○第一回「西行記念箱根短歌賞」

【選考委員】
田村広志・成瀬 有・御供平佶・花山多佳子・加藤英彦・内藤 明・
中川佐和子・佐々木六戈・東 直子・森本 平

【選考総評】
第一回・西行記念箱根短歌賞の応募作品は力作揃いでした。遠くアメリカからの
応募も含め、総数一七五〇余首あり、十分優れた作品が寄せられました。
各受賞作品は選評にゆずり、ここでは総評を簡単に印しておきます。応募作品は、
歌人西行と、箱根という地名をかなり意識され、その人名、地名を詠いこんだ力作が
ありました。この短歌賞の趣旨をよくご理解いただきました。たくさんの優れた作品応募に
感謝いたします。

   短歌選考委員長 田村広志   

・大賞一首〔賞状/副賞「箱根細工・箱根ホテル小涌園ペア招待券」

箱根山露台(テラス)の向こう一群れの獣のように白霧(しらぎり)迫る  伊藤裕司(東京都)

 〔選評〕「獣のように」という四句の把握が、
力強く箱根の霧を捉えている作品として、大賞にふさわしいと評価された。

・優秀賞一首〔賞状/副賞「箱根ホテル小涌園ペア招待券〕

これよりは天と言ふがに山雀は登るゴンドラの屋根を離るる  矢部しいん(神奈川県)

〔選評〕「これよりは天」という把握が面白く
山雀がゴンドラを離れる姿を巧みに捉えた、緻密な言葉の作品として評価された。

・藤田観光賞一首〔賞状 副賞・椿山荘ペア食事券〕

暁に繭に籠りし夢見れば朝のホテルのサラダ菜眩し  渡辺二三雄(東京都)

〔選評〕「繭に籠りし」の二句目が美しい作品であり、
朝の「サラダ菜」という場面で、その夢を捉え巧みな作品であり、
歌のおさめ所をよく知っている。

・読売新聞社賞一首〔賞状/副賞・図書カード〕

まつすぐに湯気がのぼりてゆく空に温泉の湯の力をおもふ  高橋美香(神奈川県)

〔選評〕下二句、とくに「温泉の湯の力」という単刀直入に捉えたことが
いかにも温泉の力を感じさせる。「おもふ」は少し弱いのでは、との意見も出された。

・伊藤園賞一首〔賞状/副賞・ワシントンホテルペア宿泊券〕

夏帽子かぶりて箱根の山越ゆる偉丈夫あらば西行ならむ  麻丘夏樹(千葉県)

〔選評〕「箱根」と「西行」を「偉丈夫」という言葉で結びつけ、
漂泊の歌人西行の歩みを、彷彿させる。
ややこの三つの言葉が即きすぎという意見も出た。

・秀逸賞一首〔賞状/副賞・B&Bパンシオン箱根宿泊券〕

軍馬の秣刈りしなだりを青萓の風颯と吹く十国峠  西嶋法子(千葉県)

〔選評〕五十年前の戦争の「軍馬の秣」を刈った体験を現在にひきつけ、
回想が「青萓」と「十国峠」の言葉によって、よく生きた作品として評価された。


・奨励賞十首〔賞状/副賞・箱根ユネッサンペア招待券〕

○昼の日が山に隠るるバス停にわれは見知らぬ人と居りたり 松本ああこ(東京都)

○神山の方位違はず島渡る声しばらくは空に満ちゐて 六桐けい(京都府)

○スイッチバック繰返しつつなほ登る登山電車よ天までのぼれ 大島すみ子(神奈川県)

○江戸の世の人馬に磨りし石畳ふめば足裏(あうら)に春満つるおもひ 有永吉伸(埼玉県)

○おそろいの杖を購ふ義母と母大涌谷を喜々と跳ねゆく 西尾敬子(千葉県)

○はればれとみな赴任地へ発(た)ちてゆく研修終へし箱根の町を 皆川芳彦(東京都)

○霧のせいかもしれなくて立ち止まる 君の背中がとても遠いよ 川谷ゆき(大阪府)

○ぐいぐいと往路のランナー近づけばぐっとアップの箱根の町筋 谷光順晏(千葉県)

○新春の風として過ぐ選手らにちぎれるほどに紙の旗ふる 田中千恵子(神奈川県)

○湿原のつめたき水に手をさらす山の底よりわれに湧きたり 森川多佳子(東京都)

・佳作五十四首

▽山里に共に生きいる心地して野鹿に「ハロー」と声かく朝(あした) 西岡徳江(USA)

▽ふくろうの数も減りたり箱根路にランプ灯りし頃をわれは知る 保泉一生(埼玉県)

▽空よりも空を写せる早川の水に揺れをり光の春は 清水矢一(兵庫県)

▽繋舟の未だ醒めやらぬ芦ノ湖に引く鳥はやも身繕ひをり 斉藤譲一(愛知県)

▽蕎麦(そば)刈りて腰をおろせる老いを染め箱根の山に夕陽落ちゆく 草野正信(新潟県)

▽芦ノ湖に群れる釣り舟シーバスを釣り上げるごとに歓声のわく 阿武世音子(東京都)

▽友よりの寒中見舞いの入浴剤「箱根の湯」うれしき介護者われに 佐藤節子(徳島県)

▽牌楼の影のびてくるテーブルに疎開の昔かたりてゐたり 高橋旭兵(秋田県)

▽ふる里を一目見たしと母の言ふ十国峠に駿河の青く 中野りりあ(神奈川県)

▽弟が選んだ象の木のパズル今もどこかにあるのだろうか 江森つゆ草(埼玉県)

▽芦ノ湖のあをき水分け行く船にわれら若やぎ風うけて立つ 前川久宣(石川県)

▽スワンとふボート泳がす芦ノ湖に老いもむかしの恋なぞりゆく 阿部和子(神奈川県)

▽姉逝きて箱根細工の匣(はこ)ひとつひらくすべなく子に残されぬ 宮代健(千葉県) 

▽「二日ほど出家します」と有髪の今西行は湯行(ゆぎょう)にゆけり 郡司園子(東京都)

▽体内に滞りしもの燃やすごと大涌谷に無尽の煙 三吉 誠(福岡県)

▽いつの間に時は過ぎたり思ひ出を寄木細工の箱にしまひぬ 中川美穂(徳島県)

▽お土産のからくり箱を開ける時隣りの我を見る吾子の顔 羽角和子(山形県) 

▽不器用に老いをかさぬるわれと妻水漬く鳥居の朱を見つめゐつ 小川潤治(埼玉県)

▽富士山と笑顔と風にいやされて明日も元気に生きていこう 福井さと子(東京都)

▽芦ノ湖に失恋の石一つ投げ私の人生進化と思ふ 広岡梅生(三重県)

▽フルムーンの宿と決めゐし小涌園窓べの風に聞く亡妻(つま)の声 西森茂夫(石川県)

▽ゆく春の修学旅行の芦ノ湖の君の笑顔を今も忘れず 岡部範義(茨城県)

▽いっせーのせっと売り子は息を止め煙の中を小走りに行く 久米 貴(東京都)

▽湯になじむ肩にかけては時を喰み胸にかけては明日を見る暮れ 金田正太郎(青森県)

▽箱根路を八里越えゆく馬子の唄遠く偲ばる今日の甚雨(ひさめ)に 山田勝見(神奈川県)

▽彫刻の森にただよう静寂に深呼吸して我と向きあう 渡辺亜希子(山梨県)

▽神山を仰いで神の湯につかり神にはなれぬ身を慈しむ 舟橋剛二(静岡県)

▽買いもどす山の明るさ境木(さかひぎ)は中風(ちゅうふう)に病む父が植えたる 大野裕子(埼玉県)

▽幼き日土産にもらいし細工箱礼言わぬまま五十年を過ぎ 山崎展代(福岡県)

▽箱根路のゆるやかな丘下り上り作品に会う彫刻の森 橋本典子(神奈川県)

▽芦ノ湖の生みし霧にて紡ぎたる銀糸で結ぶふたりの小指 富岡 雅(大分県)

▽もう雪がとけてゆきます結晶の確かに重なり合ひし昨日 かとうさきこ(千葉県)

▽箱根にて聞きしスイッチバックなる言葉を五十路の自戒としたり 安達秀幸(目黒区)

▽うすあかり根を張る木々の箱根山小さき我に背延びうながす 近藤昭子(長崎県)

▽箱根路は富士仰ぎつつ湯けむりに一生分の幸(さち)頂けり 福田春子(兵庫県)

▽照明に映えては消えるあじさいの妖しいさまに車窓がゆれる 小林千恵子(東京都) 

▽小雪舞ふ賽の河原におり立てば木枯らし悲し子の泣く声に 阿部文彦(神奈川県)

▽農継ぐと決めたる孫が高校より帰りて冬の田を鋤きはじむ 立杭溢身(兵庫県)

▽風凪ぎて真白く小さき富士見ゆる箱根あまねく冬日光れり 吉岡泰三(新潟県)

▽遠き日のヴェニスに生れしガラス等の箱根の森に時雨を聴くか 永松東興(埼玉県)

▽夕映えの桃源台の店頭に素焼きの皿が光を湛ふ 佐藤宣行(東京都)

▽金属音残して上るケーブルカー樹間に聞こゆ鶯の声 北村純一(神奈川県)

▽新緑をめでて湯あみのしざんまい風の神やら土の神やら 卜部美恵子(北海道)

▽箱根路を越えて紅色あると云い嫁ぎたる娘は音沙汰もなく 小野ふみ(茨城県)

▽年老いてベッドの寝起き浮き世ならもう飽き飽きと月に言いけり 矢田谷仁三郎(石川県)

▽剣道のここぞと決めた勝負どき魂こめて一刀両断 早津寿勝(神奈川県)18歳

▽透明に液化していく初雪の白色ありき箱根の山に 萩原慎一郎(東京都)18歳

▽日がのぼり冬の紅葉に山光るどこまで続く空といっしょに 坊田裕美(東京都)16歳

▽「大人だ」といい張る私に母は言う「いくつになっても私の子供」 尾上絢子(愛媛県)14歳

▽雪がふり夜の景色がきわだてば思わずみとれる夢にでてくる 坊田愛莉(東京都)13歳

▽温泉に入ればみんな幸せだ入りすぎには注意だけど 小山沙織(神奈川県)13歳

▽人にふれ心温まる箱根の地おいしい空気潤う緑 岩田怜子(埼玉県)13歳

▽梅の花母と歩くとにおいつき足かろやかに石だたみゆく 斉藤一茂(東京都)11歳

▽とんねるのけいこうとうのそのしたにこっそりあるよひみつのはこね 岡崎佑哉(東京都)6歳