玉匣あけば君がなたちぬべみ夜ふかくこしを人見けむかも
 
 
 
643
 

大江千里
 
けさはしもおきけむ方もしらざりつ思ひいづるぞきえてかなしき
 
 
 
644
 

なりひらの朝臣
 

人にあひてあしたによみてつかはしける
 
ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな
 
 
 
645
 

よみ人しらず
 

業平朝臣の伊勢のくににまかりたりける時、斎宮な りける人にいとみそかにあひて、又のあしたに人やるすべなくて思ひをりけるあひだ に、女のもとよりおこせたりける
 

きみやこし我や行きけむおもほえず夢かうつつかねてかさめてか
 
 
 
646
 

なりひらの朝臣
 

返し
 
かきくらす心のやみに迷ひにき夢うつつとは世人さだめよ
 
 
 
647
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
むばたまのやみのうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり
 
 
 
648
 
さ夜ふけてあまのと渡る月影にあかずも君をあひ見つるかな
 
 
 
649
 
君が名もわがなもたてじなにはなるみつともいふなあひきともいはじ
 
 
 
650
 
名とり河せぜのむもれ木あらはれば如何にせむとかあひ見そめけむ
 
 
 
651
 
吉野河水の心ははやくともたきのおとにはたてじとぞ思ふ
 
 
 
652
 
こひしくはしたにをおもへ紫のねずりの衣色にいづなゆめ
 
 
 
653
 

をののはるかぜ
 
花すすきほにいでてこひば名ををしみしたゆふひものむすぼほれつつ
 
 
 
654
 

よみ人しらず
 

たちばなのきよきがしのびにあひしれりける女のも とよりおこせたりける
 

思ふどちひとりひとりがこひしなばたれによそへてふぢ衣きむ
 
 
 
655
 

たちばなのきよ木
 

返し
 
なきこふる涙に袖のそほちなばぬぎかへがてらよるこそはきめ
 
 
 
656
 

こまち
 

題しらず
 
うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをよくと見るがわびしさ
 
 
 
657
 
限なき思ひのままによるもこむゆめぢをさへに人はとがめじ
 
 
 
658
 
夢ぢにはあしもやすめずかよへどもうつつにひとめ見しごとはあらず
 
 
 
  
 

659
 

よみ人しらず
 
おもへども人めづつみのたかければ河と見ながらえこそわたらね
 
 
 
660
 
たきつせのはやき心をなにしかも人めづつみのせきとどむらむ
 
 
 
661
 

きのとものり
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
紅の色にはいでじかくれぬのしたにかよひてこひはしぬとも
 
 
 
662
 

みつね
 

題しらず
 
冬の池にすむにほ鳥のつれもなくそこにかよふと人にしらすな
 
 
 
663
 
ささのはにおくはつしもの夜をさむみしみはつくとも色にいでめや
 
 
 
664
 

読人しらず
 
山しなのおとはの山のおとにだに人のしるべくわがこひめかも
 
 
 
この哥、ある人、あふみのうねめのとなむ申す
 

665
 

清原ふかやぶ
 
みつしほの流れひるまをあひがたみみるめの浦によるをこそまて
 
 
 
666
 

平貞文
 
白河のしらずともいはじそこきよみ流れて世世にすまむと思へば
 
 
 
667
 

とものり
 
したにのみこふればくるし玉のをのたえてみだれむ人なとがめそ
 
 
 
668
 
わがこひをしのびかねてはあしひきの山橘の色にいでぬべし
 
 
 
669
 

よみ人しらず
 
おほかたはわが名もみなとこぎいでなむ世をうみべたに見るめすくなし
 
 
 
670
 

平貞文
 
枕より又しる人もなきこひを涙せきあへずもらしつるかな
 
 
 
671
 

よみ人しらず
 
風ふけば浪打つ岸の松なれやねにあらはれてなきぬべらなり
 
 
 
このうたは、ある人のいはく、かきのもとの人まろ がなり
 
 
 
672
 
池にすむ名ををし鳥の水をあさみかくるとすれどあらはれにけり
 
 
 
673
 
逢ふ事は玉の緒ばかり名のたつは吉野の河のたきつせのごと
 
 
 
674
 
むらとりのたちにしわが名今更にことなしふともしるしあらめや
 
 
 
675
 
君によりわがなは花に春霞野にも山にもたちみちにけり
 
 
 
676
 

伊勢
 
しるといへば枕だにせでねし物をちりならぬなのそらにたつらむ
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
677
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
みちのくのあさかのぬまの花かつみかつ見る人にこひやわたらむ
 
 
 
678
 
あひ見ずはこひしきこともなからましおとにぞ人をきくべかりける
 
 
 
679
 

つらゆき
 
いその神ふるのなか道なかなかに見ずはこひしと思はましやは
 
 
 
680
 

ふぢはらのただゆき
 
君てへば見まれ見ずまれふじのねのめづらしげなくもゆるわがこひ
 
 
 
681
 

伊勢
 
夢にだに見ゆとは見えじあさなあさなわがおもかげにはづる身なれば
 
 
 
682
 

よみ人しらず
 
いしま行く水の白浪立ち帰りかくこそは見めあかずもあるかな
 
 
 
683
 
いせのあまのあさなゆふなにかづくてふ見るめに人をあくよしもがな
 
 
 
684
 

とものり
 
春霞たなびく山のさくら花見れどもあかぬ君にもあるかな
 
 
 
685
 

ふかやぶ
 
心をぞわりなき物と思ひぬる見る物からやこひしかるべき
 
 
 
686
 

凡河内みつね
 
かれはてむのちをばしらで夏草の深くも人のおもほゆるかな
 
 
 
687
 

よみ人しらず
 
あすかがはふちはせになる世なりとも思ひそめてむ人はわすれじ
 
 
 
688
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
思ふてふ事のはのみや秋をへて色もかはらぬ物にはあるらむ
 
 
 
689
 

題しらず
 
さむしろに衣かたしきこよひもや我をまつらむうぢのはしひめ
 
 
 
又は、うぢのたまひめ
 

690
 
君やこむ我やゆかむのいさよひにまきのいたどもささずねにけり
 
 
 
691
 

そせいほうし
 
今こむといひしばかりに長月のありあけの月をまちいでつるかな
 
 
 
692
 

よみ人しらず
 
月夜よしよよしと人につげやらばこてふににたりまたずしもあらず
 
 
 
693
 
君こずはねやへもいらじこ紫わがもとゆひにしもはおくとも
 
 
 
694
 
宮木ののもとあらのこはぎつゆをおもみ風をまつごときみをこそまて
 
 
 
695
 
あなこひし今も見てしか山がつのかきほにさける山となでしこ
 
 
 
696
 
つのくにのなにはおもはず山しろのとはにあひ見むことをのみこそ
 
 
 
697
 

つらゆき
 
しきしまややまとにはあらぬ唐衣ころもへずしてあふよしもがな
 
 
 
698
 

ふかやぶ
 
こひしとはたがなづけけむことならむしぬとぞただにいふべかりける
 
 
 
699
 

よみびとしらず
 
三吉野のおほかはのべの藤波のなみにおもはばわがこひめやは
 
 
 
700
 
かくこひむ物とは我も思ひにき心のうらぞまさしかりける
 
 
 
701
 
あまのはらふみとどろかしなる神も思ふなかをばさくるものかは
 
 
 
702
 
梓弓ひきののつづらすゑつひにわが思ふ人に事のしげけむ
 
 
 
この哥は、ある人、あめのみかどのあふみのうねめ にたまひけるとなむ申す
 
 
 
703
 
夏びきのてびきのいとをくりかへし事しげくともたえむと思ふな
 
 
 
この哥は、返しによみてたてまつりけるとなむ
 

704
 
さと人の事は夏ののしげくともかれ行くきみにあはざらめやは
 
 
 
705
 

在原業平朝臣
 

藤原敏行朝臣の、なりひらの朝臣の家なりける女を あひしりてふみつかはせりけることばに、いままうでく、あめのふりけるをなむ見わづ らひ侍るといへりけるをききて、かの女にかはりてよめりける
 

かずかずにおもひおもはずとひがたみ身をしる雨はふりぞまされる
 
 
 
706
 

よみ人しらず
 

ある女の、なりひらの朝臣をところさだめずありき すとおもひて、よみてつかはしける
 

おほぬさのひくてあまたになりぬればおもへどえこそたのまざりけれ
 
 
 
707
 

なりひらの朝臣
 

返し
 
おほぬさと名にこそたてれながれてもつひによるせはありてふものを
 
 
 
708
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
すまのあまのしほやく煙風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり
 
 
 
709
 
たまがつらはふ木あまたになりぬればたえぬ心のうれしげもなし
 
 
 
710
 
たがさとに夜がれをしてか郭公ただここにしもねたるこゑする
 
 
 
711
 
いで人は事のみぞよき月草のうつし心はいろことにして
 
 
 
712
 
いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれしからまし
 
 
 
713
 
いつはりと思ふものから今さらにたがまことをか我はたのまむ
 
 
 
714
 

素性法師
 
秋風に山のこのはのうつろへば人の心もいかがとぞ思ふ
 
 
 
715
 

とものり
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
蝉のこゑきけばかなしな夏衣うすくや人のならむと思へば
 
 
 
716
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
空蝉の世の人ごとのしげければわすれぬもののかれぬべらなり
 
 
 
717
 
あかでこそおもはむなかははなれなめそをだにのちのわすれがたみに
 
 
 
718
 
忘れなむと思ふ心のつくからに有りしよりけにまづぞこひしき
 
 
 
719
 
わすれなむ我をうらむな郭公人の秋にはあはむともせず
 
 
 
720
 
たえずゆくあすかの河のよどみなば心あるとや人のおもはむ
 
 
 
この哥、ある人のいはく、なかとみのあづま人がう た也
 
 
 
721
 
よど河のよどむと人は見るらめど流れてふかき心あるものを
 
 
 
722
 

そせい法し
 
そこひなきふちやはさわぐ山河のあさきせにこそあだなみはたて
 
 
 
723
 

よみ人しらず
 
紅のはつ花ぞめの色ふかく思ひし心我わすれめや
 
 
 
724
 

河原左大臣
 
みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれむと思ふ我ならなくに
 
 
 
725
 

よみ人しらず
 
おもふよりいかにせよとか秋風になびくあさぢの色ことになる
 
 
 
726
 
千千の色にうつろふらめどしらなくに心し秋のもみぢならねば
 
 
 
727
 

小野小町
 
あまのすむさとのしるべにあらなくに怨みむとのみ人のいふらむ
 
 
 
728
 

しもつけのをむね
 
くもり日の影としなれる我なればめにこそ見えね身をばはなれず
 
 
 
729
 

つらゆき
 
色もなき心を人にそめしよりうつろはむとはおもほえなくに
 
 
 
730
 

よみ人しらず
 
めづらしき人を見むとやしかもせぬわがしたひものとけわたるらむ
 
 
 
731
 
かげろふのそれかあらぬか春雨のふる日となればそでぞぬれぬる
 
 
 
732
 
ほり江こぐたななしを舟こぎかへりおなじ人にやこひわたりなむ
 
 
 
733
 

伊勢
 
わたつみとあれにしとこを今便にはらはばそでやあわとうきなむ
 
 
 
734
 

つらゆき
 
いにしへに猶立ち帰る心かなこひしきことに物わすれせで
 
 
 
735
 

大伴くろぬし
 

人をしのびにあひしりてあひがたくありければ、そ の家のあたりをまかりありきけるをりに、かりのなくをききてよみてつかはしける
 

思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人しるらめや
 
 
 
736
 

典侍藤原よるかの朝臣
 

右のおほいまうちぎみすまずなりにければ、かのむ かしおこせたりけるふみどもを、とりあつめて返すとてよみておくりける
 

たのめこし事のは今はかへしてむわが身ふるればおきどころなし
 
 
 
737
 

近院の右のおほいまうちぎみ
 

返し
 
今はとてかへす事のはひろひおきておのが物からかたみとや見む
 
 
 
738
 

よるかの朝臣
 

題しらず
 
たまほこの道はつねにもまどはなむ人をとふとも我かとおもはむ
 
 
 
739
 

よみ人しらず
 
まてといはばねてもゆかなむしひて行くこまのあしをれまへのたなはし
 
 
 
740
 

閑院
 

中納言源ののぼるの朝臣のあふみのすけに侍りける 時、よみてやれりける
 

相坂のゆふつけ鳥にあらばこそ君がゆききをなくなくも見め
 
 
 
741
 

伊勢
 

題しらず
 
ふるさとにあらぬ物からわがために人の心のあれて見ゆらむ
 
 
 
742
 

 
山がつのかきほにはへるあをつづら人はくれどもことづてもなし
 
 
 
743
 

さかゐのひとざね
 
おほぞらはこひしき人のかたみかは物思ふごとにながめらるらむ
 
 
 
744
 

読人しらず
 
あふまでのかたみも我はなにせむに見ても心のなぐさまなくに
 
 
 
745
 

おきかぜ
 

おやのまもりける人のむすめにいとしのびにあひて ものらいひけるあひだに、おやのよぶといひければ、いそぎかへるとてもをなむぬぎお きていりにける、そののちもをかへすとてよめる
 

あふまでのかたみとてこそとどめけめ涙に浮ぶもくづなりけり
 
 
 
746
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
かたみこそ今はあたなれこれなくはわするる時もあらましものを
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
747
 

在原業平朝臣
 

五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人に、ほ いにはあらでものいひわたりけるを、む月のとをかあまりになむほかへかくれにける、 あり所はききけれどえ物もいはで、又のとしのはる、むめの花さかりに月のおもしろか りける夜、こぞをこひてかのにしのたいにいきて、月のかたぶくまであばらなるいたじ きにふせりてよめる
 

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
 
 
 
748
 

藤原なかひらの朝臣
 

題しらず
 
花すすき我こそしたに思ひしかほにいでて人にむすばれにけり
 
 
 
749
 

藤原かねすけの朝臣
 
よそにのみきかまし物をおとは河渡るとなしに見なれそめけむ
 
 
 
750
 

凡河内みつね
 
わがごとく我をおもはむ人もがなさてもやうきと世を心見む
 
 
 
751
 

もとかた
 
久方のあまつそらにもすまなくに人はよそにぞ思ふべらなる
 
 
 
752
 

よみびとしらず
 
見ても又またも見まくのほしければなるるを人はいとふべらなり
 
 
 
753
 

きのとものり
 
雲もなくなぎたるあさの我なれやいとはれてのみ世をばへぬらむ
 
 
 
754
 

よみ人しらず
 
花がたみめならぶ人のあまたあればわすられぬらむかずならぬ身は
 
 
 
755
 
うきめのみおひて流るる浦なればかりにのみこそあまはよるらめ
 
 
 
756
 

伊勢
 
あひにあひて物思ふころのわが袖にやどる月さへぬるるかほなる
 
 
 
757
 

よみ人しらず
 
秋ならでおく白露はねざめするわがた枕のしづくなりけり
 
 
 
758
 
すまのあまのしほやき衣をさをあらみまどほにあれや君がきまさぬ
 
 
 
759
 
山しろのよどのわかごもかりにだにこぬ人たのむ我ぞはかなき
 
 
 
760
 
あひ見ねばこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ
 
 
 
761
 
暁のしぎのはねがきももはがき君がこぬ夜は我ぞかずかく
 
 
 
762
 
玉かづら今はたゆとや吹く風のおとにも人のきこえざるらむ
 
 
 
763
 
わが袖にまだき時雨のふりぬるは君が心に秋やきぬらむ
 
 
 
764
 
山の井の浅き心もおもはぬに影ばかりのみ人の見ゆらむ
 
 
 
765
 
忘草たねとらましを逢ふ事のいとかくかたき物としりせば
 
 
 
766
 
こふれども逢ふ夜のなきは忘草夢ぢにさへやおひしげるらむ
 
 
 
767
 
夢にだにあふ事かたくなりゆくは我やいをねぬ人やわするる
 
 
 
768
 

けむげい法し
 
もろこしも夢に見しかばちかかりきおもはぬ中ぞはるけかりける
 
 
 
769
 

さだののぼる
 
独のみながめふるやのつまなれば人を忍ぶの草ぞおひける
 
 
 
770
 

僧正へんぜう
 
わがやどは道もなきまであれにけりつれなき人をまつとせしまに
 
 
 
771
 
今こむといひてわかれし朝より思ひくらしのねをのみぞなく
 
 
 
772
 

よみ人しらず
 
こめやとは思ふ物からひぐらしのなくゆふぐれはたちまたれつつ
 
 
 
773
 
今しはとわびにし物をささがにの衣にかかり我をたのむる
 
 
 
774
 
いまはこじと思ふ物から忘れつつまたるる事のまだもやまぬか
 
 
 
775
 
月よにはこぬ人またるかきくもり雨もふらなむわびつつもねむ
 
 
 
776
 
うゑていにし秋田かるまで見えこねばけさはつかりのねにぞなきぬる
 
 
 
777
 
こぬ人を松ゆふぐれの秋風はいかにふけばかわびしかるらむ
 
 
 
778
 
ひさしくもなりにけるかなすみのえの松はくるしき物にぞありける
 
 
 
779
 

かねみのおほきみ
 
住の江の松ほどひさになりぬればあしたづのねになかぬ日はなし
 
 
 
780
 

伊勢
 

仲平朝臣あひしりて侍りけるを、かれ方になりにけ れば、ちちがやまとのかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける
 

みわの山いかにまち見む年ふともたづぬる人もあらじと思へば
 
 
 
781
 

雲林院のみこ
 

題しらず
 
吹きまよふ野風をさむみ秋はぎのうつりも行くか人の心の
 
 
 
782
 

をののこまち
 
今はとてわが身時雨にふりぬれば事のはさへにうつろひにけり
 
 
 
783
 

小野さだき
 

返し
 
人を思ふ心のこのはにあらばこそ風のまにまにちりもみだれめ
 
 
 
784
 

業平朝臣、きのありつねがむすめにすみけるを、 うらむることありて、しばしのあひだひるはきてゆふさりはかへりのみしければ、よ みてつかはしける
 

あま雲のよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆる物から
 
 
 
785
 

なりひらの朝臣
 

返し
 
ゆきかへりそらにのみしてふる事はわがゐる山の風はやみなり
 
 
 
786
 

かげのりのおほきみ
 

題しらず
 
唐衣なれば身にこそまつはれめかけてのみやはこひむと思ひし
 
 
 
787
 

とものり
 
秋風は身をわけてしもふかなくに人の心のそらになるらむ
 
 
 
788
 

源宗于朝臣
 
つれもなくなりゆく人の事のはぞ秋よりさきのもみぢなりける
 
 
 
789
 

兵衛
 

心地そこなへりけるころ、あひしりて侍りける人の とはで、ここちおこたりてのちとぶらへりければ、よみてつかはしける
 

しでの山ふもとを見てぞかへりにしつらき人よりまづこえじとて
 
 
 
790
 

こまちがあね
 

あひしれりける人の、やうやくかれがたになりける あひだに、やけたるちのはにふみをさしてつかはせりける
 

時すぎてかれゆくをののあさぢには今は思ひぞたえずもえける
 
 
 
791
 

伊勢
 

物おもひけるころ、ものへまかりけるみちに野火の もえけるを見てよめる
 

冬がれののべとわが身を思ひせばもえても春をまたまし物を
 
 
 
792
 

とものり
 

題しらず
 
水のあわのきえてうき身といひながら流れて猶もたのまるるかな
 
 
 
793
 

よみ人しらず
 
みなせ河有りて行く水なくはこそつひにわが身をたえぬと思はめ
 
 
 
794
 

みつね
 
吉野河よしや人こそつらからめはやくいひてし事はわすれじ
 
 
 
795
 

よみ人しらず
 
世中の人の心は花ぞめのうつろひやすき色にぞありける
 
 
 
796
 
心こそうたてにくけれそめざらばうつろふ事もをしからましや
 
 
 
797
 

小野小町
 
色見えでうつろふ物は世中の人の心の花にぞ有りける
 
 
 
798
 

よみ人しらず
 
我のみや世をうくひずとなきわびむ人の心の花とちりなば
 
 
 
799
 

そせい法し
 
思ふともかれなむ人をいかがせむあかずちりぬる花とこそ見め
 
 
 
800
 

よみ人しらず
 
今はとて君がかれなばわがやどの花をばひとり見てやしのばむ
 
 
 
801
 

むねゆきの朝臣
 
忘草かれもやするとつれもなき人の心にしもはおかなむ
 
 
 
802
 

そせい法し
 

寛平御時御屏風に哥かかせ給ひける時、よみてかき ける
 

忘草なにをかたねと思ひしはつれなき人の心なりけり
 
 
 
803
 

題しらず
 
秋の田のいねてふ事もかけなくに何をうしとか人のかるらむ
 
 
 
804
 

きのつらゆき
 
はつかりのなきこそわたれ世中の人の心の秋しうければ
 
 
 
805
 

よみ人しらず
 
あはれともうしとも物を思ふ時などか涙のいとなかるらむ
 
 
 
806
 
身をうしと思ふにきえぬ物なればかくてもへぬるよにこそ有りけれ
 
 
 
807
 

典侍藤原直子朝臣
 
あまのかるもにすむむしの我からとねをこそなかめ世をばうら見じ
 
 
 
808
 

いなば
 
あひ見ぬもうきもわが身のから衣思ひしらずもとくるひもかな
 
 
 
809
 

すがののただおむ
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
つれなきを今はこひじとおもへども心よわくもおつる涙か
 
 
 
810
 

伊勢
 

題しらず
 
人しれずたえなましかばわびつつもなき名ぞとだにいはましものを
 
 
 
811
 

よみ人しらず
 
それをだに思ふ事とてわがやどを見きとないひそ人のきかくに
 
 
 
812
 
逢ふ事のもはらたえぬる時にこそ人のこひしきこともしりけれ
 
 
 
813
 
わびはつる時さへ物の悲しきはいづこをしのぶ涙なるらむ
 
 
 
814
 

藤原おきかぜ
 
怨みてもなきてもいはむ方ぞなきかがみに見ゆる影ならずして
 
 
 
815
 

よみ人しらず
 
夕されば人なきとこを打ちはらひなげかむためとなれるわがみか
 
 
 
816
 
わたつみのわが身こす浪立ち返りあまのすむてふうらみつるかな
 
 
 
817
 
あらを田をあらすきかへしかへしても人の心を見てこそやまめ
 
 
 
818
 
有そ海の浜のまさごとたのめしは忘るる事のかずにぞ有りける
 
 
 
819
 
葦辺より雲ゐをさして行く雁のいやとほざかるわが身かなしも
 
 
 
820
 
しぐれつつもみづるよりも事のはの心の秋にあふぞわびしき
 
 
 
821
 
秋風のふきとふきぬるむさしのはなべて草ばの色かはりけり
 
 
 
822
 

小町
 
あきかぜにあふたのみこそかなしけれわが身むなしくなりぬと思へば
 
 
 
823
 

平貞文
 
秋風の吹きうらがへすくずのはのうらみても猶うらめしきかな
 
 
 
824
 

よみ人しらず
 
あきといへばよそにぞききしあだ人の我をふるせる名にこそ有りけれ
 
 
 
825
 
わすらるる身をうぢはしの中たえて人もかよはぬ年ぞへにける
 
 
 
又は、こなたかなたに人もかよはず
 

826
 

坂上これのり
 
あふ事をながらのはしのながらへてこひ渡るまに年ぞへにける
 
 
 
827
 

とものり
 
うきながらけぬるあわともなりななむ流れてとだにたのまれぬ身は
 
 
 
828
 

読人しらず
 
流れては妹背の山のなかにおつるよしのの河のよしや世中
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
829
 

小町たかむらの朝臣
 

いもうとの身まかりける時よみける
 
なく涙雨とふらなむわたり河水まさりなばかへりくるがに
 
 
 
830
 

そせい法し
 

さきのおほきおほいまうちぎみを、しらかはのあた りにおくりける夜よめる
 

ちの涙おちてぞたぎつ白河は君が世までの名にこそ有りけれ
 
 
 
831
 

僧都勝延
 

ほりかはのおほきおほいまうち君、身まかりにける 時に、深草の山にをさめてけるのちによみける
 

空蝉はからを見つつもなぐさめつ深草の山煙だにたて
 
 
 
832
 

かむつけのみねを
 
ふかくさののべの桜し心あらばことしばかりはすみぞめにさけ
 
 
 
833
 

きのとものり
 

藤原敏行朝臣の身まかりにける時によみてかの家に つかはしける
 

ねても見ゆねでも見えけりおほかたは空蝉の世ぞ夢には有りける
 
 
 
834
 

紀つらゆき
 

あひしれりける人の身まかりにければよめる
 
夢とこそいふべかりけれ世中にうつつある物と思ひけるかな
 
 
 
835
 

みぶのただみね
 

あひしれりける人のみまかりにける時によめる
 
ぬるがうちに見るをのみやは夢といはむはかなき世をもうつつとはみ ず
 
 
 
836
 

あねの身まかりにける時によめる
 
せをせけばふちとなりてもよどみけりわかれをとむるしがらみぞなき
 
 
 
837
 

閑院
 

藤原忠房がむかしあひしりて侍りける人の身まかり にける時に、とぶらひにつかはすとてよめる
 

さきだたぬくいのやちたびかなしきはながるる水のかへりこぬなり
 
 
 
838
 

つらゆき
 

きのとものりが身まかりにける時よめる
 
あすしらぬわが身とおもへどくれぬまのけふは人こそかなしかりけれ
 
 
 
839
 

ただみね
 
時しもあれ秋やは人のわかるべきあるを見るだにこひしきものを
 
 
 
840
 

凡河内みつね
 

ははがおもひにてよめる
 
神な月時雨にぬるるもみぢばはただわび人のたもとなりけり
 
 
 
841
 

ただみね
 

ちちがおもひにてよめる
 
ふぢ衣はつるるいとはわび人の涙の玉のをとぞなりける
 
 
 
842
 

つらゆき
 

おもひに侍りけるとしの秋、山でらへまかりけるみ ちにてよめる
 

あさ露のおくての山田かりそめにうき世中を思ひぬるかな
 
 
 
843
 

おもひに侍りける人をとぶらひにまかりてよめる
 

すみぞめの君がたもとは雲なれやたえず涙の雨とのみふる
 
 
 
844
 

よみ人しらず
 

女のおやのおもひにて山でらに侍りけるを、ある人 のとぶらひつかはせりければ、返事によめる
 

あしひきの山べに今はすみぞめの衣の袖はひる時もなし
 
 
 
845
 

たかむらの朝臣
 

諒闇の年池のほとりの花を見てよめる
 
水のおもにしづく花の色さやかにも君がみかげのおもほゆるかな
 
 
 
846
 

文屋やすひで
 

深草のみかどの御国忌の日よめる
 
草ふかき霞の谷に影かくしてるひのくれしけふにやはあらぬ
 
 
 
847
 

僧正偏昭
 

ふかくさのみかどの御時に、蔵人頭にてよるひるな れつかうまつりけるを、諒闇になりにければ、さらに世にもまじらずしてひえの山にの ぼりてかしらおろしてけり、その又のとし、みなひと御ぶくぬぎて、あるはかうぶりた まはりなどよろこびけるをききてよめる
 

みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ
 
 
 
848
 

近院右のおほいまうちぎみ
 

河原のおほいまうちぎみの身まかりての秋、かの家 のほとりをまかりけるに、もみぢのいろまだふかくもならざりけるを見てよみていれた りける
 

うちつけにさびしくもあるかもみぢばもぬしなきやどは色なかりけり
 
 
 
849
 

つらゆき
 

藤原たかつねの朝臣の身まかりての又のとしの夏、 ほととぎすのなきけるをききてよめる
 

郭公けさなくこゑにおどろけば君を別れし時にぞありける
 
 
 
850
 

きのもちゆき
 

さくらをうゑてありけるに、やうやく花さきぬべき 時に、かのうゑける人身まかりにければ、その花を見てよめる
 

花よりも人こそあだになりにけれいづれをさきにこひむとか見し
 
 
 
851
 

つらゆき
 

あるじ身まかりにける人の家の梅花を見てよめる
 

色もかも昔のこさににほへどもうゑけむ人の影ぞこひしき
 
 
 
852
 

河原の左のおほいまうちぎみの身まかりてののち、 かの家にまかりてありけるに、しほがもといふ所のさまをつくれりけるを見てよめる
 
君まさで煙たえにししほがまの浦さびしくも見え渡るかな
 
 
 
853
 

みはるのありすけ
 

藤原のとしもとの朝臣の右近中将にてすみ侍りける ざうしの、身まかりてのち人もすまずなりにけるを、秋の夜ふけてものよりまうできけ るついでに見いれければ、もとありしせんざいもいとしげくあれたりけるを見て、はや くそこに侍りければむかしを思ひやりてよみける
 

きみがうゑしひとむらすすき虫のねのしげきのべともなりにけるかな
 
 
 
854
 

とものり
 

これたかのみこの、ちちの侍りけむ時によめりけむ うたどもとこひければ、かきておくりけるおくによみてかけりける
 

ことならば事のはさへもきえななむ見れば涙のたぎまさりけり
 
 
 
855
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
なき人のやどにかよはば郭公かけてねにのみなくとつげなむ
 
 
 
856
 
誰見よと花さけるらむ白雲のたつのとはやくなりにし物を
 
 
 
857
 

式部卿のみこ閑院の五のみこにすみわたりけるを、 いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこすみける帳のかたびらのひも にふみをゆひつけたりけるをとりて見れば、むかしのてにてこのうたをなむかきつけた りける
 

かずかずに我をわすれぬ物ならば山の霞をあはれとは見よ
 
 
 
858
 

よみ人しらず
 

をとこの人のくににまかれりけるまに、女にはかに やまひをして、いとよわくなりにける時よみおきて身まかりにける
 

こゑをだにきかでわかるるたまよりもなきとこにねむ君ぞかなしき
 
 
 
859
 

大江千里
 

やまひにわづらひ侍りける秋、心地のたのもしげな くおぼえければよみて人のもとにつかはしける
 

もみぢばを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり
 
 
 
860
 

藤原これもと
 

身まかりなむとてよめる
 
つゆをなどあだなる物と思ひけむわが身も草におかぬばかりを
 
 
 
861
 

なりひらの朝臣
 

やまひしてよわくなりにける時よめる
 
つひにゆくみちとはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしを
 
 
 
862
 

在原しげはる
 

かひのくににあひしりて侍りける人とぶらはむとて まかりけるを、みち中にてにはかにやまひをして、いまいまとなりにければ、よみて京 にもてまかりて母に見せよといひて、人につけ侍りけるうた
 

かりそめのゆきかひぢとぞ思ひこし今はかぎりのかどでなりけり
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
863
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
わがうへに露ぞおくなるあまの河をわたる舟のかいのしづくか
 
 
 
864
 
思ふどちまとゐせる夜は唐錦たたまくをしき物にぞありける
 
 
 
865
 
うれしきをなににつつまむ唐衣たもとゆたかにたてといはましを
 
 
 
866
 
限なき君がためにとをる花はときしもわかぬ物にぞ有りける
 
 
 
ある人のいはく、この哥はさきのおほいまうち君の 也
 
 
 
867
 
紫のひともとゆゑにむさしのの草はみながらあはれとぞ見る
 
 
 
868
 

なりひらの朝臣
 

めのおとうとをもて侍りける人に、うへのきぬをお くるとてよみてやりける
 

紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける
 
 
 
869
 

近院右のおほいまうちぎみ
 

大納言ふぢはらのくにつねの朝臣の、宰相より中納 言になりける時、そめぬうへのきぬあやをおくるとてよめる
 

色なしと人や見るらむ昔よりふかき心にそめてしものを
 
 
 
870
 

ふるのいまみち
 

いそのかみのなむまつが宮づかへもせでいその神と いふ所にこもり侍りけるを、にはかにかうぶりたまはれりければ、よろこびいひつか はすとてよみてつかはしける
 

日のひかりやぶしわかねばいその神ふりにしさとに花もさきけり
 
 
 
871
 

なりひらの朝臣
 

二条のきさきのまだ東宮のみやすんどころと申しけ る時に、おほはらのにまうでたまひける日よめる
 

おほはらやをしほの山もけふこそは神世の事も思ひいづらめ
 
 
 
872
 

よしみねのむねさだ
 

五節のまひひめを見てよめる
 
あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよをとめのすがたしばしとどめむ
 
 
 
873
 

河原の左のおほいまうちぎみ
 

五せちのあしたにかむざしのたまのおちたりけるを 見て、たがならむととぶらひてよめる
 

ぬしやたれとへどしら玉いはなくにさらばなべてやあはれとおもはむ
 
 
 
874
 

としゆきの朝臣
 

寛平御時うへのさぶらひに侍りけるをのこども、か めをもたせてきさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを、 くら人どもわらひて、かめをおまへにもていでてともかくもいはずなりにければ、つか ひのかへりきて、さなむありつるといひければ、くら人のなかにおくりける
 

玉だれのこがめやいづらこよろぎのいその浪わけおきにいでにけり
 
 
 
875
 

けむげいほうし
 

女どもの見てわらひければよめる
 
かたちこそみ山がくれのくち木なれ心は花になさばなりなむ
 
 
 
876
 

きのとものり
 

方たがへに人の家にまかれりける時に、あるじのき ぬをきせたりけるを、あしたにかへすとてよみける
 

蝉のはのよるの衣はうすけれどうつりがこくもにほひぬるかな
 
 
 
877
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
おそくいづる月にもあるかな葦引の山のあなたもをしむべらなり
 
 
 
878
 
わが心なぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月を見て
 
 
 
879
 

なりひらの朝臣
 
おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの
 
 
 
880
 

きのつらゆき
 

月おもしろしとて凡河内躬恒がまうできたりけるに よめる
 

かつ見ればうとくもあるかな月影のいたらぬさともあらじと思へば
 
 
 
881
 

池に月の見えけるをよめる
 
ふたつなき物と思ひしをみなそこに山のはならでいづる月かげ
 
 
 
882
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
あまの河雲のみをにてはやければひかりとどめず月ぞながるる
 
 
 
883
 
あかずして月のかくるる山本はあなたおもてぞこひしかりける
 
 
 
884
 

なりひらの朝臣
 

これたかのみこのかりしけるともにまかりて、やど りにかへりて夜ひとよさけをのみ、物がたりをしけるに、十一日の月もかくれなむとし けるをりに、みこゑひてうちへいりなむとしければよみ侍りける
 

あかなくにまだきも月のかくるるか山のはにげていれずもあらなむ
 
 
 
885
 

あま敬信
 

田むらのみかどの御時に、斎院に侍りけるあきらけ いこのみこを、ははあやまちありといひて斎院をかへられむとしけるを、そのことやみ にければよめる
 

おほぞらをてりゆく月しきよければ雲かくせどもひかりけなくに
 
 
 
886
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
いその神ふるからをののもとかしは本の心はわすられなくに
 
 
 
887
 
いにしへの野中のし水ぬるけれど本の心をしる人ぞくむ
 
 
 
888
 
いにしへのしづのをだまきいやしきもよきもさかりは有りし物なり
 
 
 
889
 
今こそあれ我も昔はをとこ山さかゆく時も有りこしものを
 
 
 
890
 
世中にふりぬる物はつのくにのながらのはしと我となりけり
 
 
 
891
 
ささのはにふりつむ雪のうれをおもみ本くだちゆくわがさかりはも
 
 
 
892
 
おほあらきのもりのした草おいぬれば駒もすさめずかる人もなし
 
 
 
又は、さくらあさのをふのしたくさおいぬれば
 

893
 
かぞふればとまらぬ物を年といひてことしはいたくおいぞしにける
 
 
 
894
 
おしてるやなにはの水にやくしほのからくも我はおいにけるかな
 
 
 
又は、おほとものみつのはまべに
 

895
 
おいらくのこむとしりせばかどさしてなしとこたへてあはざらましを
 
 
 
このみつの哥は、昔ありけるみたりのおきなのよめ るとなむ
 
 
 
896
 
さかさまに年もゆかなむとりもあへずすぐるよはひやともにかへると
 
 
 
897
 
とりとむる物にしあらねば年月をあはれあなうとすぐしつるかな
 
 
 
898
 
とどめあへずむべもとしとはいはれけりしかもつれなくすぐるよはひ か
 
 
 
899
 
鏡山いざ立ちよりて見てゆかむ年へぬる身はおいやしぬると
 
 
 
この哥は、ある人のいはく、おほとものくろぬしが 也
 
 
 
900
 

業平朝臣のははのみこ長岡にすみ侍りける時に、な りひら宮づかへすとて、時時もえまかりとぶらはず侍りければ、しはすばかりにははの みこのもとより、とみの事とてふみをもてまうできたり、あけて見ればことばはなくて ありけるうた
 

老いぬればさらぬ別もありといへばいよいよ見まくほしき君かな
 
 
 
901
 

なりひらの朝臣
 

返し
 
世中にさらぬ別のなくもがな千世もとなげく人のこのため
 
 
 
902
 

在原むねやな
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
白雪のやへふりしけるかへる山かへるがへるもおいにけるかな
 
 
 
903
 

としゆきの朝臣
 

おなじ御時のうへのさぶらひにてをのこどもにおほ みきたまひて、おほみあそびありけるついでにつかうまつれる
 

おいぬとてなどかわが身をせめきけむおいずはけふにあはましものか
 
 
 
904
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞあはれとは思ふ年のへぬれば
 
 
 
905
 
我見てもひさしく成りぬ住の江の岸の姫松いくよへぬらむ
 
 
 
906
 
住吉の岸のひめ松人ならばいく世かへしととはましものを
 
 
 
907
 
梓弓いそべのこ松たが世にかよろづ世かねてたねをまきけむ
 
 
 
この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が也
 
 
 
908
 
かくしつつ世をやつくさむ高砂のをのへにたてる松ならなくに
 
 
 
909
 

藤原おきかぜ
 
誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
 
 
 
910
 

よみ人しらず
 
わたつ海のおきつしほあひにうかぶあわのきえぬ物からよる方もなし
 
 
 
911
 
わたつ海のかざしにさせる白砂の浪もてゆへる淡路しま山
 
 
 
912
 
わたの原よせくる浪のしばしばも見まくのほしき玉津島かも
 
 
 
913
 
なにはがたしほみちくらしあま衣たみのの島にたづなき渡る
 
 
 
914
 

藤原ただふさ
 

貫之がいづみのくにに侍りける時に、やまとよりこ えまうできてよみてつかはしける
 

君を思ひおきつのはまになくたづの尋ねくればぞありとだにきく
 
 
 
915
 

つらゆき
 

返し
 
おきつ浪たかしのはまの浜松の名にこそ君をまちわたりつれ
 
 
 
916
 

なにはにまかれりける時よめる
 
なにはがたおふるたまもをかりそめのあまとぞ我はなりぬべらなる
 
 
 
917
 

みぶのただみね
 

あひしれりける人の住吉にまうでけるによみてつか はしける
 

すみよしとあまはつぐともながゐすな人忘草おふといふなり
 
 
 
918
 

つらゆき
 

なにはへまかりける時、たみののしまにて雨にあひ てよめる
 

あめによりたみのの島をけふゆけど名にはかくれぬ物にぞ有りける
 
 
 
919
 

法皇にし河おはしましたりける日、つるすにたてり といふことを題にてよませたまひける
 

あしたづのたてる河辺を吹く風によせてかへらぬ浪かとぞ見る
 
 
 
920
 

伊勢
 

中務のみこの家の池に舟をつくりておろしはじめて あそびける日、法皇御覧じにおはしましたりけり、ゆふさりつかたかへりおはしまさむ としけるをりによみてたてまつりける
 

水のうへにうかべる舟の君ならばここぞとまりといはまし物を
 
 
 
921
 

真せいほうし
 

からことといふ所にてよめる
 
宮こまでひびきかよへるからことは浪のをすげて風ぞひきける
 
 
 
922
 

在原行平朝臣
 

ぬのびきのたきにてよめる
 
こきちらす滝の白玉ひろひおきて世のうき時の涙にぞかる
 
 
 
923
 

なりひらの朝諏
 

布引の滝の本にて人人あつまりて哥よみける時によ める
 

ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせばきに
 
 
 
924
 

承均法師
 

よしののたきを見てよめる
 
たがためにひきてさらせるぬのなれや世をへて見れどとる人もなき
 
 
 
925
 

神たい法し
 

題しらず
 
きよたきのせぜのしらいとくりためて山わけ衣おりてきましを
 
 
 
926
 

伊勢
 

竜門にまうでてたきのもとにてよめる
 
たちぬはぬきぬきし人もなき物をなに山姫のぬのさらすらむ
 
 
 
927
 

たちばなのながもり
 

朱雀院のみかどぬのびきのたき御覧ぜむとてふん月 のなぬかの日あはしましてありける時に、さぶらふ人人に哥よませたまひけるによめる
 

ぬしなくてさらせるぬのをたなばたにわが心とやけふはかさまし
 
 
 
928
 

ただみね
 

ひえの山なるおとはのたきを見てよめる
 
おちたぎつたきのみなかみとしつもりおいにけらしなくろきすぢなし
 
 
 
929
 

みつね
 

おなじたきをよめる
 
風ふけど所もさらぬ白雲はよをへておつる水にぞ有りける
 
 
 
930
 

三条の町
 

田むらの御時に女房のさぶらひにて御屏風のゑ御覧 じけるに、たきおちたりける所おもしろし、これを題にてうたよめとさぶらふ人におほ せられければよめる
 

おもひせく心の内のたきなれやおつとは見れどおとのきこえぬ
 
 
 
931
 

つらゆき
 

屏風のゑなる花をよめる
 
さきそめし時よりのちはうちはへて世は春なれや色のつねなる
 
 
 
932
 

坂上これのり
 

屏風のゑによみあはせてかきける
 
かりてほす山田のいねのきたれてなきこそわたれ秋のうければ
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
933
 

読人しらず
 

題しらず
 
世中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふはせになる
 
 
 
934
 
いく世しもあらじわが身をなぞもかくあまのかるもに思ひみだるる
 
 
 
935
 
雁のくる峯の朝霧はれずのみ思ひつきせぬ世中のうさ
 
 
 
936
 

小野たかむらの朝臣
 
しかりとてそむかれなくに事しあればまづなげかれぬあなう世中
 
 
 
937
 

をののさだき
 

かひのかみに侍りける時、京へまかりのぼりける人 につかはしける
 

宮こ人いかがととはば山たかみはれぬくもゐにわぶとこたへよ
 
 
 
938
 

小野小町
 

文屋のやすひでみかはのぞうになりて、あがた見に はえいでたたじやといひやれりける返事によめる
 

わびぬれば身をうき草のねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ
 
 
 
939
 

題しらず
 
あはれてふ事こそうたて世中を思ひはなれぬほだしなりけれ
 
 
 
940
 

よみ人しらず
 
あはれてふ事のはごとにおくつゆは昔をこふる涙なりけり
 
 
 
941
 
世中のうきもつらきもつげなくにまづしる物はなみだなりけり
 
 
 
942
 
世中は夢かうつつかうつつとも夢ともしらず有りてなければ
 
 
 
943
 
よのなかにいづらわが身のありてなしあはれとやいはむあなうとやい はむ
 
 
 
944
 
山里は物の惨慄き事こそあれ世のうきよりはすみよかりけり
 
 
 
945
 

これたかのみこ
 
白雲のたえずたなびく岑にだにすめばすみぬる世にこそ有りけれ
 
 
 
946
 

ふるのいまみち
 
しりにけむききてもいとへ世中は浪のさわぎに風ぞしくめる
 
 
 
947
 

そせい
 
いづこにか世をばいとはむ心こそのにも山にもまどふべらなれ
 
 
 
948
 

よみ人しらず
 
世中は昔よりやはうかりけむわが身ひとつのためになれるか
 
 
 
949
 
世中をいとふ山べの草木とやあなうの花の色にいでにけむ
 
 
 
950
 
みよしのの山のあなたにやどもがな世のうき時のかくれがにせむ
 
 
 
951
 
世にふればうさこそまされみよしののいはのかけみちふみならしてむ
 
 
 
952
 
いかならむ巌の中にすまばかは世のうき事のきこえこざらむ
 
 
 
953
 
葦引の山のまにまにかくれなむうき世中はあるかひもなし
 
 
 
954
 
世中のうけくにあきぬ奥山のこのはにふれる雪やけなまし
 
 
 
955
 

もののべのよしな
 

おなじもじなきうた
 
よのうきめ見えぬ山ぢへいらむにはおもふ人こそほだしなりけれ
 
 
 
956
 

凡河内みつね
 

山のほうしのもとへつかはしける
 
世をすてて山にいる人山にても猶うき時はいづちゆくらむ
 
 
 
957
 

物思ひける時、いときなきこを見てよめる
 
今更になにおひいづらむ竹のこのうきふししげき世とはしらずや
 
 
 
958
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
世にふれば事のはしげきくれ竹のうきふしごとに鶯ぞなく
 
 
 
959
 
木にもあらず草にもあらぬ竹のよのはしにわが身はなりぬべらなり
 
 
 
ある人のいはく、高津のみこの哥也
 

960
 
わが身からうき世中となづけつつ人のためさへかなしかるらむ
 
 
 
961
 

たかむらの朝臣
 

おきのくににながされて侍りける時によめる
 
思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは
 
 
 
962
 

在原行平朝臣
 

田むらの御時に、事にあたりてつのくにのすまとい ふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける
 

わくらばにとふ人あらばすまの浦にもしほたれつつわぶとこたへよ
 
 
 
963
 

をののはるかぜ
 

左近将監とけて侍りける時に、女のとぶらひにおこ せたりける返事によみてつかはしける
 

あまびこのおとづれじとぞ今は思ふ我か人かと身をたどるよに
 
 
 
964
 

平さだふん
 

つかさとけて侍りける時よめる
 
うき世にはかどさせりとも見えなくになどかわが身のいでがてにする
 
 
 
965
 
有りはてぬいのちまつまのほどばかりうきことしげくおもはずもがな
 
 
 
966
 

みやぢのきよき
 

みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮づかへつかう まつらずとてとけて侍りける時によめる
 

つくばねのこの本ごとに立ちぞよる春のみ山のかげをこひつつ
 
 
 
967
 

清原深養父
 

時なりける人の、にはかに時なくなりてなげくを 見て、みづからのなげきもなくよろこびもなきことを思ひてよめる
 

ひかりなき谷には春もよそなればさきてとくちる物思ひもなし
 
 
 
968
 

伊勢
 

かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へり ける御返事にたてまつれりける
 

久方の中におひたるさとなればひかりをのみぞたのむべらなる
 
 
 
969
 

なりひらの朝臣
 

紀のとしさだが阿波のすけにまかりける時に、むま のはなむけせむとて、けふといひおくれりける時に、ここかしこにまかりありきて夜ふ くるまで見えざりければつかはしける
 

今ぞしるくるしき物と人またむさとをばかれずとふべかりけり
 
 
 
970
 

惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、かしらお ろしてをのといふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、ひえの山 のふもとなりければ雪いとふかかりけり、しひてかのむろにまかりいたりてをがみける に、つれづれとしていと物がなしくて、かへりまうできてよみておくりける
 

わすれては夢かとぞ思ふおもひきや雪ふみわけて君を見むとは
 
 
 
971
 

深草のさとにすみ侍りて京へまうでくとて、そこな りける人によみておくりける
 

年をへてすみこしさとをいでていなばいとど深草のとやなりなむ
 
 
 
972
 

よみ人しらず
 

返し
 
野とならばうづらとなきて年はへむかりにだにやは君がこざらむ
 
 
 
973
 

題しらず
 
我を君なにはの浦に有りしかばうきめをみつのあまとなりにき
 
 
 
この哥は、ある人、むかしをとこありけるをうな の、をとことはずなりにければ、なにはなるみつのてらにまかりてあまになりて、よみ てをとこにつかはせりけるとなむいへる
 
 
 
974
 

返し
 
なにはがたうらむべきまもおもほえずいづこを見つのあまとかはなる
 
 
 
975
 
今更にとふべき人もおもほえずやへむぐらしてかどさせりてへ
 
 
 
976
 

みつね
 

ともだちのひさしうまうでこざりけるもとによみ てつかはしける
 

水のおもにおふるさ月のうき草のうき事あれやねをたえてこぬ
 
 
 
977
 

人をとはでひさしうありけるをりにあひうらみけれ ばよめる
 

身をすててゆきやしにけむ思ふより外なる物は心なりけり
 
 
 
978
 

むねをかのおほよりがこしよりまうできたりける時 に、雪のふりけるを見て、おのがおもひはこのゆきのごとくなむつもれるといひけるを りによめる
 

君が思ひ雪とつもらばたのまれず春よりのちはあらじとおもへば
 
 
 
979
 

宗岳大頼
 

返し
 
君をのみ思ひこしぢのしら山はいつかは雪のきゆる時ある
 
 
 
980
 

きのつらゆき
 

こしなりける人につかはしける
 
思ひやるこしの白山しらねどもひと夜も夢にこえぬよぞなき
 
 
 
981
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
いざここにわが世はへなむ菅原や伏見の里のあれまくもをし
 
 
 
982
 
わがいほはみわの山もとこひしくはとぶらひきませすぎたてるかど
 
 
 
983
 

きせんほうし
 
わがいほは宮このたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり
 
 
 
984
 

よみ人しらず
 
あれにけりあはれいくよのやどなれやすみけむ人のおとづれもせぬ
 
 
 
985
 

よしみねのむねさだ
 

ならへまかりける時に、あれたる家に女の琴ひきけ るをききてよみていれたりける
 

わびびとのすむべきやどと見るなへに歎きくははることのねぞする
 
 
 
986
 

二条
 

はつせにまうづる道に、ならの京にやどれりける時 よめる
 

人ふるすさとをいとひてこしかどもならの宮こもうきななりけり
 
 
 
987
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
世中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞやどとさだむる
 
 
 
988
 
相坂の嵐のかぜはさむけれどゆくへしらねばわびつつぞぬる
 
 
 
989
 
風のうへにありかさだめぬちりの身はゆくへもしらずなりぬべらなり
 
 
 
990
 

伊勢
 

家をうりてよめる
 
あすかがはふちにもあらぬわがやどもせにかはりゆく物にぞ有りける
 
 
 
991
 

きのとものり
 

つくしに侍りける時にまかりかよひつつごうちける 人のもとに、京にかへりまうできてつかはしける
 

ふるさとは見しごともあらずをののえのくちし所ぞこひしかりける
 
 
 
992
 

みちのく
 

女ともだちと物がたりしてわかれてのちにつかはし ける
 

あかざり袖のなかにやいりにけむわがたましひのなき心ちする
 
 
 
993
 

ふぢはらのただふさ
 

寛平御時にもろこしのはう官にめされて侍りける時 に、東宮のさぶらひにてをのこどもさけたうべけるついでによみ侍りける
 

なよ竹のよながきうへにはつしものおきゐて物を思ふころかな
 
 
 
994
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
風ふけばおきつ白浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ
 
 
 
ある人、この哥は、むかしやまとのくになりける人 のむすめに、ある人すみわたりけり、この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひ だに、このをとこかうちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆき けり、さりけれどもつらげなるけしきも見えで、かふちへいくごとにをとこの心のごと くにしつついだしやりければ、あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたが ひて、月のおもしろかりける夜かふちへいくまねにて、せんざいのなかにかくれて見け れば、夜ふくるまでことをかきならしつつうちなげきて、この哥をよみてねにければ、 これをききてそれより又ほかへもまからずなりにけりとなむいひつたへたる
 
 
 
995
 
たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく
 
 
 
996
 
わすられむ時しのべとぞ浜千鳥ゆくへもしらぬあとをとどむる
 
 
 
997
 

文屋ありすゑ
 

貞観御時、万葉集はいつばかりつくれるぞととはせ 給ひければよみてたてまつりける
 

神な月時雨ふりおけるならのはのなにおふ宮のふることぞこれ
 
 
 
998
 

大江千里
 

寛平御時哥たてまつりけるついでにたてまつりける
 

あしたづのひとりおくれてなくこゑは雲のうへまできこえつがなむ
 
 
 
999
 

ふぢはらのかちおむ
 
ひとしれず思ふ心は春霞たちいでてきみがめにも見えなむ
 
 
 
1000
 

伊勢
 

哥めしける時にたてまつるとてよみて、おくに かきつけてたてまつりける
 

山河のおとにのみきくももしきをはやながら見るよしもがな
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
 
 
短哥
 
 
 
1001
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
あふことのまれなるいろにおもひそめわが身はつねにあまぐものはるる時なくふじのねのもえつつとはにおもへどもあふことかたしなにしかも人をうらみむわたつみのおきをふかめておもひてしおもひはいまはいたづらになりぬべらなりゆく水のたゆる時なくかくなわにおもひみだれてふるゆきの けなばけぬべく おもへども えぶの身なればなほやまずおもひはふかしあしひきの山した水のこがくれてたぎつ心をたれにかもあひかたらはむいろにいでば人しりぬべみすみぞめのゆふべになればひとりゐてあはれあはれとなげきあまりせむすべなみににはにいでてたちやすらへばしろたへの衣のそでにおくつゆのけなばけぬべくおもへどもなほなげかれぬはるがすみよそにも人にあはむとおもへば
 
 
 
1002
 

ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながう た
 

ちはやぶる神のみよよりくれ竹の世世にもたえずあまびこのおとはの山の はるがすみ思ひみだれてさみだれのそらもとどろにさよふけて山ほととぎすなくごとにたれもねざめてからにしきたつたの山のもみぢばを見てのみしのぶ神な月しぐれしぐれて冬の夜の庭もはだれにふるゆきの猶きえかへり年ごとに時につけつつあはれてふことをいひつつきみをのみちよにといはふ世の人のおもひするがのふじのねのもゆる思ひもあかずしてわかるるなみだ藤衣おれる心もやちくさのことのはごとにすべらぎのおほせかしこみまきまきの中につくすといせの海のうらのしほがひひろひあつめとれりとすれどたまのをのみじかき心思ひあへず猶あらたまの年をへて大宮にのみひさかたのひるよるわかずつかふとてかへりみもせぬわがよどのしのぶぐさおふるいたまあらみふる春さめのもりやしぬらむ
 
 
 
1003
 

壬生忠岑
 

ふるうたにくはへてたてまつれるながうた
 
くれ竹の世世のふることなかりせばいかほのぬまのいかにして思ふ心をのばへましあはれむかしべありきてふ人まろこそはうれしけれ身はしもながらことのはをあまつそらまできこえあげすゑのよまでのあととなし今もおほせのくだれるはちりにつげとやちりの身につもれる事をとはるらむこれをおもへばけだもののくもにほえけむ心地してちぢのなさけもおもほえずひとつ心ぞほこらしきかくはあれどもてるひかりちかきまもりの身なりしをたれかは秋のくる方にあざむきいでてみかきよりとのへもる身のみかきもりをさをさしくもおもほえずここのかさねのなかにてはあらしの風もきかざりき今はの山しちかければ春は霞にたなびかれ夏はうつせみなきくらし秋は時雨に袖をかし冬はしもにぞせめらるるかかるわびしき身ながらにつもれるとしをしるせればいつつのむつになりにけりこれにそはれるわたくしのおいのかずさへやよければ身はいやしくて年たかきことのくるしさかくしつつながらのはしのながらへてなにはのうらにたつ浪の浪のしわにやおぼほれむさすがにいのちをしければこしのくになるしら山のかしらはしろくなりぬともおとはのたきのおとにきくおいずしなずのくすりがも君がやちよをわかえつつ見む
 
 
 
1004
 
君が世にあふさか山のいはし水こがくれたりと思ひけるかな
 
 
 
1005
 

凡河内躬恒
 

冬のなかうた
 
ちはやぶら神な月とやけさよりはくもりもあへずはつ時雨紅葉とともにふるさとのよしのの山の山あらしもさむく日ごとになりゆけばたまのをとけてこきちらしあられみだれてしも氷いやかたまれるにはのおもにむらむら見ゆる冬草のうへにふりしく白雪のつもりつもりてあらたまのとしをあまたもすぐしつるかな
 
 
 
1006
 

伊勢
 

七条のきさきうせたまひにけるのちによみける
 
おきつなみあれのみまさる宮のうちはとしへてすみしいせのあまも舟ながしたる心地してよらむ方なくかなしきに涙の色のくれなゐは我らがなかの時雨にて秋のもみぢと人人はおのがちりぢりわかれなばたのむかげなくなりはててとまる物とは花すすききみなき庭にむれたちてそらをまねかばはつかりのなき渡りつつよそにこそ見め
 
 
 
 
 
旋頭哥
 
 
 
1007
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
うちわたすをち方人に物まうすわれそのそこにしろくさけるはなにの花ぞも
 
 
 
1008
 

返し
 
春さればのべにまづさく見れどあかぬ花まひなしにただなのるべき花のななれや
 
 
 
1009
 

題しらず
 
はつせ河ふるかはのべにふたもとあるすぎ年をへて又もあひ見むふたもとあるすぎ
 
 
 
1010
 

つらゆき
 
きみがさすみかさの山のもみぢばのいろ神な月しぐれのあめのそめるなりけり
 
 
 
 
 
俳諧哥
 
 
 
1011
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
梅花見にこそきつれ鶯の人く人くといとひしもをる
 
 
 
1012
 

素性法師
 
山吹の花色衣ぬしやたれとへどこたへずくちなしにして
 
 
 
1013
 

藤原敏行朝臣
 
いくばくの田をつくればか郭公しでのたをさをあさなあさなよぶ
 
 
 
1014
 

藤原かねすけの朝臣
 

七月六日たなばたの心をよみける
 
いつしかとまたく心をはぎにあげてあまのかはらをけふやわたらむ
 
 
 
1015
 

凡河内みつね
 

題しらず
 
むつごともまだつきなくにあけぬめりいづらは秋のながしてふよは
 
 
 
1016
 

僧正へんぜう
 
秋ののになまめきたてるをみなへしあなかしかまし花もひと時
 
 
 
1017
 

よみ人しらず
 
あきくればのべにたはるる女郎花いづれの人かつまで見るべき
 
 
 
1018
 
秋ぎりのはれてくもればをみなへし花のすがたぞ見えかくれする
 
 
 
1019
 
花と見てをらむとすればをみなへしうたたあるさまの名にこそ有りけれ
 
 
 
1020
 

在原むねやな
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
秋風にほころびぬらしふぢばかまつづりさせてふ蟋蟀なく
 
 
 
1021
 

清原ふかやぶ
 

あすはるたたむとしける日、となりの家のかたより 風の雪をふきこしけるを見て、そのとなりへよみてつかはしける
 

冬ながら春の隣のちかければなかがきよりぞ花はちりける
 
 
 
1022
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
いその神ふりにしこひの神さびてたたるに我はいぞねかねつる
 
 
 
1023
 
枕よりあとよりこひのせめくればせむ方なみぞとこなかにをる
 
 
 
1024
 
こひしきが方も方こそ有りときけたてれをれどもなき心ちかな
 
 
 
1025
 
ありぬやと心見がてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞこひしき
 
 
 
1026
 
みみなしの山のくちなしえてしかな思ひの色のしたぞめにせむ
 
 
 
1027
 
葦引の山田のそほづおのれさへ我をほしてふうれはしきこと
 
 
 
1028
 

きのめのと
 
ふじのねのならぬおもひにもえばもえ神だにけたぬむなしけぶりを
 
 
 
1029
 

きのありとも
 
あひ見まく星はかずなく有りながら人に月なみ迷ひこそすれ
 
 
 
1030
 

小野小町
 
人にあはむ月のなきには思ひおきてむねはしり火に心やけをり
 
 
 
1031
 

藤原おきかぜ
 

寛平御時きさいの宮の哥合のうた
 
春霞たなびくのべのわかなにもなり見てしかな人もつむやと
 
 
 
1032
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
おもへども猶うとまれぬ春霞かからぬ山もあらじとおもへば
 
 
 
1033
 

平貞文
 
春の野のしげき草ばのつまごひにとびたつきじのほろろとぞなく
 
 
 
1034
 

きのよしひと
 
秋ののにつまなきしかの年をへてなぞわがこひのかひよとぞなく
 
 
 
1035
 

みつね
 
蝉の羽のひとへにうすき夏衣なればよりなむ物にやはあらぬ
 
 
 
1036
 

ただみね
 
かくれぬのしたよりおふるねぬなはのねぬなはたてじくるないとひそ
 
 
 
1037
 

よみ人しらず
 
ことならば思はずとやはいひはてぬなぞ世中のたまだすきなる
 
 
 
1038
 
おもふてふ人の心のくまごとににたちかくれつつ見るよしもがな
 
 
 
1039
 
思へどもおもはずとのみいふなればいなやおもはじ思ふかひなし
 
 
 
1040
 
我をのみ思ふといはばあるべきをいでや心はおほぬさにして
 
 
 
1041
 
われを思ふ人をおもはぬむくいにやわが思ふ人の我をおもはぬ
 
 
 
1042
 

ふかやぶ
 
思ひけむ人をぞともにおもはましまさしやむくいなかりけりやは
 
 
 
1043
 

よみ人しらず
 
いでてゆかむ人をとどめむよしなきにとなりの方にはなもひぬかな
 
 
 
1044
 
紅にそめし心もたのまれず人をあくにはうつるてふなり
 
 
 
1045
 
いとはるるわが身ははるのこまなれやのがひがてらにはなちすてつゝ
 
 
 
1046
 
鶯のこぞのやどりのふるすとや我には人のつれなかるらむ
 
 
 
1047
 
さかしらに夏は人まねささのはのさやぐしもよをわがひとりぬる
 
 
 
1048
 

平中興
 
逢ふ事の今ははつかになりぬれば夜ふかからでは月なかりけり
 
 
 
1049
 

左のおほいまうちぎみ
 
もろこしのよしのの山にこもるともおくれむと思ふ我ならなくに
 
 
 
1050
 

なかき
 
雲はれぬあさまの山のあさましや人の心を見てこそやまめ
 
 
 
1051
 

伊勢
 
なにはなるながらのはしもつくるなり今はわが身をなににたとへむ
 
 
 
1052
 

よみ人しらず
 
まめなれどなにぞはよけくかるかやのみだれてあれどあしけくもなし
 
 
 
1053
 

おきかぜ
 
なにかその名の立つ事のをしからむしりてまどふは我ひとりかは
 
 
 
1054
 

くそ
 

いとこなりけるをとこによそへて人のいひければ
 

よそながらわが身にいとのよるといへばただいつはりにすぐばかりなり
 
 
 
1055
 

さぬき
 

題しらず
 
ねぎ事をさのみききけむやしろこそはてはなげきのもりとなるらめ
 
 
 
1056
 

大輔
 
なげきこる山としたかくなりぬればつらづゑのみぞまづつかれける
 
 
 
1057
 

よみ人しらず
 
なげきをばこりのみつみてあしひきの山のかひなくなりぬべらなり
 
 
 
1058
 
人こふる事をおもにとになひもてあふごなきこそわびしかりけれ
 
 
 
1059
 
よひのまにいでていりぬるみか月のわれて物思ふころにもあるかな
 
 
 
1060
 
そゑにとてとすればかかりかくすればあないひしらずあふさきるさに
 
 
 
1061
 
世中のうきたびごとに身をなげばふかき谷こそあさくなりなめ
 
 
 
1062
 

在原元方
 
よのなかはいかにくるしと思ふらむここらの人にうらみらるれば
 
 
 
1063
 

よみ人しらず
 
なにをして身のいたづらにおいぬらむ年のおもはむ事ぞやさしき
 
 
 
1064
 

おきかぜ
 
身はすてつ心をだにもはふらさじつひにはいかがなるとしるべく
 
 
 
1065
 

千さと
 
白雪の友にわが身はふりぬれど心はきえぬ物にぞありける
 
 
 
1066
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
梅花さきてののちの身なればやすき物とのみ人のいふらむ
 
 
 
1067
 

みつね
 

法星にし河におはしましたりける日、さる山のかひ にさけぶといふことを題にてよませたまうける
 

わびしらにましらななきそあしひきの山のかひあるけふにやはあらぬ
 
 
 
1068
 

よみ人しらず
 

題しらず
 
世をいとひこのもとごとにたちよりてうつぶしぞめのあさのきぬなり
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
1069
 

おほなのびのうた
 
あたらしき年の始にかくしこそちとせをかねてたのしきをつめ
 
 
 
日本紀には、つかへまつらめよろづよまでに
 

1070
 

ふるきやまとまひのうた
 
しもとゆふかづらき山にふる雪のまなく時なくおもほゆるかな
 
 
 
1071
 

あふみぶり
 
近江よりあさたちくればうねののにたづぞなくなるあけぬこのよは
 
 
 
1072
 

みづくきぶり
 
水くきのをかのやかたにいもとあれとねてのあさけのしものふりはも
 
 
 
1073
 

しはつ山ぶり
 
しはつ山うちいでて見ればかさゆひのしまこぎかくるたななしをぶね
 
 
 
 
 
神あそびのうた
 
 
 
1074
 

とりもののうた
 
神がきのみむろの山のさかきばは神のみまへにしげりあひにけり
 
 
 
1075
 
しもやたびおけどかれせぬさかきばのたちさかゆべき神のきねかも
 
 
 
1076
 
まきもくのあなしの山の山人と人も見るがに山かづらせよ
 
 
 
1077
 
み山にはあられふるらしとやまなるまさきのかづらいろづきにけり
 
 
 
1078
 
みちのくのあだちのまゆみわがひかばすゑさへよりこしのびしのびに
 
 
 
1079
 
わがかどのいたゐのし水さととほみ人しくまねばみくさおひにけり
 
 
 
1080
 

ひるめのうた
 
ささのくまひのくま河にこまとめてしばし水かへかげをだに見む
 
 
 
1081
 

かへしもののうた
 
あをやぎをかたいとによりて鶯のぬふてふ笠は梅の花がさ
 
 
 
1082
 
まがねふくきびの中山おびにせるほそたに河のおとのさやけさ
 
 
 
この哥は、承和の御べのきびのくにの哥
 

1083
 
美作やくめのさら山さらさらにわがなはたてじよろづよまでに
 
 
 
これは、みづのをの御べのみまさかのくにのうた
 
 
 
1084
 
みののくに関のふぢ河たえずして君につかへむよろづよまでに
 
 
 
これは、元慶の御べのみののうた
 

1085
 
きみが世は限もあらじながはまのまさごのかずはよみつくすとも
 
 
 
これは、仁和の御べのいせのくにの哥
 

1086
 

大伴くろぬし
 
近江のやかがみの山をたてたればかねてぞ見ゆる君がちとせは
 
 
 
これは、今上の御べのあふみのうた
 
 
 

東哥
 
 
 
1087
 

みちのくのうた
 
あぶくまに霧立ちくもりあけぬとも君をばやらじまてばすべなし
 
 
 
1088
 
みちのくはいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも
 
 
 
1089
 
わがせこを宮こにやりてしほがまのまがきのしまの松ぞこひしき
 
 
 
1090
 
をぐろさきみつのこじまの人ならば宮このつとにいざといはましを
 
 
 
1091
 
みさぶらひみかさと申せ宮木ののこのしたつゆはあめにまされり
 
 
 
1092
 
もがみ河のぼればくだるいな舟のいなにはあらずこの月ばかり
 
 
 
1093
 
君をおきてあだし心をわがもたばすゑの松山浪もこえなむ
 
 
 
1094
 

さがみうた
 
こよろぎのいそたちならしいそなつむめざしぬらすなおきにをれ浪
 
 
 
1095
 

ひたちうた
 
つくばねのこのもかのもに影はあれど君がみかげにますかげはなし
 
 
 
1096
 
つくばねの峯のもみぢばおちつもりしるもしらぬもなべてかなしも
 
 
 
1097
 

かひうた
 
かひがねをさやにも見しがけけれなくよこほりふせるさやの中山
 
 
 
1098
 
かひがねをねこし山こし吹く風を人にもがもや事づてやらむ
 
 
 
1099
 

伊勢うた
 
をふのうらにかたえさしおほひなるなしのなりもならずもねてかたら はむ
 
 
 
1100
 

藤原敏行朝臣
 

冬の賀茂のまつりのうた
 
ちはやぶるかものやしろのひめこまつよろづ世ふともいろはかはらじ
 
 
 
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
 

 
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
 
 
巻第十物名部
 
 
 
1101
 

ひぐらし
 
そま人は宮木ひくらしあしひきの山の山びこよびとよむなり
 
 
 
在郭公下、空蝉上
 

1102
 

勝臣
 
かけりてもなにをかたまのきても見むからはほのほとなりにしものを
 
 
 
をがたまの木、友則下
 

1103
 

つらゆき
 

くれのおも
 
こし時とこひつつをればゆふぐれのおもかげにのみ見えわたるかな
 
 
 
忍草、利貞下
 

1104
 

をののこまち
 

おきのゐ、みやこじま
 
おきのゐて身をやくよりもかなしきは宮こしまべのわかれなりけり
 
 
 
から事、清行下
 

1105
 

あやもち
 

そめどの、あはた
 
うきめをばよそめとのみぞのがれゆく雲のあはたつ山のふもとに
 
 
 
このうた、水の尾のみかどのそめどのよりあはたへ うつりたまうける時によめる 桂宮下
 
 
 
 
 
巻第十一
 
 
 
1106
 

奥菅の根しのぎふる雪、下
 
けふ人をこふる心は大井河ながるる水におとらざりけり
 
 
 
1107
 
わぎもこにあふさか山のしのすすきほにはいでずもこひわたるかな
 
 
 
 
 
巻第十三
 
 
 
1108
 

こひしくはしたにを思へ紫の、下
 
いぬがみのとこの山なるなとり河いさとこたへよわがなもらすな
 
 
 
この哥、ある人、あめのみかどのあふみのうねめに たまへると
 
 
 
1109
 

うねめのたてまつれる
 

返し
 
山しなのおとはのたきのおとにのみ人のしるべくわがこひめやも
 
 
 
 
 
巻第十四
 
 
 
1110
 

思ふてふことのはのみや秋をへて、下   そとほりひめのひとりゐてみかどをこひたてまつりて
 

わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも
 
 
 
1111
 

つらゆき
 

深養父、こひしとはたがなづけけむ事ならむ、下
 
みちしらばつみにもゆかむすみのえの岸におふてふこひわすれぐさ